今まで生きてきた中でも、これほどの安息があっただろうか。

 紋章を狙われる恐怖。

 紋章の見せる恐怖。

 逃げ出した自責の念。

 そして一時の安らぎ。

 それよりも遙か、暖かな。






 オレがここに来て3年が経った。

 心穏やかな毎日。この島は結界が張ってあって、ウィンディの手を気にすることもない。でもオレはいつかここを出ていく。何年も何百年も引きこもっていたら死んでいたいつかと同じになってしまう。ここは、あの暗い船とは大夫違うけれど。

 それでも、ここが「安心だから」以外の理由は生まれた。

 あいつが大きくなるまでは、ここにいようと思っている。

 ルックはよく笑うようになった。ぎこちなかった表情の変化は滑らかになって、その笑顔をオレに向ける。とても、幸せそうに。それを見るとオレまで何だか幸せになる。

 …まぁラブコールはせめて、もう少し抑えて欲しいところだが。

 空を見上げると、ぐずぐずとした曇天。場所を貰って耕している畑にビニールをかけて、塔へと戻る。

 この塔にはオレの非情に強い希望により、魔力による移動装置が設置された。

 …ちなみに、オレはレックナートに頼んだんだが、レックナートは修行と称してルックに作らせたらしい。

 その転移装置を使って、オレはルックの部屋へと向かう。

 転移装置は何カ所かに設置されており、装置間を自由に移動できるというものだ。ルックの部屋の階、まぁオレの部屋もあるんだけどその階にももちろんある。

 ルックの部屋に入ると、あいつは窓を開け放ち身を乗り出して空を見つめていた。

「おい、危ないぞ」

 声をかけるとバッと振り返り駆けてくる。突然の体当たりの後胸の辺りの服を捕まれて少したじろぐ。

「な、なんだよルック」

「ねぇテッド、機嫌悪い?」

「は?別に」

「具合悪いとか?」

「至って健康」

 ホッとしたように顔を綻ばせて「よかった」と呟く。オレからしたら訳が分からない。不振そうなオレの顔に気付いたルックは服から手を離して言った。



「テッドは僕の空なんだ」



 そう笑ったのと同時に、ぐずっていた空が泣き出し落雷。

「…………」

「…………」

 えーと、この空がオレ?

 そんなオレの心境などお構いなしにルックは口元を綻ばせる。

「テッドは僕の砂漠ココロに雨をくれた。砂漠は植物が芽吹いて緑に満ちた。今はたった一つの花が咲くのを待っているんだ」

 …それってもしかして、俺がルックを好きになったら咲くんですかー?

「テッドは初めてあったあの日、僕の空になった。太陽みたいに笑って、雨のように慈しんで。幸せをくれた」

「ルック…」

「だから、空、あんまり天気良くなくて。テッドもどこか悪いのかなって…」

 しゅんと落ち込むルックのか頭に手を乗せて、笑う。

「なんともねーよ」

 つられるように、ルックも笑った。







 一緒に寝ようと言うルックにつき合って、ルックの寝台に潜り込む。数分もすると寝息が聞こえた。

 それを眺めて、ため息をこぼした。

 ルックが少し、恐い。

 ルックやレックナートから聞いた話で、あいつの生い立ちは知っている。その境遇から、理解はできる。

 レックナートはあの通りだし、初めてまともに接した人間はオレが初めてだったんだろう。そしてここは閉ざされた魔術師の島で、来客は年に一度、ルックはあったことがない。ルックが認識する、唯一の交友者。…いや、友との認識は薄そうだ。ルックがオレに向ける感情がただの恋などであるものか。空?つまりそれは何を指す。

 オレは神なんかじゃない。

 そんなものじゃないんだ、ルック。

 初めての、そして唯一の人間?だからって、これは異常じゃないか?オレが、300年前のあいつに向ける想いはこんなか?違う。確かに支えにしてきた。ここまでくるのに、生きるための支えにした。

 だが違う。

 あいつは神じゃなかった。終わりない旅を行くための盾だった。

 ルックがオレに向ける想いが、異常なまでの執着が、あいつの全てが、オレに向いているのが恐ろしい。

 そう、思っているのに。その反面、どこか引っかかるなんて。

 その自分の気持ちに、気付かないフリをした。