もう3年になるだろうか。両親が死んでから。



 交通事故で、相手の明らかな過失。赤信号で止まっていたところに、いきなりトラックが突っ込んできたらしい。

 即死だった。死体は最早原形を留めておらず、大量の血と、潰れた顔と、所々から飛び出した骨。

 僕はただ、静かにそれを見るしかなかった。

 父は所謂エリート組で、家はそこそこの金持ちだったと思う。遺産も莫大で、いつ作ったのか遺書まであった。

 僕に全てをと。

 親類の誰に引き取られるもの拒み、一人静寂の家で床に仰向けになる。

 遺産と慰謝料で金にだけは困らず、自ら家事をする以外の変化は得になかったのではないだろうか。

 でも僕は、外に出ることが少なくなった。両親の形跡がまだありありと存在するこの家。残り香にすがっていたのかも知れない。

 今までどれだけ幸せに暮らしてきたのだろうか。特に悩みもなく、家族3人楽しく過ごしてきた。

 突然にそれを取り上げられて。変化があったのは生活ではなく、僕だった。

 それに気がつくと、無性に外に出たくなった。暫く言っていなかった学校にも行くようになり、特別用事がないときは意味もなく街中を歩いた。

 見るもの全てが新鮮で、僕はまるでものの知らない子供のようだった。建物や、空や、アスファルトや、草花や、人間や。決して綺麗なものだけではないけれど、全てが素晴らしいものだ。

 どうして今まで気が付かなかったのだろうか。世界はこんなにも美しく、汚くて、その全てが素晴らしいものだと。

 僕だけが、こんなにも、醜いのだと。



 僕は高校を卒業した。先生に勧められた大学は、受かるには受かったが行く気はせず、かといって働くのでもなく。何というかすっかりニートの仲間入りを果たしてしまったのだろうか…。

 卒業してすぐ、僕はある廃ビルを見付けた。窓が壊れて開いていたのでそこから失礼した。

 入ってみると埃まみれで、随分高いのだけれど、もちろん電気などは通っていない。

 僕は、階段を上り始めた。



15階。それを自分の足で登り切る。

 随分と大変だったが、どうにか屋上に出た。

 中も外もボロボロで、ここも薄汚れている。柵は今にも壊れそうで、数日前に降った雨の名残が、水たまりとなってあった。

 柵の前までゆっくりと歩き、下を見た。そして空を見上げ、周りを見渡した。

 …うん。ここはいいところだ。

 街中を歩き回るのではなく、これからはここへ来よう。



 毎日通っていると、ある日女の子がやってきた。そこで、質疑応答をした。

 楽しかった。

 それが終わると彼女は寝っころがったまま、日が暮れるまでそこにいた。

 僕もいたが、互い言葉を交わすことはなく。

 それきり会うこともなかった。



 ところが一月前頃、彼女はやってきた。

 それから彼女は、幾度と訪れるようになった。



 ああ、この「場所」は、心地よい。



 ビルが壊されるという。

 僕がここが好きで、それが壊されるというのは嫌だ。

 だから僕は、今まで生活するため以外には手を着けていなかった遺産を使おうと思ったんだ。

 僕はボロボロの、だけど楽園を。

 2億円で買ったのだった。





質疑応答男サイド。
本編中にはどうしても入れられなかったので番外で出しました。