ディスカリスは水源の豊かな、しかしそれ以外に秀でたものがある訳でもない村だった。至る所に水車があり、粉をひき灌漑している。それが村の収入のほとんどを占めていた。
人々は田畑を耕し、水田へ入り苗を植える。穏やかな村だ。
「平和なものだね」
「そりゃ平和だからね」
セイの呟きにディアーナは微笑んで答える。セイは顔を軽くしかめて、ディアーナを無視した。
「あ、酷い」
「何処がさ」
結局は応えてしまうのだが。
「ははははは、セイは良い子だね」
「嫌味か」
「そんなことはないよ」
笑みを深くして言う。のんびりした村の雰囲気には合う気がするのだが、セイにはどうにも胡散臭く見えて仕方がないのだった。
とりあえず今日はここで一泊して、明日ディスカリスを発つことになった。
ディスカリスは小さく、宿などないかと思っていたのだが、この村唯一の酒場がそれを兼ねていた。
セイは少ない荷物をベッドの脇の下ろし、帯剣したまま宛われた部屋を出ていこうとした。
「おや、どこに行くんだい?」
「…協会」
憮然とした顔でセイは答えた。ディアーナの人の良さそうな笑みはそのままに、自らも付いていく旨を伝える。
「いいけど、何しに行くのさ」
「特にないも、ないけれど?」
ため息を吐きつつ一度下ろした荷物を手に取る。部屋に誰もいなくなるのであれば、いくらへんぴな村といっても不用心に過ぎるだろう。
大抵の村や街には協会がある。唯一神がいるわけではなく、それぞれがその地にあった神を信仰しているのだ。
ディスカリスは水源豊かな村。そのため崇めるのは水の神だ。水神の中で最も強いと言われるシルヴィヌスを、セオリーに信仰する。
「セイは、シルヴィヌスに願いでも?」
「神はいない」
「それでも、祈らずにはいられない」
会話が続くことはなく、二人は教会までの道を歩いて行った。
彼が教会へと赴くのは、祈りのためなのか。
もしそうならば、一体何を、願うというのか。