第九章



 三日後、アスファルは帰ってこなかった。あの島に行くことが思っていたよりも随分と生活の一部となっていたようで、たった三日という短い時間なのに既に退屈を極めていた。

 そんなとき、彼は僕の元を訪れた。

「やぁ、エルヴィス」

「…やぁ、レウロ」

 『神』という永遠を生きる者は、百年も生きない人間の所に二度来るとは思わなかった。

「もう二度と、僕は会えないかと思っていたよ」

「人間の生は短いものね。とても儚い。でもだからこそ、僕等は急いてここに来る。君が死んでしまう前にと」

「そう…。ところで、レウロは何をしに?」

 僕が聞くと、レウロはそっと目を伏せた。何だか元気がないように見えるけれど。

「アスファルがね、掴まったんだ」

「ええっ?」

「リシウェントに」

 …。リシウェントに?それはつまり。

「仕事を手伝わされているって事?」

「うん。アスファルのいる部屋と次元に結界を張って。僕も遠目に見かけたけれど、今は逆にあの笑顔が恐いね」

 そろそろ脱出するんじゃないかな、と笑っていった。





「いやぁ、お前がいると仕事がはかどって助かるな」

「そう言っているといいよ。私に仕事をさせたこと、きっと後悔するから」

 言いながらもペンを走らせるアスファル。しかし、レウロの言ったような笑顔はまるでない。無表情だ。

「後悔か。せぬ事を祈るよ。にしても、皆驚いておるぞ。地球創造に加わらなかった者は、ハヌドゥノアスはくたばったと思っておったからな」

「そうかい。私はそのまま、殺しておいてくれればよかったと思うけれどね」

 紙面には彼等の者と思しき文字と大小五つのサークル。そのサークルに沿うようにも文字が書き連ねてある。中央のサークルは大きく、中心に向かって均等に五つの方から文字が書いてある。

 ぴた、とアスファルがペンを走らせる手を止めた。

「できた」

「どれ」

 リシウェントは手を伸ばして促すが、アスファルは渡さず、紙の中央のサークルに右手を添えた」

「ねぇリシウェント。君は私を敵に回したね」

「何を言っておるのだ?…!」

「私はここにいなかった。私は仕事をしなかった。全て白紙に戻すよ。…まぁ、本来の目的の物だけは残しておくから」

 アスファルの右手から、銀の光りが淡く輝き出す。いくつかのそれはまるで魂のように部屋中を渦巻いた。

「ハヌドゥノアス…。できればそれは止めてもらいたい」

「できないね」

 光りに従って、紙面の文字が剥がれ漂う。

「ああ、わざわざ方陣を書くのは久しぶりだ。うまくいってよかったよ。それじゃあリシウェント、私は帰るよ」

「待て、ハヌドゥノアス!」

「私は『アスファル』だよ」

 そしてアスファルは消えた。アスファルが消えると紙面から剥がれた文字は地に落ちて砕けた。

「…奴め。己が成した書類全て、言葉通り白紙にしおって…」

 アスファルが小さく呟いた、『彼に話したその時から』という言葉は、リシウェントの耳にいやに残った。





「あ」

「どうかしたのレウロ?」

 レウロは僕の本を取りだし読みふけっていた。それを突然声を上げるものだから驚いた。

「僕帰るよ」

「はは、レウロもテスト?」

「ううん、会いたくないの」

 先日僕が言ったセリフに似ていたので思わず笑ってしまった。レウロも笑って応えたが、義務的な笑顔に見えた。

 僕が黙っていると、レウロは窓の外を見て、消えてしまった。

 その様すらも、間にも言えずに見送った。

「はぁ…」

「溜息つくと、幸せが逃げるんだって」

「うわぁ!アスファル?」

 そんなに驚くkとないじゃない、と苦笑して言う。

「帰ってきたんだ。でも、何で僕の部屋に?」

「ん?何か誰か来ていたみたいだから、余計なこと言わないようにと思って…」

 …言われてまずいこと、もしかしてリシウェントから聞きました?

「聞くだけ聞いてみるけど、余計な事って?」

「止めにきたのに、私が言ってしまっては無意味だよ」

「…ちなみに来てたのはレウロだよ」

 笑って相づちを打つアスファルを尻目に、僕は早速あの花だらけの島への入り口を開いた。