「これを…」

「………」

「一生のお願いだ」

「うん、いいよ」

 あっさりとテッドの願いを聞きれ、ベオークは右手を差し出した。

 すまない、と。テッドは小さく漏らし生と死を司る紋章をベオークに継承した。

 チリ、と小さな痛みがベオークを襲うが一瞬にしてそれは消え去った。

 その時、マクドール邸に押し入るカナンと帝国兵がテッドを出せと要求してきた。

「…オレが、出る。だからその間に逃げてくれ…」

 テッドはゆるゆるとベッドから起き上がる。

 それを止めはしない。だが、ベオークはドアの前に立ちはだかった。

「ベオーク…避けてくれ。あいつらはまだオレが紋章を持っていると思っている」

「どうして?テッド。テッドが囮になる必要なんてどこにもないよ」

 にっこりと笑うベオークに、いっそ苛立たしさを憶える。そうしないとみんな捕まってしまう。そんな思いをどうして踏みにじるのか。

「テッド、とりあえず今のままじゃ邪魔なんだ。だから、ちょっと気絶しててねー」

 ブラックアウトしていく意識の中で、ニヤリと笑うベオークの口元が目に映った。



知らぬ未来を見通す者は



「…というわけで、捕まるはずだったオレが目を覚ましたのはグレッグミンスターを出てレナンカプに向かう途中の荒野の中なのでした」

 先日石版の間となったそこで、テッドはルックに事の顛末を話していた。

「そう…でもならなんで、レックナート様はあんたがウィンディに捕まったなんて言ったんだろう」

「さぁ。ま、一度捕まったのは確かだしな。それで勘違いしたんじゃねぇの?」

「……そうなのかな」

 釈然としないものを抱えたままに、その件は保留となった。

「……ずるい」

 声を発したのは、始めからいつつも空気然と無視されていたベオークだった。

「それでテッド、その後どうなったわけ?」

「それだよそれ!テッドだけ名前呼んで!」

「おいおいベオーク。オレが特別なんじゃなくて、お前が特別なんだぜ」

「嘘!ルックてば僕以外みんな名前呼んでるの!?」

「お前うるさい」

 ひどいよルックと叫ぶベオークを全く無視し、ルックは続きを促した。

「どうも何も、終わりだけど?」

「何であんな馬鹿が軍主になったのか皆目見当が付かない」

「ああ、それはな」

「オデッサに頼まれたんだ」

「オデッサって…前の解放軍軍主?」

 ルックがベオークの発言を認めたことに喜んでいた軍主は、それすら認められていなかったという酷い事態には触れなかった。ルックにしたら、欲しい情報を得られたので突っ込まなかっただけなのだが。

「ああ。その人が、こいつの方が相応しいって譲ったんだ。そして…」

 テッドは部屋の外を行き交う多くの人々を確認し、こそりとルックに耳打ちした。

「え…?」

 ルックはテッドを見、テッドはゆっくりと頷いた。

 ルックが口を開いたとき。

「テッド。もう離れたらどうかなぁ?」

 にこにこと笑うベオークに、テッドは両手をあげてルックから離れる。

「わーったよ。お前を敵に回すつもりはこれっぽっちもないしな」

 どっこいしょ、と立ち上がるテッドのしぐさは年寄り臭かった。

「じゃあなルック。ベオークを怒らせない内に退散するぜ」

「あっそ」

 軽い返事を返すと、ルックは何事もなかったように脇に置いてあった本を読み始める。

「ルック」

「なにさ」

「魔法兵団長ね」

「はぁ?」

 本から顔を上げ、ベオークを見る。

「任命!どっちにしろこれは決まってたことだし、よろしくね!」

 そう言ってルックに抱きつこうとして。

 ドゴッ

 顔面に足蹴りを喰らった。



「まったく…」

 ルックが実際に任命されたのは、「魔法兵団長」ではなく「魔法部隊隊長」であった。

 任命!とベオークに言われ、むかついたのでルックはベオークにではなくマッシュに話を聞きに行った。その時に、この事態が知れたのだ。ちなみに、ベオークはそこら辺でのびているだろう。

「そもそも、決まっていたことって」

 ベオークの発言には、レックナートと重なる部分があるとルックは思っている。

「それに、オデッサのことだって…」

 会ったことのないその人物を思う。何を思い、ベオークに何を見いだし、その位を託したのか。

 ため息を一つ吐きだして、ルックは石版の間に戻る。

 石版を背に、腰を下ろそうとしてふとそれを振り返った。

 一番始めにその名を連ねる魁主、天魁星。そこにはベオークと、くっきりと記されていた。その名を削り取りたい衝動に駆られつつも、この石版にはあらゆる攻撃が効かない事を思い出しそれを留めた。

 そして、そのすぐ近くには天間星の文字。そこにはルックの名が刻まれている。

「…………?」

 ルックは自身の名をなぞり、他と見比べた。

「……薄い」

 名が、薄い。

 ベオークの名は一際濃く記されているが、それ以外と比べ、ルックの名は薄く刻まれている。

 この石版はそのものが魔力を放っており、宿星も魁主に集えば自然と名を刻む。ルックは始めから、レックナートにより自身に宿る星の名を知っていた。事実そこにはルックの名があり、それが真実であったことは証明された。

 だが、これはなんだというのか。儚くさえもある、自らの名は。

 それは、運命を変えた歪みの結果か。果ては、あるはずのない命がここに、あるからなのか。

 答えを知る者は、僅か。













いけねぇ!!なんちゃてシリアス病がっ!!
いえ、テッドがここに居ることによりなにか問題が生じるのではないかと言う疑問に駆られ。
その疑問を本文に織り交ぜ、
いずれ自分で解決しようと言うことはよくやります。
でもベオークですので、やっぱりギャグ的なんだらろうなぁと思ってみたり。