Ruu様が配布なされているお題、
「狂気的な六のお題」
をお借りしました。

配布元はこちら


I want to make you the wound.
  〜私はあなたに傷を作りたいと思います〜

「いいですか?」

 にっこりと、マクドールはルックに微笑みかけた。

「それは、実行する前に言う科白だよ」

「だってルック、抵抗しないから事後承諾でもいいかなって」

 悪びれもなく、笑顔を保ったまま言う。それに呆れたようにため息を一つもらして、ルックは突き刺されたナイフを取るように言う。それをあっさりと、マクドールは拒否した。

「え?嫌だよ。折角なんだし」

「僕はキリストじゃないんだ。こんな風に縫い止められても、誰の罪も贖う気はない」

 そう、ルックは十字架に掛けられた聖者の如く、両の手を広げ掌をナイフで壁に止められている。座っているため、足でこそ自由であるが。

「でも、僕は楽しいからそれだけで十分」

「マクドール、早く」

「…………」

「…なに?」

 突然沈黙するマクドールに、ルックは訝しんで問いかける。口を開いたかと思えば、

「名前で呼んだら、取ってあげる」

 なんて、言うものだから、ルックはルックで「へ?」なんて間抜けな声を出してしまった。

「呼んでみてよ。僕の名前」

「あ…え……」

「ルック」

 さぁ、と。マクドールは促す。たたえたままの笑みは、目が細められどこか脅迫をしている風に見えなくもない。

 どうしようかと狼狽えていたルックは、意を決したように言う。

「名前知らない」

「………」

 マクドールは沈黙のまま、にっこりと、ゴツンとルックの頭に拳を落としてその場を後にした。

 遺されたルックはボソリと。



「    」



 その名を呼んだ。

「…知らないわけ、ないじゃないか」


You only have to die.
  〜あなたは死ぬだけで良いのです〜


 昔の話だ。僕がまだ、魔術師の島に来たばかりの頃。たった一度きり、ウィンディに会ったことがある。

 島には結界が張られていて、彼女は入って来れない。だから、僕は島の端っこに立って、彼女は海に立っていた。

「お前がルックか…」

 こくりと頷く。彼女が誰であって、何の目的があるのか、あのころの僕が知るはずもない。

「風か。おぞましくも世界に同調しているのね、汚らわしい」

「あなたも世界に生きているのに」

「私は世界を認めなどしないわ」

 もういい、とでも言うように、彼女はパシャンと踵を返した。

 作り出した門へと消える前、こちらを見て、彼女は言った。

「あなたは死ぬだけでよいのです」

 そして、消えた。

 そうなのかも。とは思ったけれど、僕は生きているし死ぬ気もない。

 でも目的や願いがなかったら、僕は迷わずそうしていただろう。


If you hope, I am killed with pleasure by you.
  〜あなたが望むなら、私は喜んであなたに殺されます〜


 静かな笑みを湛え、マクドールは椅子に腰掛けていた。視線の先には荒い呼吸でしゃがみ込むルック。

 左手は腹部に添えられ、右腕は折れているのかだらりとたれている。顔には青痣が浮かんでいる。隠れている衣類の下には、どれほどの傷があるのか。

「ルック立てないの?」

 ルックは呼吸を整えるのに必死でマクドールの問には答えない。上目で髪の間から伺う。それにマクドールは席を立ち、ルックの傍らにしゃがみ込むと予想もしなかった行動に出た。

 ポン

 と、その手が頭に乗せられた。

「………え…?」

「ん?なんだい」

 ぽかんとした顔のルックに、小首を傾げ問う。

「…お前、何で殺さないの」

「なに?」

「僕をどうして、殺さないの」

 どうしてって、とマクドールは笑って言う。

「もったいないじゃないか」

「………」

 複雑なルックであった。

 しかし、ルックは思うのだ。

 望むなら、死ぬのにと。


I want to kill you.
  〜私はあなたを殺したいと思っています〜

 そういう、つもりはないのだけどね。

「殺したいって、どうして思わないのかわからないな」

「どうして?」

「僕は時々思うから」

「誰かを殺したいって?」

「お前を殺したいって」

 そうなのか。とは思う。まぁいつも色々と虐めているし当たり前かな。

 そして、ルックはぼそりと言葉を紡ぐ。


「このままずっと変わらないなら…いっそと思ってしまうよ」


「変わらないと思うなぁ」

 言うと、ルックはいつもの冷めた目を僕に向けて、少しするとため息を吐いて目をそらした。

「なに、ルック。怒ったのかい」

「なんで」

「さぁ。でも、今は機嫌悪そうに見えるから」

「いつも通りだろう」

「こう、微妙な変化があるんだよ」

 ルックは「知らない」なんて言ってさっさと行ってしまった。

 僕はどうしてルックが機嫌を損ねたのか図りかねていた。

 あの言葉をいうためにルックがどれだけの勇気を必要として、その言葉に意味を乗せているだなんて。僕はまったく気が付かないのだから。


Let's die with me.
〜私と一緒に死にましょう〜


 混戦だった。大した兵の数も連れてはおらず、訓練での遠征であったはずの解放軍は、突然の両側面からの奇襲に大きく陣形を崩してしまっていた。敵味方が入り乱れ、気を付けなければその刃で味方すら傷つけてしまう。

 軍主は叫び指示を出す。しかし、その言葉は怒声に掻き消され全てに伝える事は出来なかった。それでも聞こえた者達は指示に従う。それぞれの将も、戦いながら兵に隊列を組ませるよう指示している。

 馬が嘶いた。足に矢が刺さったのだ。深いものではなかったため、軍主が馬をなだめると落ち着くことが出来た。しかし、突如現れた緑がゆっくりと倒れていくのを目の端に捉えた。

 軍主がそちらに目を向けると、脇腹の辺りに矢が刺さっている。ルックはそれでものそりと起きて、億劫そうに矢を引き抜く。矢には返しが付いており、無理に引き抜くと肉片が血と共に地面に落ちる。

 その矢は、軍主に向けられたものだった。

 魔法使いの前方を見ると、走ってくる敵兵。矢を射たのはこの兵士であろう。迷いもせずに軍主、その前にいる魔法兵団長へ向かっている。見ると、抱きかかえられた爆弾。

 自爆する気だ。

 そう気付いたときには2、3メートル程の距離しかなく、放つ切り裂きも魂を喰らう指先も反応することが出来なかった。

 ルックがとっさに出来たのは自らを転移させることでもなく、的を殲滅することでもなく、軍主を風で吹き飛ばし、これから起こるであろう爆発から遠ざけることだった。

 そして爆発音。

 マクドールの乗っている馬はその突風に恐れ前足を上げる。それを宥めることすら面倒と見なしマクドールは馬を放棄した。瞬間駆けだしたのは、爆発が起こった方向。

 自爆した兵士は完全に黒こげで生存は見込めない。ルックの方を見ると、前者ほどでないにしろ危険であることは容易に判断できる状態だ。

 マクドールはルックの小さな体を担ぎ上げると乗り手を亡くした馬に又借りルックも座らせる。落ちてしまわないように片手で抱きしめつつ、号令を出す。

 殲滅しろ、と。

 解放軍の兵達は軍主のその言葉に従い、また軍主が敵を屠る姿を見て戦慄した。

 勝敗はすぐに付いた。マクドールは魔法兵に限らず紋章を宿しているものを呼び集めた。魔力に秀でている者に兵達から魔力を集めさせ、虫の息のルックに癒しを強要する。それに素直に従った魔術師により、ルックの外
傷は見る間に消えていった。しかし目覚めるにはまだ時間が要るとのことである。

 軍主は兵に帰城する旨を伝え、その手に魔法使いを抱いたまま先頭を進んだ。


You only have to get wounded by me.
  〜あなたは私によって傷つけられるだけでよいのです〜

「ん……」

 目が覚めると、解放軍の冷たい石の天井が目に入った。

 軋む体を無理矢理起こす。ぼーっと手元を見ていると、不意に頭を壁に押しつけられた。壁は左手にあったので、僕の左側頭部は少々流血している。

「やぁルック、おはよう。気分はどうだい?」

「最悪」

「それはよかった」

 なにがいいものか。とは口には出さない。

「僕、どうなったの?」

 気絶する前のことはきちんと憶えていたので、その後のことを尋ねる。

「敵殲滅後死にかけのルックを魔法で治して、今に到る」

「え…」

「危なかったんだよルック。まぁ、出血死しない辺りがルックらしいよ。傷口を焼いて塞いだのはわざと?」

「そんな芸当できないよ」

 マクドールは僕を治したと言った。自ら手を出さずとも、放っておけば死んだであろう僕を。

 壁に押しつけられていた頭が、今度は枕へと移される。

 ギシ、と。

「!」

 僕の頭の両脇に手を突いて、マクドールは僕を見下ろす。血液が顔に集まる。

「な、に…」

「ルック」

「……なに…」

 マクドールの目が見れない。今僕の顔を見ないで欲しいと激しく思う。僕ってポーカーフェイスは苦手なんだろうか。ひょじょうの変化が乏しくても、こいつが関わるとすぐ顔色が変わってしまう。

「君は僕によって傷つけられるだけでいいんだ」

「………」

「僕以外に、傷つけられるのは駄目だよ」

 それはそれでいいかも、なんて。

 ああ、僕は重傷だ。