第五章



「貴方は誰ですか」

「…」

 アスファルは驚くでもなくゆっくり振り向いた。

「… 私はハヌドゥノアス・チャク・ファルバーン。それ以外の何者でもないよ」

 動作と同じく、ゆっくりと喋った。

「『アスファル』は、略称だったんだ」

「ええ」

 確かにこの長ったらしい名前には、略称が必要かも知れない。

「貴方はなぜ、この島にいるのですか」

「深い理由はないよ。たまたまここだっただけ」

「貴方は何ですか」

「…」

 あの目を見たときから感じていた。

「人間ではないのでしょう」

「ええ」

 少し驚いた。あっさり認められるとは思っていなかったから。でも人間ではないのなら、何なのか。僕の想像道りなのだろうか。

 もう、僕は止まらなかった。知りたかったことを、訊きたかったことを口が放つ。

「貴方は神ですか」

「… ええ。貴方達ヒトの言うところの神。でも正しい答えではない。私は創造主。しかしそれは一人ではないのだから。私は大勢いる創造主の一人にすぎない」

「僕は貴方に訊きたいことがある。ずっと知りたかったこと。柩の行方よりも、遙かに求めてならない答え。

 世界はなぜできたのか?」

 アスファルの目が細められる。口元から笑みが消えた。

「答えたくない」

 どうして。人ではないことをあっさりと認め、創造主であることを説明してくれた。なのに、なぜ。

「どうしてっ」

「立派な答え何かじゃないから。この世に生きるヒトには教えられない」

 僕が声を荒げても、アスファルの調子は変わらなかった。でもそんな一言で引けるほど、僕の気持ちは浅くない。

「納得できない!」

「では訊くけれど、どんな答えを望んでいるの?何処までも晴れ渡る青空を見てみたかったから?夜空に輝く無数の星々を見てみたかったから?そんなのじゃないんだよ」

「そんなの関係ない。僕は知りたいだけだから」

「なぜ知識を欲する」

「僕は、僕は周りの誰よりも頭が良かった。自ら学ぶことをしたし、学んだことを忘れなかった。僕は知識を得ることが楽しかったんだ。でも周りから向けられる視線は期待、羨望、希望。僕が知らない事なんて、何一つない。そんな風に思われてた」

 まくし立てるように、自分自身も確認するように言う。

「でも僕はそれが重荷だった。恐かったんだ。もし答えられなかったらと。裏切り、落胆、失望…でも、もうどうでもよかった。知識が欲しかった。原点に返ることができた。知識が欲しくて、学んで、色々と思考した。そして僕は、踏み入れてはならない領域に踏み入れた」

「それが世界の始まり?確かに、君のように知識を求めるようなヒトは、考えてはいけないことかもしれない」

「アスファルの言う通りだ。世界はなぜできたのか?そんなこと、どんな文献読んでも答えなんかあるはずなかった。でも、それでも僕は知りたい」

 僕とアスファルの視線が交差した。どちらも目をそらすことを決してせず、譲らないと僕の目は訴え、アスファルはただ、僕の目を静かに捕らえていた。

「そこまで知りたいか」

「僕は知識を求める異端者にして中毒者。知りたくないはずがない。答えを知る可能性を、見付けてしまったのだから、尚更」

「ふ… ふふふ…ははははっはは、あははははっ」

「?」

 アスファルが突然笑い出した。一体何がおかしいのか。

「いいy。教えてあげる。君は愚者だけど賢者だ。崇高な理由を求めるでもなく純粋に探求心。人間がここに着たのは初めてだし、特別に教えてあげる」

 一泊置いて、アスファルの口が弧を描く。



「この世界ができたのはね、ただの気まぐれなんだ」