それは久々の休日。朝食を終え、部屋でゆったりとしたひと時を過ごしていた時だ。ルックはだらしなく寝台に寝そべり、肘を立ててうつ伏せのまま分厚い本を開いていた。それをちらりと覗き見るのはトランの英雄ウル・マクドール。彼はどういうわけか魔法兵団長の部屋に入り浸っている。追い出されること間々。

「またそんな本読んで……魔方陣とか魔物とか楽しいのか?」

「君と話しているよりは数段に楽しい」

「そんなこと言って!ルックは俺のこと好きだろう?」

「いや普通に嫌いだし」

 ルックは読みかけの本から一瞬たりとも視線を逸らさずにそう言った。

「何をのたまう。好きだろう。愛しているだろう」

「同じ言語を使用しているはずなのに分かり合えない。人間って愚かな生き物だね」

「ちょ、そんな大事にすんなって。全国の人間様に謝りなさい」

「全国の人間様、ナマ言ってすいませんでした。ただし間違ってはいない。そして君はその人間に含まれない」

「表情くらい変えようぜ、ずっと無表情じゃねぇか。つーか含めて!含む俺!」

「あえて」

「あえないで!」

 そんなやり取りは彼らにとって日常だった。お互いにこの茶番を楽しんでいる節がある。半分は本音でるが。

 ルックはいまだ体制を変えずに紙面に釘付けだ。ウルはそれが面白くない。座していた椅子から立ち上がりルックが横たわる寝台へと腰かけた。

「俺のどこが嫌い?」

「君の好きなところはない。欠片すら見当たらない」

「欠片すら!」

「ただ、君といていいところもある」

 ぺらり。また一枚ページがめくられた。先ほどとは打って変わって挿絵のない文字の羅列。嫌がらせの如くびっしりと押し込まれていた。

「それは俺のことを好きなんだよ」

「たとえば財布がいらない」

「あれ」

「戦闘中突っ立ってても傷一つ付かずに経験値がもらえる」

「ちょ」

「めんどくさい仕事をやってくれる」

「おま」

「何の見返りもなしに」

「見返り欲しいんですけど好奇心あふれる成人男子的に!性的な意味で!」

 その発言にやっと本から視線を外す。首を捻ってウルを見上げる。気だるげに見つめられたウルはどきりと心拍数が上昇するのを感じた。

 美しい造形の唇が開かれた。




「片腹痛いわ」




プロローグ ――それはありふれた日常――




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