いくら通い詰めたって、それはまるで無駄な行為。

 彼はあいつしか興味が無い。

 どうやっても近づけないから、強引に、一歩。

 
 パン


 何かが壊れた。




テリトリー −B−




 一人の空間。それはいつもとは違う光景。

 石版の前には私一人。

 いつも仏頂面を携えて私を睨み付ける彼はいない。


 ――――やってしまった。


 追いつめるつもりなど無かった。そう、つもりだ。仮定の話など無意味。名前を口にすることすらできない程にテッドを慕うその姿に、酷く苛立ちを覚えた。頑なに「嫌だ」と拒むルックに、自棄になって呼べと強要した。

 そんなことをして、私に利益をもたらすことなど欠片もないのに。

 自分を見失うことなど無かった。いつ、どんな時であろうと自分を律し理性を保ち続けた。それが、こんなにもあっさりと崩れ去ろうとは。

「何をやっているんだ…」

 自分で呆れ返る。私は彼を傷つけた。

 そしてその傷は決して小さなものではない。いつも張りつめて、ようやっと自分を保っていただろう彼は今、どうしているだろうか。転移して、誰かがいる場所へいくとは思えない。

 ルックは泣いていたのだ。

 彼は何処で、どんな気持ちでテッドを思い、私を怨んでいるのだろう。

 たった一人で、壊れそうなくらい「生きている」彼は今、追い詰めた私の顔を見て、泣かないでくれるだろうか。泣いてくれるだろうか。



 許してくれるだろうか。





 その日、私は彼を見つけることが出来なかった。












 月が沈み日が昇り、ふしに腰掛けるだけに使用した寝台に別れを告げて自室を後にする。執務室に入ればマッシュの姿はそこになく、珍しいこともあるものだと思いながらも机に向い筆を執る。

 いつもより僅かに遅れて入室したのはマッシュだ。

「ああ、マッシュ。おはよう。今日はどうかしたのか?」

 いつも自分にも時間に厳しいマッシュが僅かとはいえ遅れてきたのだ。ただの寝坊ならいいが、と思いつつも尋ねた。

 尋ねられたマッシュは険しい顔をして私に告げる。



「魔法兵団長が行方不明です」



 その言葉はストン、と。なんの違和感もなく私の胸の底に落ちた。

 詳しい話を聞くと、こうだ。早朝、緊急の書類を制作することになり魔法兵談最高責任者であるルックにその旨を伝えようと兵団員が彼の部屋を訪れた。しかしそこには誰の姿もなく、石板の間にも同様だ。兵団員数名で本拠地内を捜索したが手がかりはなく、執務室に向かうマッシュを捕まえどうしたらいいかと泣きついたらしい。

 話を聞き終わった私はため息を漏らしつつ軍師の名を呼ぶ。

「なんです」

「すまない。原因は私だ」

「… どういうことですか」

「問い詰めるのに夢中になり、追い詰めた」

「…………………」

「… なんだマッシュ、その沈黙と顔は」

「いえ、ちょっと失念していただけです。気にしないでください」

 不信の目を向ける私を「そんなことより」と流し話題を彼に戻す。

「魔法兵団長が行方不明というのは大変いただけません」

「………」

「解放軍になじもうとしない彼です。『裏切った』などと噂が出てもおかしくありません」

 それがただの噂であることは分かっている。だが事実ではないと証明できるものもない。当の本人が「信頼」を得ることを放棄しているのだから、誰もを納得させることなどできはしないのだ。

 私が、追い詰めたから。

 ルックにとって、テッドがどれだけ大きな存在なのかを理解しようとも、どれだけの意味を持つのかなど知りはしなかったのだ。

「マッシュ」

「はい」

「私に時間をくれないか」

「残念ですが、あなたにそんな時間はありません」

「………っ」

「と、言いたいところですがどうにかしましょう。17歳の子供に重責を背負わせているのです。自分の失敗の始末くらい付けさせてあげなくてはなりません。大人としてね」












 どこを探せばいいのかわかるが、場所がわからない。

 ルックはテッドとの思い出のある場所、もしくはテッドに関わりのある場所へ行ったであろう事は容易に推測できる。彼の殆どはテッドで構成されているからだ。

 だがその、テッドに関係する場所とはどこだ?私が思いつく場所など、グレッグミンスターを中心としたアールスの地方面しかわからない。だがルックはテッドと彼の地には行っていないはずだ。

 だが、アールスの地だとしてどうして私が行けようか。解放軍軍主という肩書を背負う私が。

 とりあえず、テッドに関する場所。父がテッドを見つけたのはロリマーだ。ほかに思い当たる場所はない。

 私はビッキーに頼みロリマーへ行く。

 ロリマーはまだ解放していない。アールス程ではないにしろ危険なことには変わりない。目深にフードをかぶり顔を覆う形で外套を羽織り、テッドに聞いたことのある場所を探して行く。

 だが、当然とばかりに彼を見つけることは出来ない。

 日はもう沈みかけている。別の場所へ移動しよう、そう思った時、突如として私の前に風が集まり、霧散した。

 現われたのは、ルック。

「ルック……」

「なに?あんたはここで何をしているの」

「君を探していた」

 「そう」と興味なさそうに答えるルックは、幸せそうに笑っているのだ。今まで、私にこの笑顔を向けてくれたことは一度としてない。ルックの笑顔はテッドのものだった。

 いや、今も変わらずにあいつのものだ。これは、どういうことだ。

「ねぇ、僕はあんたを迎えにきたんだ。早く本拠地へ帰ろうよ」

「…ああ………」


 まるで別人のようにルックはころころと笑う。








 にっこりと笑うその視線の先には、私の右手があった。












マッシュが「失念していた」と言ったのは、
あんまり坊がしっかりしているから、まだまだひよっこの若造だということを忘れていたということです。

なんとなく考えていた流れに、うっかりタイムスリップ事件を入れ忘れていてちょっと慌てていたりします。
忘れちゃいかんよ。