あの時の絶望を、僕は忘れない。
世界を彩るもの
信じられなかった。
彼は、だって。例え僕に二度と会うことが無くても、この世界のどこかで生き続けていくのだと思っていたから。
だから、輝く闇が彼でない他に誰かの手にあることに酷く、金槌で頭を思い切り殴られたかの如くショックを受けた。
だって、彼はあれがないと生きていられないのに。
それと同時に、胸がざわめいてむかむかと気分が悪くなる感覚を覚えた。
生憎と、そう。生憎と、僕はこの感情の名前を知っていた。
嫉妬。
彼があの紋章を預ける、もしくはあげてしまう程大きな存在だったのであろうあの男に、酷く嫉妬した。
彼の隣にいるのが、僕ではない。
だから僕は、彼が嫌いだ。
僕が魔術師の島から出てこのトラン湖にそびえる解放軍の本拠地へと訪れたのはつい先日。
そのことを、僕は随分と前に聞かされていた。
テッドが島を訪れた日に。
ああ、そうだ。あの日だった。忘れようもない。永久の別れを告げられた日なのだから。
あの日から僕はどこかおかしくなった。いや、自分では気づきなどしなかったのだけれども、師であるレックナート様に言われたのだから、やはりおかしいのだろう。
言われてから考えてみたが、うん。違和感など無いが、以前と違う部分はあると自分でも思う。1つの物事を成すのに、今までは1から10の行程をこなしてきたのに、今では1と10の行程しかこなさずに物事を成せるようになったというか。大切な何かをすっ飛ばしているのに、結果にはなんの差し障りもない。結果に問題がないのなら別に良いのだろうと、深く追求する気も起きはしない。
ともかく、僕は多くの人間に囲まれて生活を送る羽目になってしまったわけである。
だがこれが意外となんてことない。
以前は島に星見の結果を取りにくる人間に会うのさえ嫌だったというのに、解放軍での生活にこれと言ってそう言う面での不満なはない。
緊張した人間に「まわりはじゃがいもと思え」と言うように、僕には常にそう見えている。
だが、ここでの暮らしに不満がないわけではない。細かいことなら数え切れないほどあるけれど、イライラしてしようがないのは、あれだ。
ニィド・マクドール。
彼が持っていた紋章をその身に宿す解放軍軍主。
気に入らない。何が気に入らないって、全て気に入らないのだけれど、気に入られていないことを感じているだろうに甲斐甲斐しく僕の元を訪れるその神経の図太さが気に入らない。というか存在が気に入らない。天魁の星は、他の107の星々を導くことなく落ちればいい。
ああ、ほら。また来た。疫病神か死に神か、どっちでも僕にとっては同じだけれど。
「ルック」
「何か用」
「用がなければ来てはいけないか」
「いけない」
では作ろう。なんて、ああ、こいつの全てが僕の神経を逆撫でする。
「君は、私が嫌いだろう?」
「全く以て仰るとおりで」
「その理由…まぁ、いくつか思い辺りはするが聞きたい」
「全部気に入らない」
「具体的に」
イライラする。イライラする。嫌われているのを自覚しているのなら二度と僕に近付くな。
「その紋章」
「ソウルイーター?」
「それが彼以外の手にあることが許せない」
「テッドは」
「彼の名前をお前が口にするな」
「では、誰ならいい?」
「彼。僕。レックナート様」
「では、君は何故呼ばない?」
「お前には関係ない」
「そうか?」
「黙れ」
「何故だ?」
「煩い」
「呼べばいい」
「喋るな」
「あいつを愛してる?」
「愛してる」
ふと、「それには即答か」と笑った。
むしゃくしゃする。彼の事を全て知って居るかのように振る舞うこいつが、彼の隣は自分のものだと当たり前に思っているこいつが。
僕は惨めでならない。
「殺してやりたい」
「私を?」
「殺してやりたい。108の星など全て落ちればいい。国など開放できずに滅びればいい。民など悪政の元に飢え死ねばいい。天魁の星に選ばれたお前など、闇に飲まれて二度と戻らなければいい」
「テッドが私にこれをくれたから?」
「彼がお前を選んだから」
「テッドは恨まない」
「彼は世界の中心だもの」
「君の視野は本当に狭いな」
僕はニィドをすり抜けるように無視をして、答える。
「それの何が、いけないの」
そのまま通り過ぎて、一秒でも早くあいつから離れたいと急ぎ足で立ち去った。
僕の元を去った彼は、今でも変わらず僕の空だ。
オアシスを満たしてくれることはもう無いけれど、オアシスの場所自体は無くならないし、見上げればそこには空がある。輝く太陽もある。
紛れもなく僕の世界は彼を中心に動いている。
どこもおかしくなんかない。いつも通り。
ただ、僕はオアシスに入れない。
手を伸ばしても、蜃気楼かのように触れられない。空も遠すぎて、まして終わりなんかなくて届くはずもない。
ああ、そうか。
世界の中心が、遠くなったんだ。
彼が、遠くなったんだ。