様子見戦争



「見えた」

 ヴィグリード領土内、国の門を目前として、フェレストが呟いた。

 見ると、ヴィグリードの兵が構えていた。

「…何でしょう、あれは」

 軍の背後に控えた、フェレストの隣のベアニスが言った。

 それも無理はない。ヴィグリードの国門の前に、確かに兵はいた。しかし、僅か百ばかり。対するヨーツンヘイムの兵は六万五千。相手にもならない。かと言って、どこかに伏兵が潜んでいるようにすら見えない。

「何だ…何をする気だ?」

 フェレストは思考を巡らすが答えは出ない。無闇に歩兵を行かせるのは悪戯に数を減らすだけだと思い、弓兵を使うことにした。

 微動だにしないヴィグリード兵。

 ヨーツンヘイムの弓兵は、矢を上空に向け、撃った。放たれた矢は弧を描き、ヴィグリードの兵に当たると思われた、その時。

 一陣の、風が…。

 矢は風に吹かれ、その威力をなくし力無く落ちた。

「今のは…」

「もう一度やらせろ」

 フェレストが即座に告げた。ベアニスはそれに従い伝令を出した。

 そして、また。矢は風に吹かれ、ヴィグリード兵に届くことはなかった。

「ヴィグリードは…風を操るのか…?」

 にわかには信じられない事実だった。

 だが、弓は風で飛ばせても人までは飛ばせまい。そう思い、歩兵の一部隊を行かせることにした。

 フェレストが騎乗でそれを見ていると、今いるこの大地から、地鳴りが響きだした。

 ゴゴゴゴゴ…

「うわぁああぁああぁ!」

 聞こえる叫び声は、ヨーツンヘイムの兵ものも。歩兵の一部隊からだった。

 地に高さ三メートルばかりの地割れが生じていた。見ると、そこに歩兵部隊の者が落ちている。どちらにしろ、この溝では侵攻できない。

「退却する。が、その前に弓を持て」

 近くにいた兵が、すぐに差し出した。

 フェレストが受け取ると、的を射るように一点を見据えギリギリと弓を引く。後方にいるが馬上におり、自軍の兵には当たらないだろう。しかし距離がある。だが、フェレストの弓の腕は確かなもの。敵軍には届く。

 だが、誰を射ようというのか。

 風を切る音が聞こえたかと思うと、フェレストが矢を放っていた。

 ベアニスが双眼鏡を覗くと、ヴィグリードの兵が一人、胸を貫かれ、膝を折り地にひれ伏した。

 ヴィグリードの兵がざわめく。

 フェレストも自らの双眼鏡を取り出して見ている。

 ヴィグリードの兵達は、倒れた兵を囲むように割れた。

 一瞬の間。

「子供…?」

 顔だけが覗いた気がした。フェレストを冷たい目で見据えていた。

「気のせいか…?」

 戦場に子供など。しかもこの距離で。いや、しかし。

 負傷した兵は中に運ばれ、残りのヴィグリード兵も門内へと戻っていった。

「帰国する」

「は」

 ヨーツンヘイム兵はヴィグリードの地を去った。

 衝突は、僅か数刻の出来事であった。





「おいおい、やっぱもう始まってんじゃねぇか。…?」

 気球に乗り、シルフィードとアレンが着いたときには、衝突は既に始まっていた。

 しかし、まだ遠目であるが明らかにおかしい。地面が凹み、その溝にあったであろう土はヴィグリード兵側にある。更に近付いてみると、ヴィグリード兵の前方に無数の矢が散らばっている。

 ヨーツンヘイムの方を見ると。

「ん?何やってんだフェイの野郎」

 今まさに放たれようとしている矢。

 そして、一人の兵士が倒れた。

「…ガキ?」

 ヴィグリードの僅かな兵に守られるように、門と兵の間に一人の子供がいた。大夫近付いたといえ、地上との距離はあるのではっきりしないが、見た所十三、四歳だろうか。

「何でこんな所に…」

 その子供も、兵達と共に門内へと戻っていった。

「…ってもう終わりかよ!?」

 見ると、ヨーツンヘイムの兵も帰っていこうとしている。

「はぁ…俺達も帰るぞ」

 その場を去りつつも、僅かな戦争の跡地を見る。

「?」

 土は元の大地に戻り、全ての矢は風化し風にさらわれていった。

「…何なんだ」