始まりはいつも計画的に


「ねぇ父さん。いくら最高権力者だからって、結構地位のある信頼の置ける将軍とその息子を少しばかり待たせ過ぎじゃない?」

「お前は…皇帝陛下になんて事を言うのだ。将軍だろうがなんだろうが陛下はお忙しいのだ。多少待つくらいどうということもあるまい?」

「駄目だなぁー父さんは。そんなんだから母さんに逃げられるんだよ」

「ぐぅ…っ」

 赤月帝国皇帝、バルバロッサ・ルーグナーへの謁見を前にして、赤月帝国帝国五将軍の一人テオ・マクドールとその息子、ベオーク・マクドールの会話である。

 17歳になったベオークは、帝国に仕えるため正式な受理が行われた。将軍の息子であるため、バルバロッサへの目通りが決行されようとしていた。ようは顔見せだ。

「か、母さんはな、ちょっと体の調子が悪くてゼクセンに療養に行っているだけで、別に父さんは逃げられた訳じゃないんだぞ?」

「あ、そう言えばそういう事になってるんだったっけ。でも隠すことないよ!みんな知ってるから」

「何!?」

「前から母さん、ゼクセンに住んでみたいって言ってたし。それに出てくとき『あの甲斐性なしにはいい加減愛想も尽きました』って笑ってたし」

 ベオークの告げた真実にテオが影を背負っていると、ノックの音が聞こえた。ベオークがどうぞと入室を勧め、メイドが戸を開けた。深々と頭を下げて、

「お待たせいたしました。謁見の準備が整いましたので…ひぃっ!?」

「ああ気にしないで。連絡有り難う。そろそろ戻ったら?」

「失礼します!」

 逃げるようにメイドは出ていった。それもその筈である。いつも颯爽と歩き、戦場の第一線を駆け回るこの将軍が、うなだれて白くなっているのだ。まるで精気の欠片もない。

「ほら父さん。皇帝を待たせたら一大事だよ」

「ああ…」

 テオはどこで育て方を間違ったのかと必死で記憶を辿ったが、行き着くものはなかった。

 しかしその妻である女が、まさにベオークをこのように育てたのだった。



「おおテオよ、久しいな」

「陛下に置かれましては、大変ご健勝のことと喜び申し上げます」

 面を伏せ、玉座の前に跪く。その玉座の傍らには、まこと密やかに魔女であると囁かれている、宮廷魔術師のウィンディの姿があった。

 バルバロッサから面を上げるよう言われると、ベオークは初の謁見となるため自らを紹介した。

「お初にお目に掛かります。帝国5将軍が一人、テオ・マクドールの息子、ベオークと申します」

「お前がベオークか。テオから幾度か話は聞いておるぞ」

「恐れ入ります」

「そう畏まることはない。ベオーク、明日から早速帝国のために働いてもらおう。クレイズという男がいるが、そのクレイズの元で働いてもらうことになるだろう」

「は、御意のままに」

 ウィンディの視線を感じてはいたが、ベオークはあえてそれに気づかないフリを貫いた。

 謁見の時間は僅かなもので、すぐに屋敷へと帰ることになった。

 最後までウィンディに一瞥もくれなかったベオークだが、謁見の間を去る寸前に彼女と視線を合わせた。まるで、獲物を狙う鋭い鷹のような眼で。口元には、笑みを湛えたまま。



「あーー堅苦しいったらないね!」

「お前は…城を出たと思ったらすぐそれだ。まったく、お前の面の皮の厚さには驚きを隠せないぞ」

「父さんは結構顔に出るよね」

「そうか?」

「うん。母さんもよく『あの人は面白いくらいにわたくしの掌で転がってくれるのよ』って優雅に笑って……………ねぇ父さん。母さんのことよく知った上で結婚したの?」

「………ああ、知っていたさ。ただな、それでも好きだったんだ…」

「内容が内容なだけにシリアスになり切れないよね」

 1分で10歳は老け込んだ父を軽く慰めつつ、ベオークは帰路に就いた。

 帰路といっても、城とマクドール邸は近い。最短で帰れば10分としない距離だ。

「テオ様、坊ちゃん、お帰りなさいませ」

 家に入ると、玄関にも関わらずおたまを手にしたグレミオが出迎えた。そのおたまにシチューが付着していることから、2人は10日連続シチューなのだと悟った。

「なぁ息子よ。最高記録は何日だったか?」

「日、で済まなかったよ。確か2月くらいだった」

「どうかしました?2人でコソコソと」

「ああ、いや。なんでもない」

「うん。ただちょっと和食が食べたいねって話を…」

「そうだったんですか。では明日の朝食は和食にしますね!」

「…………うん、ありがとう、グレミオ」

 明日の夕食は、またシチューであるようだった。



「おーお帰りさん」

「やーただいまさん」

 自室に戻ると、テッドがベッドの上でポテトチップスを食べながら新聞を読んでいた。傍らにはラジオが置いてある。

 勝手にベオークの部屋でくつろいでいたテッドを責めるでもなく、差し出されたポテトチップスを食べながら尋ねた。

「勝ちそう?」

「おう!今回は絶対一着だ!」

 競馬だった。

「でも、テッド競馬は毎回負けるよね。他の賭事は強い癖に」

「まぁな。イカサマできねぇし」

「馬券の方に細工すれば?」

「駄目だ。リスクが高い」

 それに、これには金じゃないんだ。と、テッドは新聞を握りしめた。

 赤月帝国に競馬は存在しない。ならばなぜ、テッドはこんなにも必死にラジオを聴いているのか。
 テッドはマクドール邸に来る前から競馬をしていた。各地を転々としているときにも欠かさずしていたらしい。その中で、競馬仲間というのはできるものだ。その競馬仲間の元に、テッドは伝書鷹を飛ばす。メモに欲しい馬券と枚数を書き、金と共にくくりつけて飛ばす。
 そうして、当たったあかつきには送り返してもらうことになるのだが、これがどうして、一度として当たったことがない。
 以前、一度だけベオークもしてみるとあっさり当たってしまったものだ。しかしベオークは、『対人に限る』と一回こっきり止めてしまった。

 数分後。マクドール邸に絶叫が響いた。

「だーーーーーーーー!!なんでそこで抜かれるんだスノウ18世!!だからお前はいつまでたってもスノウなんだ!」

「テッドっていつもその馬に賭けてるよね」

「あーあ…負けた。ん?スノウ?」

「うん」

「スノウの馬主はオレの知り合いなんだが、1世をオレがやったんだ」

「1世ねぇ…ふーんそれで?」

「それで名前を付けるとき、そいつは」

『馬…家畜…下僕………うん。名前を決めたよ。スノウだ!』
「って言ったんだ!」

「は?」

「ああ、スノウってのはそいつの嫌いな奴で、オレも正直いけ好かない。そんな奴の名前をオレがやった馬に付けたんだ。改名を求めたら、スノウを競走馬にして1着でゴールしたらということになった」

「…それで18世まで1度も勝てないんだ?」

「……………スノウだからな…」

「ふーん。そんな裏設定があったんだね」

「あったんだよ。ところでどうだった?王宮なんてまるで縁がないから気になってよ」

「ああ、ウィンディ?」

「ぶっ!ば、なんで宮廷魔術師の話になるんだよ!?」

「え、だってテッド、あの人嫌いでしょ?」

「あーー…気付いてたのか」

「知ってたんだよ」

 その違いがテッドにはわからず、疑問符を浮かべるがそれだけに留まった。

 と、ベオークの持っている本に気が付いた。

「それなんだ?」

「ああ、いつもの本だよ」

「あれかー。でもお前、それはどぉーしても見せてくれないよなぁ」

「ふっふっふ。極秘事項なのだよ」

 食堂付近から夕食を告げるグレミオの声が聞こえる。

 二人は顔を見合わせ、笑った。

「さぁ行こうか親友。10日目なんてまだまだ序の口だ」

「ああ。この家に世話になる以上覚悟の上だ」

 そうして、彼等は食堂への一歩を踏み出した。

 ベオークの呟いた一言は、誰に届くこともなく。



「ああ、明日が楽しみだなぁ」












ベオーク編第一話。
しかし続きはいつになるか全くの未定という…とりあえず面白いくらいに筆が進んだので。
ルックは出てきませんが、書いてて楽しかったです。
ベオークは馬鹿の子ですが、
腹黒というか策士というか。
ルックには通用しませんが。
それと、ベオーク編にシリアスは期待しないで下さい。
まさに、原作ぶち壊しで行く予定なので!