第二章




 この場所に着いた時、綺麗なところだと素直に思った。一面に広がる花畑。それしかなかった。様々な種類や色が無秩序に並べられている。花しか見えないが広そうな島だったから、花の地平線の向こうに、何かあるかも知れないと考えた。



 少し歩くと人影が見えた。人がいるとは思わなかったから内心驚いた。

「今日はこれで終わりかな…?」

 何が終わったんだ?微かに聞こえた独り言に、心の中で問いかけた。

 そこに立っていた人は、長く薄い紫色の髪を緩く三つ編みにしていた。白い質素な七分のシャツに、灰色のジャージ姿だった。軍手までしている。花でも植えているのだろうか。少し距離があるし、大きな麦藁帽子を被っていたから表情までは伺えなかった。

「え」

 突然振り返るものだから、吃驚した。間抜けにも目を見開いて。

「ええと、お客…さん?」



 それから僕はどうやってこの島に来たのか、何故来たのか尋ねられた。あちらにしても突然の来訪者だし、僕が押し掛けたのだから正直に喋った。柩に乗ってここまで来たこと。河は海に繋がっているが、そこまでは一本道だし、海流から考えた上で島があると仮定すれば、行き先が複数あるとは考えにくかった。それらの理由に僕の知りたいという願望を足して、デメリットがあるとはとても思えない。

 それに何より、知りたかったから。



「だから、君は柩に揺られてここまで来たの?」

「はい」

 僕は即答した。

「知りたくて、どうしようもなかったんです」

「意外と近かったでしょ」

 …?いや確かに近かった。二、三日は軽く掛かるだろうと思っていたし、十日くらいは覚悟していた。ひょっとしたらたどり着けないと、心の片隅で思ってもいた。

 ところが二時間ほどで着いてしまった。あまりにも呆気なくて拍子抜けしたものだ。だが。だがしかし、一体何を言い出すのか。

「それで、ここはどうだい?君が求めてやまなかった死者の最終目的地」

 本人にとっても大した問い掛けだった訳でもないらしく、僕の答えを聞く前に新たな問い掛けをしてきた。

「… 誰かがいるとは、思わなかったです。想像が付かなかったのは確かだけれど、それでも人がいるとは考えもしなかった。貴方は一体たった一人で、ここで何をしているんですか」

 今度は僕が質問した。ここに人がいることを確認した瞬間から生まれた疑問。

 その瞬間風が吹いた。少し強めの風で、髪が目に入りそうだった。

パサ

「!」

 髪を払い前を見た瞬間、何か見透かされるような、心臓を射抜かれるような感覚に陥る。僕の目に飛び込んできたその銀色の瞳が、恐いほど綺麗だった。

 すぐに麦藁帽子は被り直されて、少し残念なような、ほっとするような思いに襲われた。

「君の名前は、何ていうの?」

 麦藁帽子を被り直すところをボーっと見ていたら、名前を聞かれた。

「え…」

「君は私のことを『貴方』と呼び、私は君のことを『君』と呼ぶけれど、お互いにとってもその呼び方は当てはまる訳だし、ややこしいじゃないか?ちなみに私のことはアスファルって呼んでくれると嬉しいな」

「エルヴィス…ユーライア」

 その言いの方が、ややこしい気がする。