ボコって愛するお題

 お借りしました。   
 賛同。  
 01:たたく                           02:つねる   03:噛む

 04:叫ぶ

 05:口の端が切れた

 06:ひっぱる 

 07:殴られた 

 08:泣きわめく 

 09:抵抗する 

 10:鼻血 

 11:マウントポジション 

 12:立てない 

 13:徹底的に 



01:たたく

 ばしぃっ

 盛大に音が響いた。

 発生原因といえば、マクドールが手にした厚さ3cm程の本で、座って本を読んでいたルックの後頭部めがけてスイングしたためである。

「………」

「………」


「…何か用?」


「ああ、別に」


 読んでいた本をパタリと閉じ、ルックは体をひねってマクドールを無表情に見上げた。それにマクドールはにっこりと笑って、


「ただ形のいい頭だなぁと思って」


「お前はその形のいい頭を凹ませるのが趣味なのか」


「そんな酔狂な趣味はないよ」


 ルックあたま悪いんじゃない?そう言って、やれやれと手振り付きで呆れを表現する。



 ばしぃっ


 盛大に音が響いた。


 発生原因といえば、ルックが手にした厚さ3cm程の本で、寝転がって本を読んでいたマクドールの側頭部めがけてスイングした本をマクドールが手で受け止めたためである。


「………」


「………」


「…何かな、ルック?」


「いや、別に」


 読んでいた本は押さえを無くしパタリと閉じ、マクドールは起き上がってルックを笑って見上げた。それにルックは無表情に、


「ただ形のいい頭だなぁと思って」


「君はその形のいい頭を凹ませるのが趣味なのかい」


「実はそんな酔狂な趣味なんだ」


 隠しててごめんね?そう言って、手を顔の横で合わせ無表情のまま謝罪する。


 二人は何事もなかったかのように読書を再開した。





02:つねる  +  03:噛む

「はにほふふんはい」(なにするんだい)


「つねっているの」


「はへ?」(なぜ?)


「ほら。たまにどうしようもなくつねりたくなる事ってあるだろう?」


「はいほ」(ないよ)


 すると、ルックは同意を得られなかったことに哀しそうな顔をした。


「そんなことも感じられないなんて、可哀想に」


 同情だった。


 ゆっくりとルックの手を自らの両頬から外し、マクドールは赤くなった頬をさすった。


「一生理解できなくて良いよ」


「ああそうか。お前はつねるなんて程度じゃ満足できないサディストだったね」


「そんなことないよ。いや、あるかも」


 一度否定し、すぐさま肯定したマクドールはルックに手を伸ばし後ろを向かせる。


「何」


「いやぁ、僕サディストだから」


 背後から腹に腕を回しルックを腕に閉じこめたまま寝台へと腰掛けた。


「…っい、たい」


 マクドールはルックの首に噛み付いた。


「なにが、したいのさ…」


「虐めたい」


「噛むことが虐めな訳?」


「ルックが痛がってくれたからそれでいい」


「だれかー。ここにほんもののへんたいがいるぞー」


「わぁ誰かな?」


「ぐんしゅがこんなでいいのかー」


「誰も文句ないさ」


 そう言って、ルックの項に歯を立てた。






04:叫ぶ

「やぁああぁぁああぁあっ」


「ルック、そんなに嫌がらないで」


「嫌だ、近寄るな!」


「大丈夫だよ。これは…」


「なにが大丈夫なものか!お前は、僕をそこまでして敵に回したいのか!」


「敵じゃないだろう?味方でもないけど」


「いいや、お前がそれを振りかざしている間は何者にも勝る悪鬼だ!!」


「ルック…」


「うわぁぁぁっ!寄るなマクドール!」


「………………」


「…な、なに?」


 ため息を一つマクドール。


「いや、ルックが、ミスター平常心ルックが、悲鳴を上げて逃げてくれるのはとても楽しいけれど」


「変態が」


「でも、やっぱり黙って殴られているルックに惹かれるみたい」


「マクドール…」(哀れみ)


「だから、これは逃がしてあげるよ」


 ぽい。マクドールが割り箸で挟んでいたそれは落下途中で外郭を割り透明な羽を広げ宙を駆ける。


「きゃああぁぁぁあぁぁ!!!!!」


「あっはっはっは。まさかルックがゴキ…」


「『G』!!」


 名すら聞きたくないらしい。代わりに「G」と表現することを訴えた。


「!!」


 ぱた。


 ルックの足下に悪魔が舞い降りた。


「………」


「どうしたのルック?恐くて声も出ない?」


 やけに楽しそうにマクドールは言った。


 じりじり。じりじり。「G」はそっとルックへと忍び寄る。


 俯いたルックから、ぱたぱたと雫がたれた。それに、マクドールは目を見張る。どんなに殴っても、差し貫いても、凍らせても、焼いても、決して泣かなかったルックが、泣くどころか目は渇いたままだったルックが。


「泣いてる…」


 その事実にマクドールは狼狽えた。声をかけようか、どうしようかと手を伸ばしたその時。


 カサカサカサカサ


 「G」はルックへと到達した。瞬間、



「我が真なる風の紋章よ」


 解放軍は倒壊した。





05:口の端が切れた

「あれ、ルック口から血が出ているよ?」


「嬉しそうに言うな。乾燥してるから切れただけだよ」


「そうなんだ…」


「つまらなそうに言うな。別に殴られた訳じゃない」


「まぁ、そうではなくてよかったかな。自分でやった方が楽しいし」


 近寄って、その血を舐めとる。ルックは大人しくしていたが、マクドールが離れると一言発した。


「きしょい」


「きしょい!?どうしよう「変態」って言われるよりショックだ」


「気持ち悪い」


「言い直さなくていいからね、ルック」


「………。」


「ああどうしよう。年甲斐もなく狼狽えてしまった」


「18歳」


「ああ心拍数が平時より2高い。とりあえず落ち着こう」


 そしていきなりルックを殴った。反対側からも血が出る。続けて、握られた拳で幾度か殴る。ルックは抵抗もせずうめき一つすら漏らさなかった。


「…ふぅ、落ちついた」


「それはオメデトウ」


「ルックもご協力感謝」


「お前、今日はなんでそんな小芝居してるんだ。いつも唐突に、それこそ会話の途中とかで殴ってくるのに」


「ああ、たまにはシチュエーションを大事にしようかと」


「なってないし」


「君を殴りたかったんだ、愛故に」


「お前の愛は偏執的でついてけない」


「大丈夫、ついてきているよ」


「そう思われていることが既に大丈夫ではない」


「君以外に、僕の愛に堪えうる人はマゾしかいない」


「お前にぴったりじゃないか。ちょっと探してきてあげる」


「残念ながら、殴って喜ばれるのは趣味じゃないんだ」


「じゃあ僕が殴られたら喜んでみよう」


「ああ、是非やってみておくれ」


「………」


「やった後にその自分の姿を思い羞恥しておくれ」


「…サディストが」





06:ひっぱる


「離せ」


「ごめん無理楽しい」


「痛い」


「うわぁルック。それって僕を喜ばせる言葉だよ」


「変態」


「誰しもが正常ではない思考を持っているものさ」


「お前は特殊すぎる」


「大多数を一般とするだけで、その一般が間違っている可能性だって否めない」


「それでもお前は常軌を逸している」


「ああ、触り心地最高だね。ルック髪伸ばしなよ」


「めんどい」


「僕が手入れして上げるから」


「お前に任せたら禿げそうだ」


「そんなことしないよ。好きなものはめいっぱい愛でるから」


「………」

「……?」


「おいマクドール」


「なんだいルック」


「殴らせろ」


「え、それって僕のセリフじゃない?」


「一般的に、殴るのは腹の立つときだ」


「自分の欲を満たすためだよ」


「更に追求したときの理由だよ。それじゃ広すぎる」


「そうかな」


「いいから殴らせろ」


「僕殴られる趣味はないんだ」


「僕だってないがいつも殴られている。こんな事もあってしかるべきだ」


「自分の髪の毛に嫉妬しないでよルック」


「してない」


「じゃあなに?」


「お前が僕を殴る理由はなんだ」


「愛」


「………」


「愛故ですよ」


「…死ね」





07:殴られた

「殴られた」


「え、僕じゃないよね?誰に」


 今日の自分の行動を思い浮かべ、まだルックを殴っていないことを知る。とりあえず殴ってみる。


「………」


「…一日一殴り以上」


「殴られた」


「誰に?」


「誰だと思う」


「僕以外にルックを殴ろうなんて事考えるやついるのかな」


「まぁ、お前が2人もいたら僕は原型留めてないだろうね」


「それで誰に?」


「誰だと思う」


「僕」


「どうしてそう思う」


「その君の綺麗な顔を歪ませて青痣作ってそれでも無表情でいる君を見たいなんて思う奴が僕以外にいるとは思えなくて」


「自覚はあったのか」


「それはもちろん、自己管理の一端として」


 ならば、僕はルックのどこを殴ったというのだろうか。今し方殴った顔以外に、痣は見あたらない。それは当然か。ルックは青痣を作っても風ですぐに治してしまうから。あれは、どうやらオートらしいけど。


 ルックはため息をもらして、


「お前、予想外に寝相悪いんだね」


「あ、僕寝ぼけた?」


「起こしに言ったら腹蹴られた」


「それはごめんね」


「おかげで吐いた」


「うわぁもったいない!僕そんなシーン見逃したんだ」


 なんてことだ。僕の部屋でそんな素敵なことになってたのに、僕はぐーすか寝ていたなんて!


「それにしても、御飯食べたのだね。珍しい」


「せっかく食べたのに」


「ああ、それでこうなっているわけか」


「だから、ちょっと知って置いてもらおうと思ったんだ」


「肝に銘じておくよ。ルックの屈辱的なシーンを見逃さないように」


「………」





08:泣きわめく

 マクドールは立ちつくしていた。その姿を見て、心臓すら止めて立ちつくした。


 ルックは泣いていた。ただ静かに眉じりを下げ、そのマクドールの肩に顔を埋めて。


(…どうしよう……)


 マクドールは、困り果てた。


 そもそもここはマクドールの部屋で、ルックが尋ねてきたのだ。ルックとマクドールの部屋の間にいた不幸な兵達は、ルックの泣き姿を見て固まっていた。


「ルック、どうしたの?」


 とことん虐め、むしろ拷問に等しい行いをルックにしてきているマクドールは、ルックの涙に弱かった。優しく尋ねると、


「僕、もうここにはいれない…っ」


 そう言って、更に泣き出してしまった。


「ルック、ルック。話してご覧。なにか力になれるかもしれないから」


 すんすんと鼻をすすり、涙に濡れた顔をあげる。


「ほんとう…?」


「う、うん。大丈夫」


 このようなルックに慣れていないマクドールは内心焦りまくっていた。この涙をとめるため、マクドールは促した。


「ぼ、僕の部屋、いつもこんな事にならないように、きちんと掃除してたんだなのに…っ」


 涙は溢れる。上げていた顔を下に向け、肩を震わせる。


「つまり、えーと、ゴ、じゃなくて、Gが出たのかな?」


「…っそ、うなの、それも、一匹じゃないんだ。卵まで見つかって…!!僕もう魔術師の島に帰るしかないんだ…レックナート様…っ」


 師の名前を呼び助けを求める姿はなんとも儚く、一枚の絵画のようであった。


「じゃあ、僕がGを退治してあげるよ」


「………!!」


「じゃあ、僕ちょっと行って来るね」


 そのまま去っていくマクドールに、ルックはトキメキを感じた。




 戻ってきたマクドールが目にしたのは、結界を張り小さくなっているルックだった。


 曰く、「解放軍のどこにだって、奴等は現れるんだ…!」。つまり、マクドールの部屋にも出たらしい。


 その日、解放軍を上げての掃除が行われたのは言うまでもない。





09:抵抗する

「離せ」


 ルックが告げると、マクドールは僅かに目を見開き、それから細めてにぃと笑った。


「離せ」


「どうしたのルック。抵抗なんて初めてじゃない?」


「触るな」


「…嫌だね」


 髪をひっつかみ引き寄せて、胸を殴る。息が詰まるルックだが、呻き声すら漏らさない。


「ルック、どうしたの」


 パシと手を叩き落とし、触るなと喚いてルックは抵抗する。


 普段から考えてあり得ない光景。


 ルックはいつも大人しく殴られていた。それがどうか。手を振り回し、寄るな触るなとマクドールを遠ざけようとしている。


 それに従うマクドールではなかったのだけれど。


「変なルック」


「変態に言われたくない」


「それは失礼?で、どうしたの。何が気にくわない?」


「お前が」


「僕がなに?」


「違う。そうじゃない。お前が気にくわないんだ」


 失笑、後暴力。


「僕、君がどうしたいのかわからないや」


「殴るな。触るな。近寄るな」


「あは、それ本気?」


「当たり前…」


「じゃあどうして」


 前髪をぐいと掴み、無理矢理視線を合わせる。


「紋章使わないの?」


「…………」


「…ルックも結構、満更でもないんでしょう?」


 拘束も解かれぬまま睨み付けて、ルックはマクドールの胸ぐらを掴む。


「それが、無性に気に入らない」


 手の緩んだ隙をつき、ルックは転移した。


「……当たり前だと、思っていることが?」





10:鼻血

「………」


「………」


「………」


「…なに?」


 沈黙の中、見つめられ続けたルックはマクドールに尋ねた。


「…実はね、ルック。僕君にしたかったことがあるんだ」


「言わなくて良いよ」


「ルックの前歯折ってみたかったんだ」


「言うなっていうのに」


「いいだろう…?ルック……」


「そんな掠れた声で言われてもね」


「まぁルックに通じるとは思ってなかったけど」


「いいからにじり寄ってくるな」


 じりじりと近付くマクドールに、じりじりと後退するルック。壁際に追いつめられて、なんて事がないように、テーブルを中心にしてぐるぐる回る。


 しかし、身体能力ではマクドールに圧倒的に分があった。あっ、という間にテーブルを飛び越えてルックの腕は捕らわれた。


「…」


「折らせてよ、ルック」


「嫌だよ」


「大丈夫だよ。君には癒しの風があるだろう?」


「そういう問題でもないだろう」


「そういう問題だよ」


 ルックは折られたくなかった。いくらどんなに殴られようと、前歯を折られた姿を見られるのは、酷く屈辱的なことに思えたのだ。


「それじゃあ」


「許可なんてしてないし」


「そんなもの必要ないし」


 ひゅ、とマクドールの拳が振るわれる。ルックはとっさにマクドールへと体当たりした。


 結果、離れた位置にいた相手を狙った拳は空を切り、至近距離へと飛び込んだルックの頭は、


「あ」


 マクドールに鼻血を吹かせるに到った。


「………」


「………………ぷ」





11:マウントポジション

 マクドールはこの体制が好きだった。逃げられることなく思う存分殴れるからだ。今現在もルックにまたがりルックを殴っているところだ。


 マクドールはいつから自分がこうだったのかと思いを巡らす。持てあます衝動が加虐だと気付いたのは、実はルックに出会ってからだった。


 初めて魔術師の島でルックと出会って、わき上がったよく判らない、嫌に暴力的な衝動。それはクレイドールにぶつけられたが満たされることはなかった。


 再開の時にもその衝動はわき上がった。しかし多くの人目もありそれは押さえ込まれた。マクドールは必死だった。


 そしてその欲を満たしたのは再開の後日。石版の間となった部屋へ訪れルックを目にした瞬間。


 マクドールはルックを殴り飛ばした。それはまさに突発的且つ衝動的で、見ているものがいれば軍主は気が触れたと思われただろう。実際にそうだったのかも知れないが。


 一方いきなり殴り飛ばされたルックは地に伏せていたが、すぐにむくりと起きあがりマクドールを見た。その顔には感情が示されていなかった。マクドールはそんなルックを見て、にっこりと笑って手を差し伸べた。


『こんにちはルック、これからよろしくね』


『こんにちは天魁星。ほどほどによろしく』


 名前を呼ばれなかったマクドールは、差し伸べた手を掴んで立ち上がったルックを更に殴り飛ばした。そして名を呼ぶよう強要して、呼ばせて尚殴り続けた。

 その時も、マクドールは今のようにマウントポジションをとっていた。


「…何考えてるの」


「ルックのこと」


「……」


「ああ、正確には、昔のルックのことだよ。初めてルックを殴ったときのことを思い出してたんだ」


「そんなこと考えられながら僕は殴られてたわけ」


「気に入らなかった?」


「気に入らない。今は今の僕を殴ってる癖に」


 そこで一度殴って、


「ルックてば嫉妬深いよね」


 その柔らかな髪の毛にキスを落とす。


 目を見開くルックに、マクドールは心底不思議そうに尋ねた。


「どうかした?」


「……なんでもない」


 ルックの頬に朱がさした事に、マクドールは気が付いた。


「…ルック、顔が赤いよ」


「気のせいだ」


 ルックは殴られて喜ぶようなマゾヒストでは、決してないということである。





12:立てない

 突き落とされた。


「…………」


 誰にだろう。マクドールではない。マクドールは片腕をちょっと押すだけで事が済んでしまうような突き落としなんて絶対しない。あれは自らの手を率先して染めたがる人種だ。その手で実行して、ぞの手で感じて、そして快感を得るのだろう。


 誰に突き落とされたのかなんて、正直な話しどうでもいいのだ。今は夜の解放軍で、階段は目立たないところにあり、人が通らないのがせめてもの救いだろう。


「…立てない」


 呟いて、転移を使おうとしたとき階段の上から声がかかった。マクドールだ。


「あ、本当にいた。どうしたのルック。そんな間抜けな姿曝してしまって」


「なんでいるの」


「ルック殴りたいなと思って部屋に行ってもいなかったから探していたんだ。そしたら慌てて走る兵がいるから引き留めた」


「そいつが犯人か…まぁいいよ。これくらい」


「その割には立てないみたいだけれど?」


「…今転移しようとしてたんだよ」


 最悪だ。よりによってこれに見られてしまうなんて。恥ずかしい。弱い所なんて見せたくないのに。……………台所の悪魔については仕方がないとして。


「そんなことしなくても僕が連れていってあげるよ」


 そういうと、マクドールは僕の元まで降りてきて僕の首根っこを掴んで引きずり出した。階段でもお構いなしであちこちをぶつける。でもそれよりも首が痛い。


 それでも僕は平気な振りをして、そのまま大人しく引きずられた。


 階段を過ぎて、途中狭い通路から足が見えた。


「ねぇ」


「なんだい」


「その足なに」


「ああ、君を突き落とした兵士だよ」


「殴ったの?」


「うん」


「…………どうして?」


 マクドールが暴力を振るうのは僕だけだと思っていた。屈折しすぎにも程があるけれど、それは、本人が気付かずとも僕を好いているからだと思っていた。でも、この兵士はこの有様。生きているのかさえ正直怪しい。


「腹が立ったから」


「…え?」


「ルックを突き落としたって聞いたとき、どうしてか無性に腹が立って。そのまま殴っちゃった。でもどうしてか、いつもみたいに満たされなかったけど」


 これは、自分の感情に疎い。だから感情に詳しくなくて、僕が抱く思いも、きっと気づかない。


 気付かないで、いいんだ。


 ああ。どうか零れないで、涙。





13:徹底的に

「ルック、ルック、ルック」


 呟きながら、ただただ拳を振り下ろすマクドール。ルックはいつものように抵抗しない。その腕は、振り下ろされたまま止まった。


 馬乗りになったマクドールは拳をルックの胸に乗せ、顔を隠すように頭も乗せた。


「ルック、僕は変なのだろうか」


「そうではないとでも思っているのだろうか」


「そうではなくて、僕、ルック以外を殴りたいと思わないんだ」


 瞠目するルック。しかし、ルックからマクドールの顔が見えないように、マクドールからもルックの顔は見えていない。


「お前はそのままでなんの問題がある」


「……僕は君を好いているのだろうか」


「きっと友愛」


「好きとはどういうことなんだい?ルック」


「お前は知らなくていい」


「答えてルック」


 いつものマクドールではなかった。口調だけは優しげで、それでも絶対の自信を持った男だった。きっと、気付いてしまったのだ。


 一つ深く呼吸して、目を閉じて。代わりに口を開いて言の葉を。


「相手のために自らを犠牲にできること」


「それは僕の知りたい答えではないよ」


 グレミオは、そうだったけれど、と。


「自らを相手に伝えること」


「それは僕の知りたい答えではないよ」


 父は、そうだったけれど、と。


「共に在ること」


「それは僕の知りたい答えではないよ」


 テッドは、そうだったけれど、と。


「己の欲を満たしたいと欲すること」


「それが好きということなのかい」


「愛なんて感情は綺麗なものじゃないんだ。どうしたい。どうしてほしい。どうされたくない。それが全てただ一人に向かう。醜いココロ」


 ルックが目を開ければ、マクドールは薄い胸から頭を離しルックを見下ろしていた。


「ぜんぶほしい」


 拳を振り下ろして、それはルックの顔の横に落ちる。


「君を愛しているよ」


 告げて、静かな口づけ。




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