藍川蒼様が配布なされているお題、
「罪人に10のお題」
をお借りしました。

配布元は


● 罪の烙印は何か。


「あらあなた。それは罪人の烙印ですね?」

「もしこの焼き印のことを言っているのなら、それはお門違いと言うものだ」

「違うとでも?焼き後手を押し当てられたのでしょう」

「そういう事実もある。だがこれは、所詮人の定めた法の中の罪でしかない」

「人でありその世の中に生きているあなたは、それに従う義務があります」

「くだらない。定められた法は原初から連なる自然界の掟だけだ」

「時代と共に成長することのできない魂が、あなたを雁字搦めにしているのですね」

「そのようなつもりなどない。真に犯した罪ならば、それこそが魂に刻まれる」

「だから、あなたは罪人ではないと?」

「いいや。人の世の法も、自然界の法も、多くの罪を犯した」

「ならばなぜ烙印を否定したのです」

「焼き印での判断は、人の世の罪でしかないからだ」

「女々しいですよ。人の法も自然の法も蔑ろにしておきながらその言いぐさ」

「仕方あるまい。人の世に価値が見いだせない」

「哀れな。あなたを救うのは死のみです」

「それを決めるのはお前ではない」

「あなたでもありません」

「罪は自らが自覚していなければ意味がない。生きて苦しむものだ」

「それを言ってのける者にそのような自覚など必要ありません」

「何と言われようが、まだ死ねないんだ」

「そんなこと、わたしが知るものですか」


● その罪を崇めて。


「あなたの犯した罪はなんですか」

「自然界の掟を破った」

「理解しない人ですね。そんなことを聞いているのではありません」

「無為な動植物の殺戮。大地を殺し、空は夜に朱の涙を流した」

「それがあなたの言う自然界の罪ですか」

「ああ。しかしそれを蔑ろにすることもできなかった」

「保身はおやめなさい。罪と自覚しているのだから、そのまま闇に浸かっているべきです」

「いいや。罪ではあるが、犯さねばならぬ罪だった。行ったことに今でも過ちは見いだせない」

「それは言い訳に他なりません。貧しいからといってパンを盗んでよい訳ではないように」

「それのどこが罪なのだ。生きるために喰い物を確保しただけではないか」

「なるほど。あなたが言うこれが人の定めた法ですか」

「そうだ。人の法のなんと些末なことか」

「あなたの犯した自然界の法は、自身で認めているのでしょう。なきものになどできはしません」

「なくなりなどしない。だが、私はその罪を享受する」

「認めた罪を崇めるというのですか」

「それが、私の生き方だ」


● ……死ねと?


「導かれた答えはやはり一つしかないようですね」

「まだ言うのか」

「ええ。あなたは生きるに値しません」

「罪を背負い生き続けるのが私の贖いだ」

「言ったとおり、あなた自身の罪をあなたが裁けるべくもない」

「私の罪を、お前なら裁けるとでも?」

「裁いてみせましょう。判決は死です」

「死ねぬと言うのがわからぬのか」

「なぜ死ねないのです。それがあなたの贖いだからとでも言うのではないでしょうね」

「果たせなかった約束がある。それを叶えるまで、生きなくてはならない」

「ではわたしが代わりに約束を果たしましょう。安心して永眠なさい」

「私でなくては意味がない」

「そのような言い分で、生にしがみついていないとでも言えるのですか」

「しがみついているさ。やることがあるのだから」

「嘆かわしい。なぜこのような者が世界に存在を許されているのか」

「誰も許してなどいないだろうよ。ただ生まれてしまっただけだ」

「終わらせてあげましょう」

「遠慮すると言っている」


● 自分の信念では罪じゃない。


「人の世の法は罪ではないと言いましたね」

「言った。それを翻すつもりはまるでない」

「人の世にいるのなら守るべきです。秩序が乱れます」

「自然界に人の身である私がいればそちらの秩序が乱れてしまう」

「どちらが大切だと思っているのですか、などとは問いません。分かり切っていて詰まらない」

「お前の思うとおりだろうな」

「人を殺めるのは罪ですか」

「場合による。自然界のものが餓えを満たすために殺すのならばそれは罪ではない」

「自然界のものが悪戯に人を殺めるのは」

「それは罪だ。何かから何かを奪う時、それには自身が生きるためという理由がいる」

「それを破ったというあなたに説かれるとはなんと虚しいことでしょう」

「知らぬ事を学ぶのに虚しいもあるものか」

「あります。矜持です」

「それはまた、なんとも手厳しい」


● 犯した事柄を反芻する。


「無為な動植物の殺戮。大地を殺し、空は夜に朱の涙を流した」

「なんだ」

「そうあなたは仰いましたが、具体的にはなにをしたのです」

「そのままだが」

「あなたは存在ばかりか言まで抽象的でいけませんね」

「存在までと宣うか。つまりは言いたくないというだけなのだが」

「ああ憎たらしい。やはりあなた、死んだらどうです」

「まだ諦めてはいないのか。死なぬと言ったら死なぬ」

「では殺すと言ったらどうします」

「どうもしない。何故なら発言だけで実行には至らないから」

「言ってみただけです。わたしとて罪を重ねたくはない」

「ほう。お前も罪人であるというのか」

「わたしの背負う罪はあなたも背負っているものと同じです。あなたは知らぬ内から、自然界の掟とは別の罪を背負っているのです」

「そんなものは知らない」

「知らないものばかりです。知る者など他にいるのか」

「ではそれはお前の法だ」

「いいえ。きっぱりと言います」

「なんだというのだ。知らぬ間の罪など身がかゆい」

「暫くそうしていたらよいでしょう」


● 繕う日々は偽物で。


「あなたはこの世に生まれ落ちてよりそうなのですか」

「そうとは」

「自然界の掟に重きをおき、人の法を蔑ろにしてきたのですか」

「蔑ろなどと。人の法などあってないようなもの。存在こそ知れど従おうなど考えにも及ばぬ」

「ではあなたは獣のようですね。あなたのそれは本能です」

「そうなのやも知れん。誰にどう諭されようにも理解できなんだ」

「分別の知らぬ人でない代わりに、なんと中途半端な存在になってしまったものでしょう」

「なんだ。お前は人の法を主張するものだから、てっきり人の愚かさを知らぬのかと思ったぞ」

「誰がそう仰いました。人は愚かで傲慢です。しかしだからこそ英知人なのです」

「幼きは人に浸かっていたものだが、まるで生きた気がしなかった。皆、生存以外の欲に囚われていた」

「存在するための欲なら、あなたの言によると許されるのでしたね」

「当たり前だろう。それこそ本能だ」

「繕いの日々から、あなたはどう逃げ出したのですか」

「なに、至極簡単極まりない。張り巡られた柵をひょいと乗り越えてしまえばいい」

「やはりあなたは獣です。自身のことしか考えてはいない」

「それは、どうあがこうとも私が人である証拠なのだろう」


● 犯罪は有罪。


「わたしがまだ少女だった頃、あなたのように憧れたこともありました」

「お前、自分がすでに大人とでも言いたいのか」

「話を逸らすのではありません。わたしはもう独立者です」

「して、私のように、柵の外に憧れたと」

「正しくは違いますが、だいたいそうです」

「正しくを聞きたいものだ」

「あなたは驚きますよ」

「それもまた一興」

「では。私はあなたの血縁です」

「それは、それは。して、真に」

「嘘など付いてなんの意味があるのです。あなたが去ったのは、わたしが本当に幼き頃」

「ではお前、私の妹であると。この町にての出くわしは偶因ではなかったのか」

「意図であることになります。柵から逃げ出したあなたに、憧れたものでした」

「このようにして、自らの人であることを思い知らされるとは」

「なにを打ちのめされているのです。逃げ出したあなたのようになるべくないように、わたしは父母に縛られてきました」

「なんと申せばよいものか」

「何も言わずにくたばればよいのです」

「私は新たな罪を知った。有罪者とは望まずとも咎人で在り続けるのだな」

「またそのように。認めることで逃げるのはおやめなさい」

「そう聞こえるのかね」

「そうとしか聞こえません」


● 許しを請う空しさ。


「許しを請うてもいいだろうか」

「誰も認めやしませんよ。請うことすら」

「ああ空しい。私はまた空洞になる」

「あなたなど元より穴だらけではありませんか。ところで」

「はて」

「あなたは私に対して罪の意識を抱いています。それは自然界の法ですか。人の法ですか」

「どちらでもないだろう。あえて言うのなら、人道の法か。自身の法か」

「いいえ。それはあなた自身が身を軽くするための手段です」

「そうなのだろうか。そうなのかも知れん」

「誰が許してなどやるものですか。あなたが約束とやらを果たし、惨殺された動植物も、穢された大地も、枯れた空全てがあなたを許しても、わたしはあなたを許しません」

「なるほど。晴れて私は永遠の罪人か」

「それでも死ぬ気はないのですか」

「そうさな。死ねぬ」

「あなたの死だけが、私から許される手段だというのに」

「お前の憎しみも、永久に背負おう」

「自己満足も大概にして下さい」

「そうなのだろうか。やはり私は空洞だ」


● いっその事、死を選ぶ。


「なぜ死を選ばないのですか」

「約束があると」

「その約束を果たしても、あなたは決して死なないのでしょう」

「やも知れん」

「怨めしい。あなたが自由を知り野を駆け回っている間、私こそが死を選ぼうとしていたのに」

「何故遂げなんだ」

「この憎しみがわたしを生かしたに過ぎません」

「想いが果たされれば、お前は死に逝くのか」

「そんなものわかりません。そうやって言質を取って、自らの生を正統化しようとしないで下さい」

「そういわれても」

「何故気付かないのです。存在こそが罪だというのに」

「お前、自然化の法を知っているのか」

「あなたが言うのとは違います。あなたが言うのはただの循環です」

「死せば土に還るなり、動物の血肉となれるのだが。それは精算だ」

「そうでしょうとも。だから許すというのです」

「お前もしつこいものだ」

「今更。長年の怨みを死で贖えるのですよ。それを蹴るなどと愚かしい」

「実兄にそれか」

「誰が兄です。血の繋がりこそ認めても、あなたは最早人ではありません。それと兄妹などとわたしを愚弄するつもりですか」

「そういえば言ったな。自然界にのものでもない中途半端な存在だと」

「あなたに初めてで最後のお願いをします」

「断る。それには応えられない」


● 年月=罪体積。


「私の言う、あなたの知らないもう一つの罪を教えます」

「どうしてだい」

「それで少しでも、あなたが苦しめばいいと思うからです。死んでくれると幸せだからです」

「死なないとは、思うけれどね」

「人は存在していることが既に罪なのです。それは世界の法」

「自覚は、あるつもりだが」

「そうでしょう。あなたは殺戮者ですから。この法を知っているのは、人の法も、自然界の法も犯した者でしょう」

「殺したのか」

「父母を殺しました」

「そうか。もう生きてはおらなんだか」

「生きるためではありませんでした。苦況から抜け出したい一心で刃を振り下ろしたのです」

「世界の法は間違ってはおらんだろうよ。人は知を持ち、それを成長させ、貪欲になった」

「人は世界に有害なのです。無垢である内はよいでしょう。しかしそれを育てるのは罪体積を多くした大人なのです。人は、世界にとって公害でしかありません」

「生を続ける限り、罪人なのか」

「ですから、絶ちなさいと言っているのです。しかしあなたはそれでも」

「死なぬな」

「約束、ですか」

「交わした者は世界に還ったが、果たす相手は目の前にいる」

「なんですか。それは」

「お前を」

「いいえ。やはり聞きたくありません。あなたが死なないのなら、もう用はありません」

「悪いが、私は約束を果たすぞ」

「ついては、来ないで下さいね」

「申し訳ない」

「じゃあ、死んで下さい」

「それはできない。約束を、これから果たして行こうというのだから」