○月×日、晴れ。ネクロードを追い出し、同盟軍の本拠地を手に入れた、約一週間後のある日。
シュウはまだ、ボクの本性を知らない。
シュウ虐め
「ではヴァーリ殿、この書類に目を通しておいて下さい。私は隣の部屋で別の仕事をしておりますので」
シュウがコツコツと靴をならしながら出ていくと、ヴァーリは数十枚の束になった書類を手にとって、パラパラと捲る。
「…」
もう一度、繰り返して捲る。
「…ふむ」
ヴァーリは立ち上がって、書類を机上に放り出した。首をコキコキとならし、手を組みそれを上へと伸ばす。
ふぅと一息ついて、先程の書類を一瞥する。
「そろそろ潮時かな?」
ヴァーリは呟くと、足音もなく部屋を後にした。
「や!ルックおはよー。こんなとこで何してるの?」
「こんなとこって…それはこっちの科白だよ。あんたこそ仕事どうしたのさ」
ヴァーリは笑みを深くし、邪気のない笑顔でルックを見やった。
「ルックは、もう知ってるでしょ?」
「…じゃあ、もう止めたんだ?」
「ここまで持ったんだからいい方だよー。本当はもっと持たせて、それからにするつもりだったんだけどね」
あんまり退屈で、とヴァーリは続けて言った。
ルックは溜息をもらし、髪を掻き上げた。
「いいけどね。僕がここでこうしていられる内は」
「あー。シュウが困ってたからね。そのうちルックの方に来ると思うな。熊が助言してたから」
「……余計なことを…」
眼前にはいないたった今し方敵と認識された熊を射殺さんとばかりに、ルックは宙を睨んだ。
「あはは、良いけど城は壊さないでね!」
ヴァーリはルックに告げると、その場を後にした。
その頃シュウは、自らの仕事が一段落したので軍主の様子を見に行くことにした。
ヴァーリはよくやっていると、態度には出さずともシュウは思っていた。軍主の養父、そしてその養父がかつて宿していた真なる紋章を宿してしまったことで大衆の希望となり得てしまったのだから。
突然今までとは違う境遇へ投げ込まれ、しかも祖国を滅ぼさんとしている同盟軍の軍主に祭り上げてしまった。お飾りでも良いと言ってはあるが、それでも軍のことを知ろうと、軍をよくしようとする賢明さが伺えたのだ。
「ヴァーリ殿」
なのに。
「……まさか」
もぬけの空の軍主執務室。無造作に放り出された書類の束。
「チッ」
舌打ちせずにはいられなかった。
軍師という立場故か、その性分か。シュウにはそれだけで分かってしまったのだ。そうと疑って掛かれば、過去幾度かそういう節はあったのだから。
シュウは足早に部屋を後にした。
「ビクトールいる?てゆうかいるよね」
「おう、ヴァーリじゃねぇか。俺に用か?」
レオナがその場を仕切る酒場に、ビクトールは毎日朝っぱらから入り浸っている。熊探すなら酒場行け、とは一体誰が言い出したのか。その真相は最早闇の中である。
ビクトールはカウンターに近いテーブルを陣取っていた。それに当たり前とヴァーリは向かいの席へ腰を下ろした。
「うん。ちょっと警告をしに」
「警告〜?」
「魔法兵団長についてさ。あ、それ美味しそう。ちょっとちょうだいね」
魔法兵団長。そう聞いて、ビクトールは思わず口に含んでいたカナカンの極上の酒を吹き出した。それを気にするでもなく、瓶に残っていた酒をコップに注ぎヴァーリはノンアルコールとばかりにゴクゴクと飲み干した。実際は結構な度数なのだが。
「プハァ。これ美味しいね!」
「ちょ、ちょっと待て!魔法兵団長って事はルックのことだろ。それで俺に警告って何なんだ!?」
「おかわり」
「…」
ビクトールが机にのっている瓶を見ると、先程は半分ほど残っていたはずの酒はなかった。がっくりうなだれつつも、手振りだけでレオナに酒の追加を注文した。苦笑しながらも、レオナは同じ酒を持ってきてくれた。
「うんとねー、さっきビクトールがシュウに魔法兵団長の助言したこと言ったら、メデューサも負けそうな睨みをしながら『余計なことを』って言ってたからさー」
「…お前こそ余計なことを…」
だいの男が机に伏してうなだれる様を見ながら、ヴァーリは酒を注ぐ。
「ルックにも一応注意しておいたけどさー、城は極力壊さないで欲しいわけよ」
「…お前ってそんなキャラだったか?」
パチパチと数回瞬いて、軍主はにっこりと笑った。
「もちろん」
「はぁ――…お前も大概天魁星だよな」
「まぁ警告はしに来たからね。精々逃げ回ってよ。そして城の外でのされて」
その後5分ほどでヴァーリは瓶を空にして、まるで酔った風もなく酒場を後にした。
いない。いない。いない。いない。
シュウは城内を探し回っていた。言わずと知れた同盟軍軍主を。
しかし城はつい一週間ほど前まで吸血鬼の根城だったのだ。一般の者にまで知れ渡るには時間が短かった。故に城内は人が極端に少なく、目撃情報もなかなか得ることができなかった。
「くそ…何処に行った」
人を見かけたと思えば、つい先程までここにいた。今さっき出ていった。そんなものばかり。
行っていない所も少なくなってきており、可能性の低い場所まで足を運ぶことになった。だが、一度行ったからとてそこにいないことにはならないのだ。ヴァーリは動いている。
正面を通り一度外に出た。昔、ネクロードがこの町を襲う前は商店街だったであろう通りは、今ただの道と化している。いずれ人が増えれば利用されることだろう。
少し歩くと、酒場が目に入った。
ここにはまだ行っていないと、シュウは足を向けた。
「おいビクトール。ヴァーリ殿を知らんか」
「あ?さっきまでここにいたぜ…」
何やらいつもとは違いどこか落ち込んでいるビクトールに疑問を抱きつつも、またか、という思いが広がった。
去り際、ビクトールに「お前さんも気を付けろよ…」と言われただけで、結局収穫はなかった。
入った方とは逆のドアから酒場を出て、金庫を通り過ぎホールへと出た。
すると。
『城内を徘徊中の軍師さーん。あまりの無能っぷりにいい加減待ちきれなくなったのでお呼び出ししまーす。知略もクソもないから軍主の居所一つ分からない間抜けたシュウさーん。軍主のヴァーリ、つまりボクがお呼びデース。至急、つか1分以内に軍主執務室までお越し下さーい。スタート地点ですけど分かりますかー?エレベーターか階段で2階まで上がって右へ行き、最初の分かれ道を左へ…あーもうめんどくさいなー。とっとと来て下さい。以上!』
いつスピーカー何てものを付けたのか、その放送はブチ、と小気味いい音をたてて切れた。
瞬間、シュウは悪鬼の形相で駆けだした。
「遅い!」
「何処がだ!このクソ軍主が…!仕事ほっぽりだしてどの面下げて俺に会うかと思いきや…」
「あははー。何でボクがシュウ如きに頭下げなきゃいけないのか全く解らないよ。説明してみて」
「己が悪いことをしたらその対象が誰であろうと謝るもんだ!」
「ボクが悪いことをした?何をしたっていうのさ。まぁ、例え悪いことをしたとしても、シュウに謝る必要性はとてもあるとは言えないけれどね」
向日葵が背後に似合いそうなその笑顔で、ヴァーリは毒を吐き続ける。
「ボクの仕事は?」
「は?」
「何だそんなことも忘れちゃったの?駄目だなぁシュウは。自分で言ったことくらい責任持ってよねー。で、何だった?」
「…書類に目を通しておけと」
シュウが答えると、ヴァーリはにこやかに笑ったまま言った。
「そう!役立たずな軍師はボクに、書類に目を通しておけと言ったね!」
「いちいち引っかかる言い方をするな」
「気にしないでわざとだから。それで、その仕事。どうして終わってないだなんて思うのかが分からないんだよね」
先程までの笑顔を引っ込めて、ニヤリと笑うヴァーリ。それを見て、眉間のしわをもう一本増やしたシュウ。
「…終わったとでも言いたいのか」
書類に目を通すだけと言っても、小一時間で終わる量ではなかった。
ヴァーリはゆっくりと歩き出し、シュウの周りを目を閉じながら回る。
「軍主ヴァーリ。親衛隊アイリ、ナナミ、ボルガン、リィナ。軍師シュウ。副軍師アップル。弓兵隊頭領フリック」
「…!」
「歩兵団頭領ビクトール。水軍頭領タイ・ホー。魔法兵団長未定」
つらつらと、ヴァーリは渡された書類を見もせずに読み上げる。一枚を読み上げようと言うところで、閉じていた目を開け、下からシュウの顔を上目で見上げた。しかし、その目は悪戯が成功したいやに楽しそうなものだった。
「―以上。軍の組織図でした。2枚目行く?」
「…」
「…それで、仕事をほっぽりだして、だっけ。何処の、誰が、どんな仕事をほっぽりだしたか言ってみてよ、シュウ?」
忌々しそうに、シュウに向き直ったヴァーリを見る。ヴァーリは軽く机に腰掛け、低い位置にいるのにも関わらず、顎を上げ見下ろすように笑っていた。
「…言えないなら代わりにボクが言ってあげよう!仕事をほっぽりだしたのは、仕事の終えた軍主をどうしてか追いかけ回し結局見つけられずあげく本人に呼び出された、軍師殿でーす!」
「なっ!」
「だってそうでしょ?どうせ、一段落着いた時点で無駄にボクの様子を見に行こうとか無意味に思ったと思うわけよ。つまり、無能にもまだ一段落しか終わってないってことだ!」
自らの仕事を、軍主を追うことにばかり気を取られてすっかり失念していた。結果、さんざんヴァーリに遊ばれ、時間は無意に過ぎ去った。
窓から射し込む光は、優しげな橙色。
「…っのクソ軍主がー!!!」
「あっはっはっはっはっは!!」
それから、軍主を追いかけようとした軍師は、軍主の「仕事しろよ」の一言で撃沈し、背中を丸め暗鬱な影を背負いとぼとぼと自らの執務室へと戻っていった。
余談であるが、某歩兵団頭領はおしくも城外へ出ること叶わず、酒場を出たところで魔法兵団長に任命された少年に切り裂かれたらしい。
書きかけだったものを完成させました。
友人のリクエストで
「シュウを虐めさせて!」
との事だったので、「がってんだ」と了承。
そしたらこんなんできました。
ヴァーリは軍のことちゃんと考えていますが、
自らが楽しむことだけはしっかりやります。
題名ですが、私は完成した後につけます。
それまでは適当につけておくのですが、今回ばかりはこのままでいこうと思いました。
だって趣旨がそれだし。それだけの話しだし。