第六章



「で、アスファル。貴方は何処に行ってたの?」

 ドアを開けてアスファルは入ってくる。

「何で入ってこなかったのさ。エルヴィスが来たのと同じくらいに帰って来てたでしょう?」

「いや、何となく入りづらかったから」

 そんなの気にしない癖にと、レウロは一人ごちる。

「何処行ってたの?」

「国の自宅に」

 鋭い目つきでアスファルを見ていたレウロは、驚いて目を見開く。

「国に帰ったって!アスファルが?いつまでも帰らないから、てっきり自国を忘れてしまったのかと思っていたよ。一体何をしてきたと言うの」

 スッ、とアスファルは、どこからともなく一冊の本を取りだした。

「それは…」

「エルヴィスが持ってきたあの本は、創造主皆に配られた物。君も持っているだろう?エルヴィスが持ってきたのはo\七。十七の本を持つのは誰だったかなと思ってね」

「…誰だったの?」

 神妙な面持ちで訊くと、長い沈黙の後にアスファルはポツリと答えた。

「彼女…だったよ」

「彼女って…まさか!あの二つと例を見ない力を持った彼女のこと?」

「君が驚くってことは、まだ見つかってないんだね」

 レウロは頷く。

「彼女は国に必要なんだ。でも、あっちは手伝ってくれそうにないね。帰ってこないから。彼女に限って死んだなんてことはないだろうし。…まぁ。必要なのはアスファルもだけど?」

「私はここにいるよ。私には愛国心がそれほどなくてね」

 長いため息を吐いてレウロは宙に座る。

「全く。なぜ有能な人はこうも無欲なのだろうね?…ああ、アスファル。貴方は無欲ではなかったね。自らのために、ヒトを造ってしまうくらい」

 やや目を見開いて、アスファルはレウロを見た。

「貴方は彼の夢を見たのでしょう?あるいは起こりうるこの星の未来を。その先の貴方を。ヒトを造る、以前に」

「…君も、見たのかい?」

「見てないよ。しかし気付いた。そして貴方は手に入れた。はは、何年掛かったんだろうね?」

 アスファルは寄りかかっていたドアから体を離し、そのノブに手を掛け、開けた。

「レウロ。他者より多くのことができる者は、無欲なんじゃない。強欲だよ。私も、彼女も」

 開かれたドアから外に出る。レウロも追って外気に触れた。島の外がどんなに熱くても、寒くても、この花だらけの島はいつもと変わらない。月が見える時刻でも、肌寒くすらなかった。

 二人は無言の時を幾分か過ごした。

 そして、先に口を開いたのはレウロだった。

「ねぇアスファル。貴方はいつも言葉を削ぐね」

「…何だい藪から棒に」

 アスファルの言う通り、いきなりの発言だった。少なくとも、アスファルにとっては。

「創造主が何してるか、あの坊やに教えてあげたんだってね」

「エルヴィスが尋ねたものだから」

「死体を埋めてるか、国に帰ったか、旅しているか?でも、もっと沢山の創造主がしたことがあるでしょう」

「…」

 レウロの視線を背に感じながらも、アスファルは振り返ることをしようとはしない。

「そう。皆死んでった。自殺した。長すぎる生に飽いて。嘆いて」

 レウロならば、口に笑みを浮かべて言いそうな言葉。しかしその顔も声も、嘲るような調子は全くなかった。

「その通りだね。でもわざわざ言ってあげることもない」

「でもあの子は知りたがるよ。判ってるんでしょ?」

「判っているさ。そしてエルヴィスも判ってる」

 アスファルのその言葉に、声のトーンが低くなる。

「…何を」

「私がこういう者だってことさ。レウロが言う通り、私は確かに言葉を削ぐし、よくはぐらかす。それを彼は知っている」

「…」

「だからいいのさ」

 淡々と紡ぐアスファルは、ずっと感じていたレウロの視線を感じなくなったことに気付き振り返る。そこにあったのは、拳を握りしめ、俯くレウロの姿だった。

「…貴方は変わった。変わったと、思っていました。でも貴方は、遙か昔から何も変わってはいないのですね」

 アスファルとレウロが会ったばかりの頃のように、突然敬語を使い始めたレウロ。

 そして、言葉は続く。

「そんな貴方を、私は哀れに思う」

 顔を歪め、苦しそうに、吐き捨てるように言うと、レウロは背景と同化するように消えていった。

 一人残されたアスファル。レウロのいた場所を、静かに掴む。開いた手には、枯れた花一輪が残された。その花は、まるで。

「…レウロ。私には、君の言葉が伝わらない…」

 まるで、自身のように思えた。