「ゆーたか」
「…何さ」
「昼飯喰ったら数学だな」
「…そうだな」
「宿題あるよな。一週間くらい前から大量に出てるやつ」
「…あったかなぁ」
「やってるんだろ?見ーせてー?」
「あ!俺も忘れた。半分くらいしかやってねぇ。俺にも見せてくれ」
貴史、お前もか。悠人は大概いつも忘れてくるが、貴史もとは。恐らく一昨日出たばかりのゲームにのめり込んでいるのだろう。それにしても、あんだけあの教師が言ってたのに忘れてくるかなぁ。
いつもいつも俺のノートを宛にしてると、そのうち痛い目にあうぞ。
「十万」
「高い!もう一声!…て云うか豊さん。マジ高いですよ」
「じゃぁ百円」
ジュースが飲みたかったので、それだけあれば十分だ。悠人にはいつも稼がせて貰ってるし。
「買った!」
「俺も買った。ほい、百円」
計二百円を手に入れた俺は机からノートを取りだし、二人に渡してやった。俺は自販機に向かう。教室から出る前にいとこと付け足した。
「俺のノートがあんまり素晴らしいからって、売りさばくんじゃねーぞ」
「ばーか。誰も買わねぇよ」
失笑された。
自己紹介何てしてみると、俺の名前は村川豊。十七歳の校二。特別特徴のある人間ではないが、他人様よりは多少頭が良いようだ。あ、自覚する程度にはいい加減な性格をしてる。ぶっちゃけて言うと、あまり生き物が好きじゃなかったりする。まぁあの二人と話すのはわりと楽しいけどな。他にも世間体考えて何人かと連んでたりはするけど。…世間体を考えてって、俺は幾つの人間だ。
俺は目的のジュースを買い、お釣りを制服のスラックスに押し込んだ。左手首についた腕時計で時間を確認するとまだ二十分程度余裕があるので、屋上へ向かう。何となく、人のいないところに行きたかった。
いつも屋上には誰もいない。柵がないので危ないからだとかで、ドアに鍵が掛かっている。立入禁止とか云うやつだ。だがしかし。しかしだ。ドアの横にある窓の鍵が壊れているので実質出入りは自由。それでも気付いている者は俺以外いないようで、俺の独壇場になり果てている。実に運がいい。
「…はぁ」
百十円の紙パックのジュースにストローを刺しながら、俺は憎たらしいまでに晴れ渡った青空を、目を細めて見上げた。
照り付ける太陽場暑い上に眩しい。気温事態は高くないが、無風状態なので気温の高かった昨日より暑く感じる。ストローから口内へと押し寄せる冷たさが、どうにか体感温度を和らげてくれていた。
柵のない、だだっ広い空間が視覚的に心地よい。唯一の障害物である出入り口の凸は多少この空間を邪魔するが、しようがないので目に映らないことにする。
ふと、俺の後方に突然気配がした。驚いて振り返ってみると、一人の男が立っていた。その男は古風な黒のスーツに身を包み、汚れてはいないが擦り切れた黒い革靴を履いている。頭には、他と同様に黒色のシルクハットを目深に被っていた。手だけは薄手の白い手袋。その右手には磨き上げられた木製の杖を握っている。おかしい。この暑さの中でスーツをきっちり着込み、シルクハットまで被っているのに、唯一の露出部である顔に汗は見えなかった。それどころか、な真っ白い頬はいかにも涼しげに見える。
「…あんた、誰だ?」
声がひっくり返りそうになるのをどうにか堪えながら、俺はその男に話しかけた。
男が何かいおうと口を開いた瞬間、予鈴を知らせるチャイムが鳴った。
そいつは背景の青空に同化するように消えていった。
「なんだってんだ…」
俺は屋上を後にした。