授業開始時間ギリギリに教室へと帰ってきた俺に、悠人と貴史がノートを返しに来た。
「おっせーよ豊!まぁいいや、コレありがとな」
「ホント助かった。次ゲーム買ったときも頼むよ」
笑いながら貴史は自分の席へと戻っていった。悠人は何か俺と話していく気だったみたいだが、本鈴のチャイムと同時に教師が入ってきたので慌てて戻っていった。
俺の席は窓際の一番後ろ、何て実は教師に目を付けられやすい場所じゃなく、廊下側から二列目の前から三番目のごく普通の場所だ。教師の視界からはおそらくわりと見やすいだろう。
くだらない授業は、大方の予想通り宿題の解答から始まった。
少数の宿題を忘れた者達は微妙にそわそわしている。この教師はいつも適当な場所から順に当てていく。忘れたであろう者は自分までの席数を数えている。自分の当たる場所を探しているのだろう。
「じゃぁ次問六の
B、村川」
「あ、はい。えーとx=十三、y=五です」
「よろしい。次、問七の@」
…びびった。トリップ中に当てられると本当に驚く。黒板に答えが書いてあってよかった。どこを当てられたのかが分かるからな。
あ、次の次…このまま行けば当たるのは悠人だな。運の悪い奴だ。さぁ。痛い目見やがれ。
「問八の@、あー上原か。お前ここ分かったか?難しい問題だったが」
「大丈夫ッス、バッチリですって!」
やったの豊だし。悠人の顔にはそう書いてあった。しかし、それはどうだろうな?悠人。
「じゃあ言ってみろ」
「八です!」
「…違う」
クラスの連中がクスクスと笑い始める。そりゃそうだろうな。あんなに自信満々で答えたのだから。俺も笑った。口に弧を描いて。
「あー、じゃあそうだな。村川、分かるか?」
「はい。六√五です」
「正解だ。答え自体はそんなんでもないが、ここに行き着くまでが大変で…」
教師は説明を続ける。
スラッと正解を答えた俺に、悠人は魚みたいに口をパクパクさせて俺を見ていた。俺はにっこり笑ってその間抜け面から視線を外した。
「おい豊!何だよさっきの!」
「何の事かな?悠人君」
「はは、あれには笑わせて貰ったぜ」
貴史もやってきて、悠人を逆撫でするようなことを言う。
「貴史!」
「まぁ待て、そんなに怒ることないだろ?いつもの事じゃないか」
貴史は何のことか判らずに悠人の方を見る。しかし悠人は目を見開くばかりだ。
「いつも…?」
声を発したのは悠人ではなく貴史だった。
「そう。いつも。悠人なら、もう気付いたんじゃないか?」
「まさか…いつも一個だけ間違ってあったのは」
貴史も気付いたらしい。貴史は本当にたまにしか俺のノートを写さないので分からなかったのだろう。しかし悠人は毎回俺のノートを写している。今までその一カ所を当てられた事がないだけで、いつも一カ所の間違いを含めていたのだ。
「わざとかよ?」
「そう。あーまぁそう怒るなって。お前がいつになっても宿題をやってくるようにならないから、俺は時間差で鉄槌を喰らわせたわけだ。だいぶ前、俺頻りに言ってたよな?宿題しろって。メールもしたし電話もした。だけど悠人は一度もしてこなかった。だから一度痛い目に遭えばやるようになるだろうと思ったわけ。たまたま今日だっただけさ」
「そりゃ悠人が悪いな。自業自得」
「―――っ悪かったよ!」