昔、幼なじみだった奴がいる。実際には過去形ではない。高校だって同じだしクラスも同じ。今現在も隣の家に住んでいる。
だけれど、話さない。
いつからだっただろうか。昔はよく一緒に遊んだりしていたけれど、歳を重ねるにつれそれはなくなった。まぁ、単純に性格の問題だと思う。
私はそこそこ明るい方だと思うし、確実にアウトドア派だ。休みの日にはどこかしらに遊びに行く。
そいつは確実にインドア派。いつも本を読んでいて、クラスに馴染もうとはしない。
お互い、自然と離れていった。
特に理由は、なかったけれど。
コック・ロビン
学校へは歩いて20分。自転車で5分ほど。私は自転車で通学する。あいつはいつ家を出ているのか、登下校で会ったことはなかった。
学校の自転車置き場に自転車を止める。こういうのは大抵誰しもが自分の定位置を持っている。私もそうで、いつも通り校舎側の一番端にとめる。鍵を掛けて生徒玄関に向かう途中、友達に会って何気ない話をしながら教室に入った。
おはようと一人挨拶すれば、自分もしなければとみんなが一斉に「おはよう」と作られた笑みを張り付けて言う。それに私も何が楽しいのか笑って、みんなにまとめて挨拶をするのだ。
ちらと窓際を見やれば、あいつはやはり既に来ていて本を読んでいる。あんな分厚い本よく読む気になるなと思う。私なんかせいぜい薄っぺらい文庫本がいいところだ。
鞄を机に置くと、中身も出さずに先程のグループへ戻る。昨日はこんなテレビを見たとか、どの芸能人が生で出てたとか、恋人の話とか。笑いながら話してる。何が楽しいのかは、きっと誰もわかっていない。もちろん、私も。
5分もすれば担任が入ってきて、SHR。その間私は鞄からふでばことルーズリーフだけを取り出して、既にぎゅうぎゅう詰めの机に押し込んだ。
詰まらない学校が始まった。
休み時間の度に一々立ち上がってみんなの所へ談笑しに行く。次の時間はなにで、誰が当たるとか。示されて初めて気が付いて、宿題をやっていないと慌てるのだ。誰かやってない?見せて?と。自分でやることを端から放棄している。実際やっている私は、ごめん私も忘れてたと、すまなさそうに謝った。結局誰も見せてはやらず、その子は授業中困ってた。よかった。時間が潰れる。
昼食は教室で、机をいくつかと自分の椅子を持って集まる。何人かいなくても、トイレか購買のどちらかだと誰も待ちやしない。この時間、必ず何人かが帰りたい、帰ろうかなと言って誰にも相手にされないが、結局帰らずに最期までいる。内心帰れよと思っている私としては、たまには有言実行して欲しい。
放課後、教室でバイバイと挨拶をすませて一人で帰る。何だかんだ学校では徒党を組んでも、学校という枠を出ればまた個人に戻る。そういうものだから、別になんとも思わない。
そういえば、あいつはどうしただろうか。昼と放課後はあいつを見かけないけれど、大方図書館だろう。他にあいつを受け付けるところも、あいつが受け入れる場所もないだろうし。
ちょっと、寄ってみようかな。
この学校の図書館は、離れのようだ。一本しかない連絡通路を通って、古びた図書館へと行く。ガラと扉を開いて、あたりを見渡す。カウンターには誰も座っていない。備え付けの机と椅子のある方へ足を向ける。
いた。一番奥に座って本を読んでいる。教室で読んでいた本とは違う薄めの本。扉を開けるときも歩くときもこっそりなんかじゃなかったし、私とはわからなくても人間の存在には気が付いているはずだ。それでもまるで気にはしていない。
カツカツと近付いて、あいつの向かえに座る。椅子ではなく机にであったが。
ちょっとくせのついた黒髪を見下ろして、私は尋ねた。
「なに読んでんの?」
「マザーグース」
「まざぁぐぅす?」
私が話しかけても驚いた様子もなく、視線を本から外すこともなく、一言こたえを返した。ただ私はそれを知らず、オウム返しにしてしまった。
そこでこいつは顔を上げて、度のきつい眼鏡越しに目があった。こいつの顔を見たのは久しぶりだ。昔の記憶を引っぱり出して、あんまり変わってないなと思う。
「イギリスの伝承童話」
「ふーん。どんなの?」
「ロンドン・ブリッジとか6ペンスの唄とか、ハンプティー・ダンプティーなんか有名だけど」
「ロンドン橋落ちたってやつ?」
「そう」
真っ黒の目が私を見てる。日本人って、暗い焦げ茶色が一般なんだと思ってたけどこういうのもあるんだな。こいつとの会話は短くて、でも、それが嫌じゃない。
「あんたはなにが好きなの?」
唄ってみてと請えば、数秒迷ったのか選んでいるのか沈黙して、口を開いた。
「Who killed Cock Robin?
I,
said the Sparrow,
With my bow and arrow,
I killed Cock Robin.」
「…………もっとわかりやすく」
英語で唄ってもらったのはよかったけど、意味がわからない。本当に自慢にならないが、勉強は嫌いだ。
「誰が殺したコマドリを。
それは私と雀が言った。
私の弓で、私の矢羽で、
私が殺した、コマドリを。」
「あ」
「なに?」
「それ聞いたことある。もっと長いよね」
「そう。この形式で、あと何節かある。とむらいの鐘を鳴らすところまで」
どこで聞いたのか。でも、絶対聞いたことがある。
そこで応えをこいつがくれた。
「昔、唄ったことがある」
「あんたが、私に?」
「その時も、今日みたいに請われた」
思い出した。小学生の頃だったろう。その頃からこいつは本の虫になり始めていて、あまり一緒に遊ぶことがなくなってきていたとき。たまには遊ぼうとこいつを探したんだ。見つけたと思ったら本を読んでいて、なにを読んでいるのか、今日みたいに尋ねた。
「その唄、私嫌いじゃないな」
「好きでもない?」
「…好きかな」
「昔は何度もせがまれた。だから憶えていたんじゃない?」
なんとなくその言い方が気にくわなくて、意地悪に笑って私はこいつを見た。
「じゃあ、もっと唄って」
「…また?」
「今度も何度だってせがんでやる。忘れないように」
教室にいるときなんかより、ずっと居心地の良いこの空間。無くさないようにきっちり手を握る。
はぁ、とこいつはため息をもらして、本を閉じて口を開いた。
「誰が殺した、コマドリを」
コマドリであるこいつを殺すのは、私です。
何か書きたくなって、ネタ帳あさってこのネタを見つけました。
一時期マザーグースに興味を抱き本を買いました。
前から一小節目だけは知っていて、好きだったのです。
どうにも淡々としすぎな気もしないでもないですが…
前半と後半の文字の密集率の差といったら。