「まぁ。雪でございますね」
「これから寒くなるね…」
私たちに、これから等ありはしないのだけれど。その言葉を男はあえて口にしない。
麓にあるこぢんまりとした館。その縁側で寄り添う二人の男女。
男は貴族の出身だった。その家の下仕えの女と恋仲になり、反対を押し切って夫婦となった。
「コホッ」
「大丈夫かい。さぁ中に入ろう」
「いいえ、いいえ。お前様とここで、雪を見てとうございます」
女は結核を煩っていた。
女は男にそれを打ち明けたが、男は誰に言うでもなく女をめとった。
その時女は尋ねた。それでいいのかと。
男は何を言うでもなく、ただ女を抱き締めた。
「ゴホッゴホ、」
「まぁ、お前様こそ大丈夫でございますか」
「大丈夫さ。私とて、君とここで雪を見ていたい」
結核は感染病だ。同じ屋敷に住み女と共にいれば、男とてそれを貰うのは当たり前のこと。
男は結核になったと知るや、仕事をやめた。女といることを望んだのだ。
蓄えは十分にあった。
死ぬまでには。
「ふふ、冷とうございますね」
「それは、雪だからね。冷たいさ」
「…っゴホッゴホッ」
薄く積もった雪の上に赤い血が鮮やかに映える。
「ああ、後どれだけの時があるのでございましょうか」
女は儚く微笑んで男の胸へと縋った。
男は女を腕の中に収めゆるりと頭を撫でる。
まるであやす様に。女もまた不安なのだった。迫り来る命の刻限。
死ぬのが不安なのではない。男と共に在れる時が、それが終わるのが不安なのだ。
後、どれだけ…?
「ゴホッゴホッ、」
「もう…ほんの、僅かな時間…」
女は瞼を閉じた。
触れる部分から伝わる温もりは、冷たい。
女は微笑む。
「冥途で、待っています」
男は女を強く抱き締めて、涙を流した。
そして、自らも事切れるまで。男は動かなかった。
また、お前様に会えるまで。ここでお待ちしております。
いつか「お前様」という呼び名を使おうと目論んでました。
携帯作品なので短めですが、使えたのでよかったです。