「お呼びですか、レックナート様」

 突然現れたルックに、笑みをたたえてレックナートは意味ありげに言った。

「ルック…来ますよ」

 その一言に、ルックは顔を思い切りしかめた。

「なんですかその顔は」

 盲目のくせに。その言葉を飲み込んで、ルックはやれやれと手を振った。

「別になんでもないですよ。迎えに行けばいいんでしょう。行ってきますよ」

 そうして、ルックの姿はかき消えた。



君との出会いは予測不可



 バルバロッサ・ルーグナーとの謁見を終えた翌日。ベオーク、グレミオ、テッド、クレオ、パーンは初任務を命じられ魔術師の島に訪れていた。
 深い森に現れるのはか弱いひいらぎこぞうくらいなものだったが、いかんせん広すぎた。
 塔は見えるのにまるで近付かない。そんな錯覚。

「あーあー」

 黙々と歩き続けていた一行で、ベオークはため息混じりに声を上げた。

「つまんないなー。早く着かないかなぁ。トキメキがないよ!!」

 カッと目を見開いてベオークは主張する。それをグレミオがなだめた。

「まぁまぁ坊ちゃん。あくまで任務ですしね」

「ダメだよグレミオ。何事も楽しまなくてはね」

 しかしベオークは逆に聡そうとする始末で。その悟りに間違いがあるか否かは別として。

「お前はもう少し時と場合を選べ」

 呆れ顔でテッドは言う。前方や足下を注意していないのだが、そんな様子はまるで見せずすいすいと進んでいる。手にしているのは競馬新聞とラジオだった。

「おや見えてきた。あれかな?」

 今までは見上げることでしか存在を伺えなかった塔の入り口が見えてきた。それにやっとだと一息ついたのはクレオだった。

「ん?」

 前方に小さく人影が見える。

 サァ、と風が吹いたかと思うと、それはだんだんと強まり木々を揺らす。鳥たちは空へと飛翔した。強く吹き付ける風は、その人物にだけは優しく触れふわりと髪や法衣の裾を揺らすだけだった。
 塔周辺の開けた場所に出ると、その人物が伺えた。

「!!」

 小柄な身体。緑の法衣。その下に着ている白い服は緑とよくあっていた。金茶の髪は柔らかそうで、サラサラと揺れている。大きく切れ長の目は緑で、髪と同色の睫毛に縁取られ儚さと繊細さを併せ持つかと思えば、力強さに満ちている。そこには、「風の聖霊」がいた。

 その少年は整った口を開きラーグを見て尋ねる。

「星見を取りに来た帝国の人?」

 鈴のような声は耳に心地よかったが、きつい印象を受けた。どうにも面倒臭いというオーラが全面に出ている。

「見つけた!!」

「は?」

 そんなことには意にも介さず、ベオークは叫んだかと思うと少年にガバと抱きついて。

 ゴスッ

 手にしていたロッドで頭を強かに殴りつけられた。

「い…痛いよハニー…」

「お前マジ死ねよ」

 初対面で抱きついたベオークも些か、ものすごく問題があるがそれに対し辛辣に言い放つ少年。

 抑えていた頭を離すとコロッと痛みを忘れたように、顔の横で手を組み合わせて嬉しそうにベオークは少年に話しかける。

「酷いよハニー!!なんてグサッとくる一言…さすが的確に相手をのす舌論!!」

 道ばた転がるゴキブリの死骸を見ているような目でベオークを一瞥すると、ベオークを指さして近くにいたテッドに聞く。

「マゾ?」

「どっちかっつーとサド」

「テッド、ハニーに変な嘘つかないでよ」

「おうベオーク悪かったな。魔法使いさんよ、あそこの馬鹿はもうすっごいマゾで、美人に足蹴にされつつ罵倒されるのが大好きなんだ」

「へー」

「よけい妙なことになってるよテッド?ハニーも信じないで!」

「……………誰に言ってるのかわからないんだけど」

「ハニーはハニーさ!緑の法衣を着た僕のハニー」

「誰がだ!!」

 苛々頬を引きつらせ、眉をひそめて少年は講義する。

 それにケロッと名前知らないしとハニーハニー連呼するベオークに少年は遂に切れた。

「お前に教える名なんて…ない」

 少年はベオークをやや見開いた目で睨み付け、杖を前方に突き出して魔力を練り上げる。みるみる集まっていく魔力は少年の右手に吸い寄せられた。

「我が真なる風の紋章よ……我が技と契約に置いて100万世界に門を開き、ここに我等が友を呼びよせん」

 少年の右手に宿る紋章が輝き、握った杖を介して力を解放した。

「ストーンゴーレム!」

 あれ?と、ベオークは訝しんで現れたモンスター、ストーンゴーレムを見やった。

「クレイドールじゃない…」

 呟くと、棍を構え、ニヤリと笑った。

「まぁ…いいけどね」



 数分後に出来上がったのは巨石の残骸。それも砂となって消え去った。
 ストーンゴーレムを倒したのはベオーク一人で、このような展開になれているのか護衛であるはずの彼等は隅で見ているだけだった。テッドに至っては、ラジオを新聞を握りしめつつ聞いて一人白熱していた。ちなみに18世はまた負けたらしい。

 ふぅと一息ついて少年を見やれば、沈黙の後に綺麗な顔でニコッと微笑まれた。それに頬を上気させ脈有りかと喜んだのもつかの間。

「お前マジでウゼェ」

「!!」

 涙をちょちょ切らせたベオークに、テッドはげらげら笑った。

 微笑んでいた少年は笑みを消した。

「本当は転移で上まで送れって言われてたけど、そこの馬鹿のせいでそんな気はまるでなくなった。せいぜい頑張って上るんだね」

 一行は首を上げ、上げて、上げてどうにか頂上を見ることができた。

「…これを?」

 呟いたのは誰だったか。

 そんなのはお構いなしに転移してしまおうとする少年をベオークは引き留める。

「待って!ルック!!」

 振り返ることすらもせず、少年の姿はフッと消えた。

「あー…行っちゃった」

 それを残念そうな顔をして戻ってくることはないなと諦める。

 ふと疑問を抱いたテッドは、ベオークを見る。

「つーかお前」

「ん?」

 満面の笑みで、ベオークは見返した。




「くそ…なんであいつ僕の名前知ってるんだ?」

 部屋に戻ったルックは、あまりにもいけ好かないベオークに苛々と髪を掻き上げた。

「ふん、まぁいい」

 もう2度と会うこともないのだ。そう自分を納得させて、ルックは読みかけの体術書を開いた。



 ルックがベオークを天魁星だと知るのは、もう少し先のお話。
 














ルックのベオークに対する第一印象は最悪です。
いえ、これから進歩するかも妖しいですが。

…別の話を書いてて、
ベオーク編でマクドール夫妻はちょっとなんちゃって昼ドラを繰り広げるかも。と思い至りました。
だってソニアさんがいますから、どうからませて…
というかマクドール母はいつ出るのか。名前はなんなのか。
考えとかなければですね。
でもたぶん、流れで出そうか決めるのでしょうが。