第四章



「あ、忘れてた。僕帰るよ」

 質問タイムが終わった後暫く談笑していたが、エルヴィスが声をあげた。

「ん?何かあるの?」

「明日ね、テストなんだ」

「探究者たる君ならば、そんなもの簡単なんじゃない?」

「そうだけど…」

 すっかり冷めた二杯目の紅茶をぐいっと飲み干して、にっこりと笑う。

「誰かに負けるのは嫌だから」

「…そう?」

 恐らく誰かの中には、テストを作った教師も入るのだろう。つまり、エルヴィスは満点を取る気でいる。

 それにも関わらず、前日の夜まで何もしていないのだからさすがはエルヴィスとでも言うところだろうか。

「じゃあねレウロ。明日いるのなら、また明日。もう帰るのなら、さようなら」

「じゃあ、また明日」

 少し意外そうな顔をしてから笑って、また明日と返す。

 ポスターに手を掛ける前にドアを開け、花畑に座り込んでいるアスファルに声を掛ける。

「アスファル、僕帰るね」

「…ああ、うん」

「程々にね」

 すでにアスファルは、いつもより長く外にいる。

 エルヴィスはポスターのドアを開け、その先に繋がる自室へと消えていった。



「こんなもの、あんな坊やにあげたんだ」

 一人家の中に残ったレウロは呟く。

 アスファルの家に貼られた、エルヴィスのものと対になるポスターを見て。

「…えい」

 ドアノブの部分に指先をあてるレウロ。

 しかし何も起こらない。

 指を話すと、レウロは外に出た。

 アスファルの姿を認めると、それに向かって歩き出す。

「月が綺麗だね、アスファル?」

 アスファルは微動だにしない。

「今夜は満月と新月だ。双子の一人はサボりの日。でもきっと、二人寄り添って遊んでいるんだろうね」

「…中に入ろうか。今日は泊まっていく気なんだろう?」

 そう言ってアスファルは立ち上がる。

「人間ごっこは楽しいかい?」

 レウロはアスファルを見る。身長差があるので、必然的に見上げる形になる。

「…」

「自らが造り出したヒトの真似事をし続けても、彼等にあって僕らにないものは得られないんだよ?」アスファルは自分では叶えられない願いをヒトに課したけど、彼等は望んじゃいなかったかもね。老いて死に逝くこと何て」

 アスファル達の星でも、老いはある。しかし止められるのだ。そして一度止めた肉体の時間は二度と戻らない。もし止めずにいても、ただ老い行くのみで死ぬことはない。多大な肉体的損傷がなければ、死ねないのだ。

 大抵の者が遅くても三十年程までには時を止める。

 いつしやアスファルは、老いて死に逝く「限られた生」に焦がれだした。

「私が全てを、この力で行わないのは女理由じゃないよ」

「では何だというの。力の大小はあるけど、僕等にとって力を使うことは、ヒトでいうなら手を伸ばしたり地を歩くことと同じじゃないか」

 眉を寄せて、少し苛立ちを見せる。声色にもそれは表れていた。

 アスファルは変わらぬ調子で言う。

「君が最初に言った通りだよ。「人間ごっこ」、してるんだ」

「アスファルが嘘を付くのは、初めてではないけれど珍しいね。貴方はそんな人じゃない。それ位、僕でもわかるよ。言いたくないんだ」

「…」

 沈黙するアスファル。それは肯定の意であろう。

「…僕、先に家に入ってるね」

 無理に聞き出すことをせず、レウロはアスファルのエイへと歩き出した。

 レウロが家に入る頃、アスファルは己にしか聞こえない音量で呟いた。

「…人間、ごっこ」

 アスファルの呟きは、風にさらわれて消えて行く。

「ただ、それだけさ」