古来より月明かりは、化け物の正体を暴くという。






 
ぐちゃぐちゃの僕のココロは、彼を見つけた瞬間急速に変化した。

 それは、あいつに荒らされる前の僕よりも、 ずっと前。

 僕がテッドと、笑い合っていたころのそれと同等か、それ以上に完璧だった。


 
  彼が生きてる。



 それを知ったのは、ニィドがオアシスに近づいてきた とき。

 僕はすべてを放棄してグレッグミンスターへと転移した。テッドの残り香を探して。

  ここにいたときのテッドを、僕は知らない。すがる思いで訪れた僕は、信じられない気配を僅かながらも感じ取った。

  暖かな闇。

 びくり、と体がはねた後、僕はしばらく硬直したままだった。

  だが、その闇の気配が消えそうになって僕は慌ててその闇を追った。

 僕から逃げるように遠ざかるその気配に逃げ られまいと全神経を集中させて、そうして僕は、彼を見つけた。

 テッドだ!

  生きていた、生きていた!もう、それだけで胸があふれて涙が零れた。

 でも、そう楽観もしていられない。

  テッドは300年を生きた。紋章の宿らない人間の体はそんなには持たないのだ。今彼から感じられる闇の気配は幽かな物。

  それが尽きたら、テッドは。

 せめて囚われている彼を救いだしたかったが、ウィンディの目があってどうしても叶 わなかった。テッドは人質だ。万が一にも彼に傷がつく恐れがあるのなら、僕は下手には動けない。

 僕には紋章が 必要だった。

 そう、それも、真なる紋章でなくてはならない。

 世界 に27しか存在しないその紋章の「余り」とでもいうべきものの所在を、僕は知っていた。ああ、なんて幸運!

 宿 して間もない、安定も封印もしていない闇の紋章があるじゃないか!

 さらに幸運にも、その紋章は彼が宿していた もので、間違いなくテッドを拒絶するものじゃない。

 彼に返してあげればいい。

  そう、たったそれだけで、彼は生きていられるのだ!








  僕のどこに、間違いなどあるだろうか。



















  彼が生きている。それだけで僕の心は躍った。

 でもただ浮かれているだけではいけない。悠長なことはしていられ ないし、色々と準備をしておかなくてはならない。

 紋章を剥ぎ取ることは造作もないだろうが、すぐに外してし まっても保管する器がない。空っぽの僕がもう一人いれば、なんら問題はないのだけれど。

 そんなわけで、ニィド から紋章を取るのはテッドの目の前でなくてはならない。それが一番の問題なのだ。ウィンディの目をかいくぐってテッドを救い出し、ここまでくる。転移を使 えばできなくはないけれど、ウィンディがそれを許すとは思えない。

 彼女の持つ紋章は絶対的な強制力を持つ。そ れはレックナート様の紋章にも言えることだけれど、宿主が望めばそこに通じる扉を作ってしまうのだから、彼女がテッドを追ってくるならば僕は彼を逃がしき る自信がない。以前の彼ならそれもできただろうけれど、今の彼には紋章も宿っていないし、体を自由に動かせるほどの体力も魔力もないはずだ。

  そんなの、危ない。

 彼が傷つくのは絶対にだめだ。もっと確実な方法を考えなくては。

  僕はその方法を考えつつも、ニィドと接触しないといけない。

 彼は僕に好意的なようだけれど、そうじゃない時も あるし、「紋章をくれ」と言っても、真の紋章だ。友人のためとはいえ惜しくなって手放さないかもしれない。

 そ の時が来るまで仲良くしておいて、油断させて、そうして紋章を剥ぐ。



  そんな単純で、あるはずがないのだけれど。









  僕は彼のもとを訪れる必要はなかった。なぜなら、彼が僕のもとへ訪れるからだ。

 ニィドはいつものように僕が答 えることを期待していない筆問を適当に繰り返した。だがその目がいつもとは違う。何かを、探るような。

 いくつ かの問答を―――いくつかは答えなかったのだが―――終えたころ、彼は本題とでも言いたげに切り出した。

「君は あの時、どこに行っていたのだ?」

 あんたがオアシスに近づいた日だ。そしてテッドを見つけた日だ。

「ど こだと思う?」

「グレッグミンスター」

「わかってるじゃないか」

  そう、そして、僕はその闇を見つけた。その汚れた手には似合わない、本当は暖かい闇の紋章。今は酷く冷たく感じる。

「や けに機嫌がよかった。いいことでも?」

「テッドが住んでいた街だよ?それだけで僕にはとてつもなく大きな意味を 持つ」

 ニィドは若干驚いたような顔をした。変わらない口元に、黒目がいつもよりはっきり見える目。

「も う一度、言って」

「テッドが住んでいた街だもの」

「もう一度」

「テッ ドが」

「なぜ」

 もう一度、と乞うたのはあちらだというのに、僕の言 葉を遮る声を大きく発する。

「テッドの名を?」

「テッドの名前が、 何?」

「君は頑なに拒み続けていた。その名を口にすることを、すべてを隠すように。誰にも彼を語らないように と」

「それはそうだよ」


 だって、テッドは生き ている。生きているのだ。


「僕の気持は、思いは、記録は、全部テッドのものなんだ。誰にも 分けてやるものか」

 僕は「人」である自分と「物」である自分を混同させながら言う。

「君 は僕の「思い」とか「気持ち」とかが欲しいのかもしれないけれど、全部彼のものなんだ」

潤沢な水を砂漠の只中で 所有していて、それを求めて死にそうな誰かが手を伸ばしたとする。

 僕はそんなもの、とはたき落してすべての水 をテッドに奉げるのだ。




「……そうか」


  ふと向けられた視線の意味が分からなくて僕は困惑した。

 何を映しているのか、表情の伺えない顔。悪意も善意も 見つけられない、見透かすような。

 僕の間違いを、道端で猫を見つけたくらいの間隔で見つけられた気がした。



  僕の、間違い?



 そんなもの、そんなもの。







  見つけないで。



 僕は顔をゆがめて自らの喉元を掴む。ニィドの目が酷 く恐ろしく感じた。

「嫌だ…」

「なにが」

「あ んたは月だ。僕を暴かないで」

 かぶりを振る僕。月は僕を暴こうとするだけでなく、太陽まで覆いつくしている。 そ んな、恐ろしいことあってはならない。




「…これ が欲しいのか」

 僕の恐れを無視して、ニィドは右手を胸の高さまで上げて包帯を解く。

  見慣れない、けれど知っているその紋章の証を、僕は凝視した。

「ずっとこれを見ている。あいつの名残でも感じる のか。私を認識しないだけなのか」

 名残?それはあんたのものじゃない。彼の命だ。

  認識?しているさ。テッドが選んだ妬ましい存在!



『これが欲しいの か』



 そうだ。

 僕は、彼 に紋章を返すんだ。

 そしてまた、僕と一緒にいてほしい。

 君がいれ ばそれだけでいい。

 君が生きれるのなら、僕は、







 100 万の命すら厭わない。

 100万の命など、遥か君に及ばない。

















あ あ、なんてこと。
3まで行けちゃうぜ。