星をめぐる物語が、一つ。







 天魁の星にまつわる物語。

 107の星々を巻き込み、世界に生きる者を駒として翻弄する神々の遊戯。

 上手に終わらせることができたのならば、褒美をくれる。

 奇跡という名の、報奨金。

 だがどうだろう。奇跡で取り戻すものは、遊戯の最中に失くしたものばかり。



 世界は、神様に弄ばれている。






 石板を見上げるように座り込んでいたルックは、最後の空欄が埋まるのをぼんやりと眺めていた。欠けた星はなく、落ちた星は1つだけ。

 テッドが世界から消え失せて、何もかもがどうでもよくなっていた。心は体からずるりと這い出して、べたべたのヘドロになって使い物にはならない。心に存在していたオアシスも、当然のようになくなった。

 シークの谷での一件から、そう時は経っていない。だが、その間ルックは何をするでもなく本拠地に居続けた。シャサラザードの遠征も、サンチェスの裏切りも、マッシュの負傷も、気にも留めずに石板の前に居続けた。

 終わりを待っているかのように。

 そして、約束の石板に刻まれる名前はもうない。

 「あと少し」。ルックの中をその思考が漂い出した頃、師であるレックナートからの呼びかけがあった。

 ルックはそれを聞き終えると、緩慢な動作で立ち上がりその部屋を後にした。







 奇跡の瞬間。

 盲目の魔女はそれを見届けろと言った。何を思い風の魔法使いにそれを指示したのかは本人のみが知る。

 だが、ルックはそれを見た瞬間ココロを取り戻した。


 奇跡は、平等ではないのだ。



 ルックが広間に到着したとき、すでに宿星たちは集まっていた。そして、レックナートも。

 レックナートはルックを確認するとニィドに向き、「宿星が集うとき、奇跡が起こるのです」と微笑んだ。

 すい、と魔女が腕を振ればそこに光が凝縮し始める。それはやがて直視できないほどの光を放ち、ゆっくりと消えていった。


「私もここで終わりですか…」

 金の髪が流れた。

「―――グレミオ」

 失われた筈の星。確かに費えた命だった。

「あぁ、私がいなくても坊ちゃんは大丈夫でしょうか」

 ニィドの見開かれた眼窩はただひたすらに驚きに溢れている。

「グレミオ」

「そうですよね、坊ちゃんは立派になられたし、私なんかもう…」

 やがてくしゃりと歪められ、叫んだ。

「グレミオ!!」

 やっとのことでニィドの声に気付いたグレミオが、あるはずのない声に驚き顔をあげて驚愕する。

「ぼ、ぼ、坊ちゃん!?」

 「奇跡が起きる」。そう魔女は言った。言葉のとおり起こった、まさに奇跡。失われた命は理を曲げて蘇った。

 誰もがその奇跡に湧いた。グミレオを、ニィドを祝福した。

 ただ一人、その奇跡から一番遠い壁際に立ち尽くすルックを除いて。

 誰もが歓中にあり、一人が胸に空く虚空に違和感を感じて立ち尽くす。

 ニィドは108星を集めて、亡くした命を取り戻した。

 その光景を、事実を、運命を。ルックは目の当たりにした。

 そしてルックは神を怨むのだ。

 なぜ己は天間の星なのかと。天魁の星に選ばれなかったのかと。

 そうしたら、紋章を巡る争いを一つ収めることができたなら。



 彼を蘇らせることができたのに。


「不公平じゃないか」


 ぽつりと漏らした言葉は歓声に飲み込まれて消えていった。

 なぜ天魁星ばかりが望む者を蘇らせるチャンスを得られるのか。

 ルックに限らずとも、そう。この争いに巻き込まれた者ならば誰もがいるだろう。もう一度ともに生きたい人間など。誰にでもいるはずだ。

 だがしかし、どれだけの技量や想いがあろうとも奇跡は天魁星にのみ与えられる可能性。

 「国を一つ救ってみせろ」。それがルックにはできないというのだろうか。

 その見返りがテッドだというのならば、ルックにできないはずもない。国の1つや2つ容易く救って見せるだろう。

 ルックは目の前にある奇跡を見つめた。天魁の星。二度目はない星。そして、他の107の星に選ばれれば、それ以外の星になることはできない。


「我らに勝利を!」


 怒声のような雄叫びは、ルックの虚空を埋めていった。












 決戦前夜。奇跡の起きたその数時間後の本拠地は静まることを知らなかった。明日ですべてが終わる。滾る思いと拭いきれない不安に誰もが眠りに就くことができずにその夜を語り合っていた。

 その上階、長い通路で区切られた軍主の部屋へとルックは唐突に訪れた。自らの足でゆっくりと、最後は駆けるようにしてたどり着いた。

「――っ…ルック」

 シークの谷以来の再会だった。「殺してやる」とニィドの胸倉をつかみ泣きながら罵ったルック。本当に暴挙に出かねないルックを誰もがニィドから遠ざけた。

「奇跡だって」

 失笑するように言って、一歩近づく。

「あんたはいいね。亡くしたものを取り戻した。天魁星。天魁の、導く者の星に選ばれた」

 するりと首に腕をまわして、耳元で囁く。

「どうして従者だったの?」

「!」

「あんたが殺した父親でもよかったじゃないか。あんたの不甲斐無さで、あんたが殺した!テッドだってよかったじゃないか!」

 回された腕はいつの間にか解かれて、細い指は首元に絡み付く。

 力が込められた。

「結局あんたは順番を付けたんだ。一番欲しいのがグレミオ。次は誰だったんだろうね。父親かな?それとも、テッド!?」

 自分で言いながら、気付かないふりをしていた。グレミオが蘇ることができたのは宿星であるからではないかと、その可能性に。否、確信に近い形で渦巻く事実に。

 しかしルックはその思考を捨て置いてニィドへと叫ぶ。

 このやりきれない憤りは、彼にしかぶつけられない。

 首を絞められながらも、ニィドは静かな目でルックを見つめた。その口から「テッド」の名が出た瞬間、ニィドはルックを抱きしめた。

 それに驚いたルックは思わず指の力を緩める。軽くせき込みつつも、抱きしめる力を強くして願う。


「君が、欲しい」


 腕の中でルックが硬直する。だがその次の瞬間には暴れるようにもがいた。

「ふ…ざ、けるなっ!!お前が、僕を欲しいだって!?テッドを殺したあんたを、僕が好きになる?馬鹿言わないで。気持ち悪い、放してよ!」

 がむしゃらに腕の拘束から解かれ、振り乱された髪の合間から緑の目が意志をもって睨む。

「僕は僕のものでもない。テッドのものだ。生きていても、置いてあっても、死んでいても、いつだって何時までだってテッドのものだ!」

 怒りに顔を歪ませて、ココロを堕として。息を荒くするルックは最後に一言叫んで転移した。



「お前なんか大嫌いだ!」


「ルック!」

 のばされた腕は、届くことなく空を切った。

「………っ」

 自らの指先の奥、今はただの空間にすぎないその場所をニィドは見つめ続けた。

 夜明けが来れば、最後の戦いが待っていることなど忘れそうになる程の。鷲掴みされた心臓が痛くて堪らなかった。











 赤月帝国が終焉を迎えようとしている頃、ルックは天間星としてのすべてを投げ捨て魔術師の島へと帰っていた。

 以前テッドが使用していた部屋へと逃げるように訪れ寝台に臥している。

 ルックにはテッドがすべてで、テッドが絶対だった。

 テッドが己に生を望むならばそれを裏切ることはできない。たとえどれだけ最後を願っていても。

「テッド…テッド…っ」

 ルックはすっかり埋まりつつある虚空で考える。どうしてテッドはもういないのか。テッドのいなくなったこの世界でどうやって在り続ければいいのか。

 一夜考え抜いて、天間の星が離れていったころ。虚空は闇色に埋まる。


 そして、答えは導き出された。

 どうしてこんなにも簡単なことがすぐに分からなかったのだろうとルックは自分を笑ったくらいだ。



 生きなくてはならないのなら、テッドがいなければならない。


 彼がいないなら、連れ戻せばいい。



「待っててね、テッド。絶対に、君と生きるから」



 その顔に浮かんだ笑みは無垢なものだった。


 純粋な、願いだった。







 出会うことで生まれたオアシスは、別れることによって消えてしまった。

 なくなったココロの穴には、別の何かが代わりとばかりに占領している。

 世界の柱を失ったルックはそれと知らず狂気に溺れた。

 そして、そのまま。




 風の魔法使いは、人でも物でもなくなった。

















終わった…っ
しかしこんな最後。誰かに殺される。
あの説明文で(なんて幸せな最終回!)これとか。ちょっとした出来心で.…
ていうか坊ちゃんの扱い酷過ぎサーセンw
決戦前夜にあれだけ心乱されて、さぁ戦え!なわけですよ。
ルックも酷いことします。
結局ルックはルックで狂ってばっどえーんど。
テッドと幸せになれずに終わるのは決めてましたけどこれはひどい。
酷いがもうどうしようもないZE!