戦の序曲は流れ出す



「弓兵は一万でいい。後は歩兵にしろ」

「騎馬はどういたしますか」

「五千だ」

 ヨーツンヘイム、国王執務室に向かう長い廊下を、二人の人物が足早に歩いている。

 一人は国王フェレスト。一人は国王側近ベアニス。ヴィグリード攻略のため、ヨーツンヘイムの城内は慌ただしい。兵の三分の二を城へ残し、三分の一の兵で行軍する。

 ふと、等間隔に置かれた大きな一枚の窓の前で、フェレストは足を止めた。

 窓の外には、小さく隣国ヴィグリードが見る。今回の行軍は、攻略が目的ではない。何か得体の知れないヴィグリードのデータ採取といったところ。

「…いかがなさいました?」

 突然足を止めたフェレストを訝しんで、自らもそれに倣いつつベアニスは尋ねた。

「今夜、出る。明朝ヴィグリードに着くように」

 ヴィグリードから視線を逸らさず、静かに睨んだまま答えた。





 明朝、後一時間もすれば日が昇るであろう時刻。ニブルヘイムに一羽の鷹が舞い降りた。

 コツコツ、コツコツ。

 鷹が窓をつつく。

「ん…?来たのか」

 国王シルフィードは睡眠を貪ることを中断し、ベッドからのそのそと這い出た。テラスに続く窓を開けると、鷹は部屋に舞い込んだ。すると、国王寝室の一角にある大きな止まり木へ鷹は落ち着いた。

シルフィードは窓を閉め鷹の元によると、足にくくりつけられた手紙を解き、取った。

「お疲れさん、アリセア」

 鷹の名前を呼び、褒美のばかりに餌をやる。アリセアが餌を食べ始めると、シルフィードはそこで初めて手紙を広げる。

「…――は?今日かよ!てゆうかもうやってんじゃねぇのか?」

 随分とせっかちじゃねぇの、と忌々しげに呟きながら、シルフィードは着替えを済ませ早々に部屋を出た。



「おい冢宰起きろ!」

 バン、と大きな音を立て、ドアを開けると同時に叫んだ。

「何ですか国王。夜も明けぬうちから」

 思いもよらぬところから声がした。見るといると思ったベッドはもぬけの空。声の方を見ると、すっかり身支度を整え、大きな机に向かう中肉中背の初老の男。

「アレン…なぜ起きてんだ」

「私には、王がお残しになられた書類が多少ありまして」

「…それを言われると耳が痛い」

 苦い顔をして目を背ける。アレン、本名をアレクシアン・サウ・ドルンといい、冢宰という国王の次に権威を持つ地位につく。そして、シルフィードが唯一苦手とする人物であった。

「それで、何用ですか」

「ああ、フェイの野郎昨夜発ったらしい。今頃、もう始まってるかも知れねぇ」

 フェイとは、フェレストの略称であった。前王の生前、二国でも協議が幾度か行われた。現王間でも行われてはいるが、頻度は極めて低い。

 前王の時、互いに子供であった二人をそれぞれの王は連れていった。そして、必然的に協議の間二人は遊ぶこととなったのだ。

 年を重ねるにつれ己の立場を理解し、交遊することはなくなったが、名残として呼び名だけは変わらなかった。フェレストも同様で、シルフィードをシルフと呼んでいた。

「それはいけませんね。すぐに参りましょう。貴方も来る気なのでしょう?」

「もちろん。空から行くぞ」

―空。気球だ。