第一章



「やぁエルヴィス」

「あ、ホゥルおばさん。こんにちは」

「今日も図書館に行くのかい?」

「ええ、まぁ」

「勉強かい?もう十分頭いいじゃないか」

「はは、そんなことないですよ。図書館へはちょっと、本を読みに」

 軽く挨拶を済ませた後、言っていた通り図書館へ向かった。ホゥルおばさんが「今日も」と言っていたように、エルヴィスは毎日、この小さな村の、さほど大きくはない図書館に通っている。

 エルヴィスは、真っ直ぐに下りた黒髪を気にするでもなく風に遊ばせている。掛けた眼鏡の奥の目は、深い青だ。その瞳の先にある物は、どんよりとした灰色の不機嫌な空だった。

 図書館に着くと、古い木造建築のドアをギィと音を立ててエルヴィスは開けた。中に入ると、真っ直ぐに「街の歴史」のコーナー前に行った。見る物は極端に少ないが、町の歴史を墨に追いやる訳にもいかずカウンター前の一角を陣取っている。

 一冊の本に手を伸ばす。

「我が町の…葬式文化」

 そう題された本を手に取り、数カ所に設置されている椅子へと腰掛けた。そして三回目になるその本をおもむろに読み始めた。



 三時間ほどすると、分厚い本が閉じられた。窓から射し込む光はオレンジ。どうやら暗鬱とした雲は去ったようだ。

「柩は、河に」

 それがこの村、ミスヴァラやその近郊の村の決まりだった。決まり以前に、当たり前の事だ。死者に花を贈り、別れを済ませ、村の中央を流れるディヨルド河に柩を流す。

 しかしその行方は、誰も知らない。

 何処に行くのだろうか。エルヴィスは、それが知りたくて堪らなかった。理由は只の好奇心、探求心。しかし気付いてしまった疑問点。

 だから…



「だから、君は柩に揺られてここまで来たの?」

「はい」

 エルヴィスは迷いもせず、はっきりと言い放った。

「知りたくて、どうしようもなかったんです」

「意外と近かったでしょ」

 麦藁帽子の男は口元を緩めてそう言った。

「それで、ここはどうだい?君が求めてやまなかった最終目的地」

「… 誰かがいるとは思わなかったです。想像が付かなかったのは確かだけれど、それでも人がいるとは考えもしなかった。貴方はいったいたった一人で、ここで何をしているんですか」

 風が吹いた。一面に広がる花畑から、無数の花弁が舞い上がる。麦藁帽子が地に落ちた。

「!」

 その麦藁帽子を男が拾い上げる。

「君の名前は、何ていうの?」

 麦藁帽子を被り直しながら、言う。

「君は私のことを『貴方』と呼び、私は君のことを『君』と呼ぶけれど、お互いにとってもその呼び方は当てはまる訳だし、ややこしいじゃないか?ちなみに私のことはアスファルって呼んでくれると嬉しいな」

「エルヴィス…ユーライア」

 絞り出した声は、かすれていた。