ニブルヘイム国王寝室。その豪奢なまでのベッドに腰掛けることが出来る者、すなわちシルフィードは一人思考を巡らせていた。
金の髪は短く、櫛を通していないのか多少何処にともなく跳ねている。髪と同色の睫毛に縁取られた目は青い。耳に空いた穴は一つや二つでは利かなく、左右合わせると九つにもなる。そのためまるで王になど見えない。
南西にあるヨーツンヘイム…フェレストはまず、ニブルヘイムと同じように南南西にあるヴィグリードを堕としたいと思うだろう。しかしいきなり戦争など吹っ掛けても、その間にニブルヘイムがヨーツンヘイムに堕とされる。
「…めんどくせぇが書簡でも書くか」
シルフィードは立ち上がり、執務室へと向かった。
口の端をニヤリと上げ、早い者勝ちだな、とほくそ笑んだ。
同時刻、ヨーツンヘイム謁見の間。玉座に座るフェレストは、官のいなくなった広間を見渡した。残されたのは主のいない無数の椅子達。そしてすぐ側にたたずむ老け込んだ白髪の側近に話しかける。
長く豊かな黒髪は一つに括られており、動けばサラと音がする。切れ長の目は深紫色。左に目元には泣き黒子がある。態を見る限り、十分立派な王だと伺える。
「書簡を誂える。紙と筆を持て」
「は。ヴィグリードにでありますか?」
「ああ。シルフィードも同じ事を考えているだろう。できるだけ早く遣いを出す」
それを聞くと、側近―ベアニスは駆けていった。
「さて…どちらに転ぶやら」
翌日早朝。ヴィグリードに隣国から二通の書簡が届けられた。
「は?今なんつった?」
「本日明朝我が国がヴィグリードに…」
「そこはいい。その次!」
ニブルヘイム国王執務室。先日、陽などとうに暮れ、月が西に傾き始めた頃ヴィグリードへと書簡を持たせた遣いが、翌日の正午、王が執務を一段落させた頃に戻ってきた。
あろう事か、返事を持って。
時間から考えて、早馬でも返書を書く時間などありはしないはずだ。
「ヴィグリードの返事は、『貴国に助力する気はない』と、一文だけでございます」
遣いの者の顔は青い。それは、ただの疲労から来るものだけではないだろう。
「てことは、ヨーツンヘイムに着いたって事か」
「い、いえそれが…」
「何?もう一度言え」
「は。本日明朝我が国がヴィグリードに遣わせた者が、つい先程返書を持って帰城致しました。返書にはただの一言、『貴国に助力する気はない』とだけ書かれております」
一言一句言い間違えることなく、ベアニスはフェレストに告げた。
「ヨーツンヘイムからヴェグリードまでは早馬でも片道6時間ほどかかる。返書が一文ならば誂えるのにさして時間は掛からないが…既にヴィグリードの回答はニブルヘイムと決まっていたのか」
フェレストは右手を額へとあて天井を仰いだ。敵国にヴィグリードが着けば、ヨーツンヘイムは堕ちる。
これで勝敗は決してしまったと、顔に影が落ちる。
「それが…」
「何だ?」
「使者の話によると、書簡がヴィグリードに届けられたのは同時だったそうです。そして書簡を読むでもなく、既に誂えてあった二つの返書を二国に渡しました。二人の使者はその場で返書を開き、同時に驚きの声を上げました」
まさか、という考えが、フェレストの脳裏を横切った。
「どちらの国の誘いも断ったというのか?」
「左様でございます。あの小国は、どちらにも着くことを選ばなかったようです」
遠く離れた二人の人物が、同時に言葉を漏らした。ヴィグリードは何を考えているのかと。