敢えて言うならば「興味」だ。
親友と抱きしめあっていたあの魔術師に幾ばくかの興味をそそられたのだ。
そう、これは。
ただの「興味」でなくてはならない。
百雷
かの有名な星見の魔女レックナートの弟子ルック。
彼に初めて会ったのは、私がまだ解放軍に関わることなど想像もできなかったあのころ。帝国の使者として星見の結果を取りに魔術師の島へ訪問したときだ。
彼にしたら、おそらく、いいや確実に、私など記憶に無いに違いない。彼はテッドとの再会に歓喜し、別れに涙していたのだから。
島から帰った我々だが、テッドはただ無理をして笑っているだけだった。問いただすことなど出来はしなかったのだ。
だから、私はテッドと彼の関係を推測でしか知らない。知らないが、彼がテッドに抱く感情については間違っていないと思う。
さて、どうしたものか。
解放軍は徐々に軌道に乗ってきている。兵も増えそれについての対処も問題ない。だが軍主である私は、兵の一人であるはずの魔術師にどうにも、甘い。
本人にそう言ったら顔をしかめられる事は容易に想像できるが、私が自分で認識しているほどなのだから、やはり甘いのだ。
テッドの持っていたソウルイーターを宿す私を真っ向から「嫌い」だと言う。
私は恐らく嫉妬されているのだ。
私とテッドは間違っても、彼とテッドのような関係ではないので嫉妬に値することなどないのだが、彼にそれは当てはまらないらしい。彼の世界は90%のテッドと8%のレックナート、2%のその他で構成されているに違いない。テッドに関する割合が多すぎる。
こうしてテッドと関連づけて考えてしまうと、どうしてもあの日の泣きそうな顔が思い浮かぶのだ。
それが彼に甘い理由。
朝からぐずついていた空は遂に雷を落としながら荒れに荒れた。この古い本拠地では晴れた後に修繕が必要になるだろう。
そんな天気なものだから、兵達は窓や戸の補強に大忙しだ。
私は私でいつも通りの仕事をしていたのだが、各隊が雨のせいで大忙しなため書類が回ってこない。理由が理由なので「急げ」とせっつくこともできない。私は思わぬ休憩を取ることになった。
自然と足が向くのは魔術師の元。魔法兵団からの書類が回ってきていたので、ルックは補強など手伝うはずもなくのんびりしているに違いない。果たしてその予想は当たっていたのだが、彼の元を尋ねた私はすぐに声をかけることができなかった。
彼は空に怒鳴り散らしたくなるほどの天候を窓越しに見つめている。どこか凶悪さすら感じる、時々稲光する空をじっと見るその目には、愛しさが滲んでいた。幸せそうに、慈しむように、綻ばせた笑みを湛えて。
声が聞こえた気がした。
『テッド』
彼がその名を口に出していないのは、唇が動いていないことを見れば分かる。だが、その顔に浮かぶ表情。そんな顔を彼にさせることが出来るのはテッドしかいないだろう。
その光景に自分の胸がざわつくのを感じた。その事実に驚いて、無かったことにしようと思考を遮断する。
空を見上げるルックへ、一歩を踏み出す。小さくカツ、という音がして、彼は漸く私の来訪に気付いたらしい。途端不機嫌そうな表情を浮かべこちらをじとと見る。先程までのあの顔は何処へ行ったのやら。
「何か用」
「この天気で、思わぬ休憩を取ることになった。暇な者はそう多くない」
「僕はあんたの暇つぶしにつき合うほど暇じゃない」
「空を見上げるのに大忙しか?」
「大忙しだ」
ここに来てはっきりと分かった。この天候に、テッドと彼の思い出があるわけではなく、この空自体をテッドに見立てているのだと。確かに、思い至れば他の回答など思いつきもしない。あの顔を向けられる相手など、唯一なのだから。
「…テッドは空か?」
「空だ。そして僕の全てだ」
「指針を失ったお前はこれからどうしようというのか」
「為す術もなく、空見あげて漂流」
それでいいのか?そう聞きそうになって、止めた。わざわざ答え合わせをするまでもない。ルックの答えなど分かり切っている。
沈黙を続ける私に、ルックは視線を空へと戻す。無理に角度を付けて、私に背を見せて。見たくないとでも言うように。
彼の後ろ姿を見つめる。そして浮かぶ、正面を向いているため伺えない彼の顔。
思い出されるのは、魔術師の島での泣きそうな顔。
いいや。
空を見上げる、あの笑み。
彼に甘いのは、泣き顔が浮かぶからなのだ。そう自分に説明してきた。
ルックがテッドを必要以上に求めていて、届かないと知っても手を伸ばし続けて。ひたすらに見続ける空。
それに、私は何度問いかけただろう。
「諦めはつかないのか」と、質すように。
「は…っ」
額に手を当てて、苦笑。
相変わらずルックは空を見上げる。私に見せるのは拒絶の背中。
テッド、どうやら私は、お前に嫉妬していたみたいだ。
テッドを思いニィドに嫉妬するルック。
ルックを思いテッドに嫉妬するニィド。