ちょろちょろちょろちょろ

「………」

 ちょろちょろちょろちょろ、ぴた

「…?どうかしたのテッド」

「いやいやいや、お前こそどうかしたのか」

「なにが」

 なにがって。ずっと付いて来るんですけど。



子守唄



 オレは困っている。先週からこの魔術師の島に厄介になっている訳だが、ルックが最近…というかうち解けてくれたその日から後ろを甲斐甲斐しく付いて回ってくるのだ。

 どうした、と聞いてもさっきのあの有様。懐いてくれたのは嬉しいが、これは正直ちょっと邪魔。いつかうっかり蹴り飛ばしてしまいそうでこっちが恐い。

 初めは辿々しかった喋りは、今では随分としっかりしている。頭が良いらしく、貪るように本を読んでいることもしばしばあり語彙に困っている様子は見受けられない。

 むしろそれが厄介だ。何だかオレの方が誤魔化されているというか、流されているというか。

 いや、ここはオレが年長者としてだな。こんななりでも300歳だ。なんだか子のような孫のような、そんな風に思えるルックにきちんと世の常識、常識か?まぁそんなものを教えてやらなくては。

 くるりと後ろを振り向いて、しゃがみ込んで目を合わせる。

「ルック、どうしてオレの後ろを付いてくるんだ?」

 ぽっ、と、頬が染まる。


 …あれ?


「あ、あのね。僕テッドが好きなの」

「マジで?いやぁ嬉しいぞ、ありがとうなー」

 わしゃわしゃと金茶の柔らかい髪の毛をなぜる。しかしルックの顔に浮かぶのは、ぷーという表現がよく似合う、ふくれっ面。

 …あー、やっぱそっち?



「違う、そういうんじゃなくて、えーと…。…………………愛?」



 どうしようどうしようどうしようオレ!?つい今しがた子のように孫のように思っているとモノローグさながらに内心語ったばかりなのに!!確かにそんじょそこらの女の子よりかーいらしーご尊顔で御座いますけれどもねってちげーよ馬鹿オレそうじゃねぇだろまず性別男!!見えなくても男!!どんなにかわくってもってオレしつけーよ。とにかく男でこいつ7歳!オレだいたい300歳!!愛の前に歳の差なんて、なんてレベルじゃねー!歳の差283歳ってパパと同じ歳、とかじゃないぜおいおい何世代間に入れちゃうんだよさすがにヤバイと思いますオレどうですかルックさん!!

 なんて思いつつも、オレは一言も発せず、嫌な汗をかき、取り繕ったような顔色の悪い笑顔を浮かべていた。

「あの…テッド…」

 そんな捨てられた小動物みたいな瞳でオレを見ないでくれ!汚れたオレには痛いくらいに眩しいぜ。その目はあれだろ?返事を求めているんだろう愛の告白をしちゃったルックさんは。

 ゴホンとわざとらしく咳払いをして、どうにか諭すことを決意。

「ルック」

「なに」

「オレもルックのことは好きだけどな、それは友情とか孫に向ける愛とか、そっちでの“好き”なんだ。だから、ルックの気持ちには答えられない」

 目を見開いて、それきり。だんだん表情が出てくるようにはなったが、まだ無表情でいることが多いルックだ。目を見開いた以外、眉も口も変わらない。しかし、その目はうるりと塩分を含んだ水分を浮かばせる。あーあーあーだから嫌だったんだよどうするオレ!!すっごい罪悪感が!

「…っ…」

 あ゙ーー!!泣いちゃったよ泣いちゃったんですけどどうしたらいいですか!見てたら天使を泣かせた気持ちになっちゃうぜオイオイ。

「…ルック…その、な?」

「…、っぅ…」

「あぁああぁのな…!」

 フッ

 どうにかしようと奮闘するオレだが、ルックは魔法で転移してしまった。

「やぁーべぇー…」

 呟いて、がしがしと頭を掻きむしる。


 オレはとにかく、ルックを探すため走り出した。






 …まぁ、あれだ。ルックの魔力はまだ落ち着いていない。風はルックを傷つける気配は欠片もないが、制御もできていない。だから、それを辿ればすぐに居場所は分かるのだ。分かるんだけどさぁ…

「遠い!!」

 頼むから昇降機くらい付けてくれ。切実に。動力源魔力でも良いから。普段はルックと一緒で転移して貰ってたしなぁ。まぁ、後はのんびり階段を上ったり。

 ルックの部屋―――あいつはそこにいるのだが―――は上から3番目の階。オレは今、下から5階くらいか?


―――10分後―――

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 まだつかない。

―――その10分後―――

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…」

 ま、まだつかね…。

―――更に10分後―――

「あ゙ーーーっ」

 通り過ぎた。




 …ガチャ

「もしもーし、ルック?」

「!!」

 もっこりと膨らんだ布団がびくりと揺れた。オレは苦笑してそちらに寄る。

 寝台にボスリと座り、その布団にくるまれたルックを撫でる。

「あのな、ルック。確かにお前の気持ちには応えられないけど、ルックのことは好きだぞ?」

 言うと、布団越しにくぐもった、弱々しげな声が聞こえた。

「…ほんとう?」

「マジマジ。オレ嘘付かないから」

 もそり、と布団から顔が覗く。



「じゃあ、まだ好きでいる」

「え」

「いつかテッドに好きになってもらえるように僕頑張る。この島にはレックナート様とテッドと僕しかいないもの。僕がもう少し大きくなったら、テッドの気も変わるかもしれないでしょ。よこれんぼする人もいないし」

 あれぇぇぇ。それって何か違くない?違くない?じゃなくて…ぅうーーーん。

「ねぇテッド、頭なでて」

「あ、ああ、おう」

 柔らかい髪の毛。請われるままに梳くように撫でてやる。目を細めて気持ちよさそう。お前は猫か。

 いつしか小さな寝息が聞こえてくる。

 この手が子守唄の代わりになったのかなと思いながら、明日からのルックへの対応を考えて頭が痛くなる気がした。
 

 あーー…孫じゃ駄目かなぁ…。





 でも「おじいちゃん」なんて呼ばれたら、それはそれで嫌かもしれない。


















坊ルクだと坊→ルク傾向だけど、
テドルクだとテド←ルク傾向。
初めて書くかも知れない積極的なルックさん(8歳)。