湾曲愛様からお題をお借りしました。
「暗め」のお題Page10より
暗くないけど。
ハトル×イホリ
1。消しゴムでは消せないよ
「何を一生懸命こすっているんだい。一向に文字など消えていないぞ。お前は馬鹿だな。本当に馬鹿だ。心の底から思う。馬鹿め」
「君ね、馬鹿と云う方が馬鹿などとのたまう気は無いが、今の君は非常に馬鹿に見えるよ」
騒がしい教室の休み時間、黙々と油性で書かれた黒い文字に消しゴムを滑らせるイホリ。その不思議を三度馬鹿と指摘し、その様こそが馬鹿だと返されるハトル。
二人の妙なやり取りも、この喧騒では注視しなければ目に入らない。それでなくとも独特の雰囲気をかもす彼等。誰も蛇のいる藪をつつきたくはない。
「して、何ゆえ消えない文字にそのような労力を使う。無駄に」
「余計なことにノートを使ってしまった失敗した。この無駄こそを悔やみ、奇跡を願う無駄な行為さ」
「黒板よりもわかりやすくまとめたそれがかい。教師も報われないな」
「この公式は今後僕の人生の一片にもかすらない完全なる不必要だと悟ったのさ」
「いつもの勘でかい。しかし外れないのだから、俺も忘れてしまおう」
「お勧めするよ。中間テストにも入試にも出ないから」
きっぱりと言い放つイホリ。
毎度「そんな気がする」ことは事実そうなる。ハトルはハトルでイホリの言うこと欠片らの疑いも持たずその言に耳を傾ける。
しかし、とハトルは顎に手を当てる。
「一度学んでしまったからな。忘れられるかは微妙なところだ」
「これだから脳味噌のしわの多い奴は」
「天才と言え」
「ああはい、馬鹿と紙一重のやつね」
「そうだ。ん?いや一寸待て」
「不必要な情報など寝れば忘れられるのに。天才とやらは不便なことで」
「お前は選んで忘れているのかい」
「そうさ。寝る前に一日を振り返って要、不要を分けて寝る。そうすれば夢がいらないものを食べるのさ」
「お前の睡眠は記憶の消しゴムだな」
「そんなことはない。睡眠は大事なものだけ選りすぐる装置なのだ」
「好き嫌いの激しい偏食だがな」
「偏食には同意せざるを得ない。君とのことは覚えているからね」
「ん?さらりと言ったな」
「ま、消しゴムでは消せないよ」
2。僕の腐った目は
「お前はよくぶつかるな」
「まぁ・・・僕の目は腐っているからね」
今まさに街中の柱へぶつかったイホリは額を押さえながら返した。
ハトルはそのいささか気に入らない答えに眉根を寄せる。
「必要ないものは見えたり見えなかったり。僕の中でどうでもいいという位置づけにあるものはぶつかりやすいね」
「他人にぶつかって俺にぶつからないのはそう云う事か」
「そう云う訳だ」
「他人の胸に飛び込んで俺の胸に飛び込まんのはどういう事か」
「こう云う訳だ」
イホリを腕の中へ閉じ込めると、そのまま引きずるように細い路地へと連れて行く。
「はたから見たら、僕はカツアゲされているようにしか見えないよね」
「何を言う。どう見ても恋人達の秘め事だろう」
「はは、ないない」
押さえつけられた壁に体重を預けるイホリの髪に手を差し入れ、掻きあげるように梳く。露にされたこめかみに口付けると直ぐ下から非難の声がかかる。
「ちょいとお兄さん何してるんです。大声で叫びますよ」
「悲鳴ではなく嬌声ならよろしく頼む」
イホリの拒絶を流す間も口唇は目、耳、首へと降りていく。いよいよ本気でハトルを止めようと肩を押した時、項の辺りを生暖かい何かが滑る。そのぞわりとする感触に小さく声が上がった。
はねた肩に気をよくしたハトルは、舌はそのままに片手をシャツの中へと進める。弱弱しくなる抵抗と反比例してイホリの声が増えていく。
続く悪戯に足の力が抜け、しがみつくようにその胸へ縋った。
途切れ途切れに「何がしたいんだい」と尋ねれば、ハトルは満足げに笑った。
「抱きつかせたかったんだ」
「・・・・・・」
「さて、気も済んだし帰ろうか」
「・・・ちょっと」
「なにかな?」
「一回・・・」
「うん?」
期待通りの答えを予測して、ハトルはにっこり笑う。
しかし、イホリもにっこり笑った。
「殴らせろ」
僕の腐った目は、時々君しか映さない。
3。あたなの心を二分割
「この浮気者ー」
かなり古い、リメイクされる前の臙脂色のコントローラーを握るハトルは、声に振り返ってイホリを見る。
ハトルの部屋に響くのは3和音のメロディだけだ。
視線の合う二人の目は感情を孕んではいない。あえて言うならちょっと眠そう。
「突然なんだい。俺はお前以外に懸想した覚えなど無い」
「浮気相手の手を握られたまま言われても説得力に欠けるね」
「・・・・・・・・・」
ハトルはそっと、視線を手元にやった。それから延びるコードを追って本体にたどり着く。画面上には誰もが知っているであろう古めかしいシューティングゲームが表示されている。
「ひょっとして、お前が俺の部屋に置き去りにした数々の品の一つ、このファミリーなコンピュータのことを言っている訳ではあるまいな」
「あるまいか」
「ゲームとセックスする趣味は無いので安心したまえ」
「しかしだね。君の中の僕を占める割合に僕は不満を禁じえない」
「如何ほどか知っているのかね」
そのような話は一度もしたことがなかった。ハトルはいぶかしんでイホリに問うた。イホリの答えはいたく簡潔。
「半分」
しかも間違ってなどいなかった。
「どうだい、僕は答えられた。君は半分しか僕を思ってはいないのにだ。君はどうだい。僕がどれだけ君を想っているのか、違わず答えられるだろうか」
変わらない表情。しかし饒舌になっていくイホリに、こちらも眠たげな目のままさらりと答えた。
「八割五分」
さすがにイホリは目を見開いた。
「君ね、まさか五部まで当ててくるとは思わなんだ」
「俺の一はお前より大きいから、たとえ半分でもお前の一よりは勝るのさ」
「そういう問題じゃない。僕の一より大きかろうが君にとっての半分が別にあるのが気に入らないと言っている」
「ほう」
「例えば、君のその手にあるもの」
「だがしかし、考えてもみろ。そもこれはお前の私物だ。それがたまたまゲームであっただけで、お前のものである事実をかみ締めながらの行為であるとは思わないか」
「そうだな。君、いささか強引である自覚はあるのだろうね」
「これは手厳しい」
そこでまた訪れるしばしの沈黙。ふっと口を開いたのはハトルだ。
「構って欲しいならそうと始めから言えばいいのだ」
「そんなことはない。とも言い切れないが、君との阿呆らしい会話が好きでね」
ぎし、と文句をたれる寝台を尻目に、テレビ画面がゲームオーバーの文字を示す。
残機はゼロ。プレイヤーはインベーダーに打ち落とされた。
4。あなたの身体を二分割
「お前はそんなちょび髭の配管工が趣味なのか」
軽量化される前の連射スイッチのついた忘れられない持ち心地のコントローラーの握るイホリは、声に振り返ってハトルを見る。
ハトルの部屋に響くのは16和音のメロディだけだ。
視線の合う二人の目は感情を孕んではいない。あえて言うならちょっと楽しそう。
「突然なんだい。確かに僕はこの配管工にそれなりの愛着を持って接しているが」
「恋人の前で堂々と浮気発言か」
イホリはそっと視線を手元にやった。延びるコードを追って本体にたどり着く。
「ひょっとして僕が置き去りにした数々の品の一つ、このスーパーでファミリーかつコンピュータのことを言っている訳ではあるまいな」
「あるまいか」
「ちょび髭の配管工とセックスする趣味はないので安心したまえ」
「しかしだね。君の中の二割五分が俺ではない人間に関心を示しあまつ足を開けと命じるやもしれん」
「そういう君のほうが疑わしいが」
「俺はお前にぞっこんだ」
好いた惚れたの会話はよくするが、どれも信憑性にかけるものばかりだ。
「まぁ、ありがとう」
「ここは感謝ではなく同意を示すべきではないのかね」
「そうかい」
「俺はお前があらゆる意味で欲しいのだよ。くれないかい」
「高いよ?」
「構わんさ。二分割で頼もうか」
「どういう区切りだい」
「来世で一回、来々世で二回」
「君ね、現世で払わない気かい」
「現世では利息分として俺をやろう」
「全然足らないよ」
「これは手厳しい」
そこで訪れるしばしの沈黙。ふっと口を開いたのはイホリだ。
「生まれ変わる魂とやらが擦り切れてなくなる頃にやっと完済にしてあげるよ」
「おお、これで俺のものだな」
イホリをソファーに沈めると、覆いかぶさったハトルが狭いと文句をたれた。
「ところで君は輪廻を信じているのかい」
「信じちゃいないが、そうだな」
唇同士が触れそうなほどに顔を近づけて、こつりと額をくっつける。
「お前がいるなら、コンテニューも悪くない」
残機はゼロ。配管工は奈落の底へと落ちてった。
5。これで何もきこえない
「あ」
「なんだい」
「耳が詰まった」
「残念だが、生憎と耳掻きは携帯していない」
「偶然だな。僕もさ」
ため息一つこぼして、イホリは軽く頭を振る。ごつごつとした岩に腰掛眉を寄せる。
「分っているとは思うが、気圧の変化からくるあれだよ」
「お前が唐突に山に行こうなどと言い出したのではないか」
「それは言わないお約束と云うやつだ」
「そうかい」
「そうだ」
顔にこそ出てはいないが、イホリは大分疲れていた。対してハトルはケロリとしている。
「体力のないくせになぜ山に」
「特に意味はない。単なる衝動だよ。というか腑に落ちないのは君の体力だ。なぜだ。いつも僕と同じだけの運動量しかこなしていないではないか。それともあれか。僕に秘密で毎日マラソン100キロとかしていたのか。そうなのか。どうなんだいちくしょうめ」
「疲れているなら帰るぞ。そして俺の運動といえば夜のプロレスごっこくらいだ」
「突っ込むほうが体力がつくのかい。なら今日から僕がいれる」
「させないから帰るぞ」
「待ちたまえ。実はいまだに君の声が不鮮明」
「唾でも飲め」
「口が渇いてる」
「唾でもやろうか」
「いや、いらな」
最後の声はハトルに食われる。しつこいほどの口付けに、疲れていたイホリは意識すらなくなりそうな酸欠に陥った。
それに気づいてか、はたまた己のタイミングでか。ハトルはイホリの耳を手で閉ざしながら口を離した。
咳き込むように呼吸するイホリはさすがにハトルを睨みつけた。それを意に介さず微笑んだハトル。
「ほら、これで何も聞こえない」
口の開閉で言葉を発したことは分ったがうまく聞き取ることができない。
しかし、イホリは目を閉じて手に頬を寄せた。
「君の音が聞こえるよ」
6。楽しそうにつぶす
「君はそれ楽しいのかい」
「はっきり言って不愉快だな」
「ではその足をよけてあげてはどうだろう」
「お前はこのチンピラに胸倉をつかまれ迫られていたではないか。それを何だ。満更でもなかったとでも言うのかい」
「そんなことは決してないが、君に踏み潰されているものがものだけに不憫になってきてね」
ハトルにナニを踏み潰されている男はすでに気を失っている。ひ弱そうなイホリをカツアゲしようとしたら、別の優男に報復にあってしまった。
「そんなもの踏んで気持ち悪いでしょ」
「お前の胸を潰していたほうが万倍楽しい。お前のを踏むというのならそれはありかもしれない」
「その人もう使い物にならなくなるよ」
「誰のものに手を出したのか思い知ればいいのさ」
聞く耳を持たないハトルにやれやれとため息を一つ電車を降りた近くにある薄暗い路地。今は人通りなどないが、まったく使われない道でもない。
「もう行こう。誰かきてもカツアゲされましたなんて言い訳きかないよ」
「だがしかし」
「僕はもう君が怒ったから気も済んだし、いつまでも君の興味が僕から逸れているのはいただけない」
「お前がそういうならば、帰ろうか」
ようやっと足をどけたハトル。イホリは男をチラリと見て、ハトルを独占していたことに対しての報復としてハトルの真似をする。
ぐり。
「・・・・・・・・・」
ぐりぐり。
「・・・・・・・・・」
「イホリ?」
ぐりぐり。
「どうした。・・・顔が変だぞ」
「え?」
「楽しそうだ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・帰ったら君の踏んでもいい?」
「承諾しかねる」
7。先に切られた
「ハトル」
「なんだいイホリ」
「あそこで昨日電話を先に切ったことについて揉めている男女がいる」
「クラスメイトだな。そしてここは教室だ」
「あの議題は争いを生むような重大なことだろうか」
「彼らにとってはそうなのだろう。しかし俺たちに当てはまるかと問われれば否だろう」
「僕ら電話しないしね」
「してみるかい」
「常に一緒にいるのだけれど」
「ではイホリ、今日は自宅に帰ったらどうだい」
イホリは一人暮らしをしているハトルの家に半同棲している。帰る家も迎えてくれる親もいるが放任されていた。
しばらく帰っていないのは確かである。
「・・・帰れというのなら」
「うん?」
「僕の家は君のところではなかったということだ」
「イホリ」
「僕もついにこの台詞を言う時がやってきたようだ」
「待て」
「・・・実家に帰らせていただきます」
あいも変わらず抑揚はなかった。
「そう拗ねるな」
「その自覚はないわけではない」
「電話はまぁどうでもいい。二人の家に帰ろうな」
「僕は今、君に突然電話を切られた気分だ」
「俺は誤って電話を切ってしまった気分だ。かけ直してもいいだろうか」
「いいけれども、次は僕が誤るかもしれない」
「またかけるだろうよ。何度でも」
「あんまりしつこいようなら、出てやらないでもない」
「それはありがたい。いつまでも繋がらなければ、俺が拗ねてしまうよ」
「・・・それはちょっと見てみたいかも」
8。思うように動かないよ
朝、雀が鳴く声がする。ような気がしたハトルは目を覚ました。窓を見ればきちんと閉まっている。己が寒さで目を覚ましたと知れたのは冷えた体と隣にうずくまる布団の塊があったからだ。
「・・・・・・」
布団をはぐまでもなくその塊はイホリだとわかる。
まだ寝たりないハトルは布団を平等にし夢の世界へ戻ることにした。さっそく布団に手をかけ、ぐいと引っ張る。思ったような抵抗もなく布団はイホリから離れた。
身体を丸めるように眠るイホリを、ハトルは眉間にしわを寄せて凝視した。
睡眠中にしては荒い息と赤い頬。表情は微妙に苦しそう。
耳に口を寄せ名をささやけば、イホリの意識は浮上する。
「イホリ」
「・・・ん?ハトル」
開かれた目は潤んでいる。ハトルはため息を吐いて額に手をやった。
「熱あるぞ」
「生きているものは体温というものを有しているのだよ」
「風邪引いただろう」
「否定できないこの胸の高ぶりは恋だろうか」
「お前を動揺させる風邪に嫉妬するよ」
イホリは立ち上がると冷蔵庫へ向かう。その中から熱さましの冷却シートと水、薬箱から風邪薬を持ってベッドへと戻る。
「・・・イホリ」
「なに」
「布団はどうした」
「熱いのだもの」
先ほどまできっちりくるまって寝ていたと云うのに、現在布団は蹴飛ばされ足元でぐしゃぐしゃになっている。
「気のせいだからかけておく」
「ああーおやめになってー」
「よいではないかよいではないか」
抑揚のない声で交わされる戯言。本来なら衣類をはがれる時に使うが、イホリは布団でどんどん覆われていく。
「酷いなぁ」
「これをやるから許しておくれ」
熱さましのシートからフィルムを剥がし一気に貼り付ける。。小さな呻きが漏れると、ハトルは風邪薬をその口に放った。なみなみ注がれた水を自らあおると、イホリへそれを流し込む。
イホリが嚥下するのを口内をまさぐって確認すると顔を離した。
「・・・ちょいと、病人にそれはないのではないかね」
「嬉しいくせに何を言う」
「ばれているとは」
「さぁ、付き合ってあげるから今日はもう寝ような」
「この侵入者!熱いと言っているじゃないか」
「嬉しいくせに何を言う」
「君こそ嬉しいくせに何を言う」
「ばれているとは」
「ばればれ」
「ばればれか」
「お互い様だけどね」
「ふふ、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
9。他人事ですから
「僕も君もまったく他人に興味がないわけですが」
「否定はしないが藪から棒だな」
唐突に始まる問答。日常茶飯事の二人は気にせずに話を進める。
「他人とはどこまでを云うのだろうか」
「自分以外かい?」
「友人や家族も、あくまで自分ではない他の人である、と」
「俺はそう思うよ」
「ほう」
「親だろうが友だろうが、他人が俺の全てを把握し理解するわけではない。その食い違いが生じた時点でそれはもう身内ではない」
「僕が振っといて何だけれど、君はなかなかに手厳しい」
「だろうか?だがね、お前以外の身内を欲しいとは思わんよ」
「わお」
「そういうお前はどうなんだ」
「僕?僕は君よりもっと分りやすい」
「ほう?」
「君だけ他人じゃない」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・それは確かに、単純明快」
「そうだろう」
イホリの顔の後ろに「ふふん」という文字が見えた気がして、ハトルはどうしようもなく可愛く思った。
10。続きは言わない
学校からの帰り道、青春さながらに夕日を背負うのはその言葉から程遠い存在の二人。
いつも肩を並べて歩くイホリとハトルであるが、今日はなぜかハトルの後ろをキープするイホリ。
「どうかしたのか」
「なにがだい」
「いつもと違う不審さに自覚はあるのだろうな」
「むむ、ばれてしまっては仕方ない」
「なんという茶番」
「最近僕は思うわけだよ」
「アルバイトをしてみた事についてか」
「なぜアルバイトをしていた事を知っているのだね」
「いつも一緒にいて気づかないほうが難しい」
「まぁ三日でクビになって株で稼いでみたりもしたが」
「どうだ?」
「僕ちょっとお金持ちになったよ」
「おめでとう」
「ありがとう。だが話の主軸がぶれ過ぎだ。最近僕は思うわけだよ」
「やり直すのか。何を思うわけだね」
「将来の自分というやつをだね」
「小学生の卒業文集のようではないか。まっことお前らしくもない議題だな」
「うん、まぁそうであるのだけれどね。将来、そうだな、五十年後くらいかな」
「そこまで先か」
「僕等が腰も曲がって歩けなくなって、老い先短くなったらさ」
「うん」
「俗世のしがらみも何もかも捨てて」
「うん」
すでに捨てているような気がする。色々なものを。
「・・・・・・うーん、あー、えー、おー」
どんどんとゆっくりになる歩調はついに止まってしまう。後ろからの橙の光が表情を分りにくくしていた。
数メートル離れたところでハトルも足を止める。
「続きは?」
「なんだかこっぱずかしくなってしまったので、その時まで言わない」
「そうか」
「うん」
「じゃあ俺が言おう」
「え」
「結婚してください」
「・・・・・・僕が言いたかったのに!!」
「お前が言わないから」
「コンチクショウ愛してる!」
普段からまったく想像できない力で投げられた何かがハトルへ飛んできた。反射で受け取ると、小さな箱。開けずとも分る中身にイホリを見ると、しゃがみこんで顔が見えない。夕日の方へ足を進め、イホリの前で立ち止まる。こっそり覗く耳は真っ赤だった。
「イホリ、続きは言ってくれないのかい」
「続きは、言わない!」
「残念」
「五十年後まで待っててよ」
「いつまででも、待ってるさ」
まさかのプロポーズオチ\(^o^)/