なぜ言ってはならない?言ってしまえばいいじゃないか。しかし…ああ、そうか。

「ははは…ははっ、あははははっ」

「おい…豊?」

「ダイジョブか?突然笑い出して…」

 これが笑わすにいられるか?

 なぜ言ってはならないかって?それは俺が自分を守るために、この二人を、殺すかも知れないからだ。

「はは…そうだよな。まぁわりと、楽しかったけど。生き物だもんな、お前等」

 生き物なら、誰だって自分が一番可愛いのさ。人間なら尚のこと。

「何言ってんだ豊?」

「そうだよ。俺達って、お前も生き物じゃん」

 その悠人の言葉に、俺は理性を見失った。

「ああそうさ!俺も人間だ。どんなに疎ましく思っても、憎く思っても、人間であることに他ならない!」

「ゆ…た、か?」

 身を見開いて、ボソッと絞り出した悠人の声に、俺は理性を取り戻した。しかし、今はない方がよかったかも知れない。

「っ…あ…悪、俺…」

 俺は走った。馬鹿みたいだけど、でもあいつ等の顔が見られなくて、見られたくなくて。

「おい!豊、待てよ!」

 …え?

 足を止めずに振り返ると、二人が追いかけてくる。

「付いてくんな!」

「うるせぇ止まりやがれ!」

 そう怒鳴った貴史。やばい。俺は運動神経が悪いわけでも、足が遅いわけでも、体力がないわけでもない。しかし、人並みだ。だが貴史は違う。趣味がゲームとか云うくせに、こいつは陸上部だ。追いつかれないわけがない。

「くそっ」

 悪態を付かずにはいられなかった。



 ただ闇雲に走り回っても仕方ない。頭を使え。今使わなくていつ使う。

 追走者は二人。悠人は俺と同じくらいの体力。貴史は少なくても半倍はあるだろう。体力では不利だ。かといって、陸上部を撒けるほど速くはない。ならば、追いつけないほど速いものに乗ればいい。

 電車だ。タクシーの方がいいが、すぐには捕まらない。とにかく、まず駅に行こう。…逆走か。



「あ、貴史!豊曲がった!」

「そんなん見りゃわかる!」

 くそ、やっぱまだ付いてきてるのか。

 落ち着いて考えると、俺はなぜ逃げているんだ?ああ、そうだ。とにかくあいつ等の前にいたくなくて走り出したら追いかけてきたんだ。それで俺も意地になって…。

 …意地か。多少みっともないがまぁそれが理由でもいい。今更止まれるかよ。



「はぁ、はぁ」

 どうにか着いたが大夫息が切れてきた。振り返ると悠人もへばっているようだが着いてきているし、貴史はまだ余裕がありそうだ。

 俺は急に姿勢を低くして人混みに紛れる。これで時間が稼げるだろう。うまくいけば撒けるかも知れないな。

 まず俺は切符を買った。三駅ほど先の所で下りよう。時間は、運がいい。後五分しないで出るのがある。歩いていけば丁度ギリギリに着くだろう。

 ふと、時計が目に入った。

 六時か。先程確認したはずなのに、今初めて気づいたような変な気分だ。そろそろ日が沈む頃だろう。

 予定通りの時間に着き、俺は電車に乗り込む。ギリギリな時間なので、席は全く空いていない。

 俺は乗り込み口の近くにいることにする。

 アナウンスが入る。

『六時三分、六番ホーム。五番乗り場が発車します。ご注意下さい』

 ドアが閉まると思ったその時、ガッ、と手が遮った。すると、ドアが開く。

「よぉ、豊」

『駆け込み乗車は大変危険です。ご遠慮下さい』