「私を殺さないで下さい」
そいつは、たどたどしい英語でそう言った。
スラム街の路地裏。俺はそこに、三つの死体と二人の人間といた。
スラム街ってだけで危険区域。その路地裏だってんだから、そこは人目を憚られることをするのに最適だった。ドラッグもそう。売春も、怪しげな取引も。俺のように、殺しも。
俺は殺人を依頼された。一応万屋を名乗っているが、八割方は殺しの依頼だ。今日も俺は、非日常的な日常を送っていた。セオリー通り、追いかけられるフリをしてここまで来る。そうすれば、穏便に仕事ができる。
俺は依頼が無くても殺しをするような奴だから、周りを巻き込んでも良いが後々面倒臭い。
既に三人殺した。ターゲットはその内一人だが、目撃者は邪魔だ。どっちにしろボディーガードだったんだ。仕事と思って潔く死ね。
サイレンサーを脳にあて撃つ。声もなく、最後のボディーガードは死んだ。
「さて…」
だが、今日はいつもと違うことがあった。これもたまにあることではあるが、スラム街の餓鬼が一人、この路地裏の先客だった。
その餓鬼は壁を背に座り込んで俯いている。金髪と言うには赤い髪が、そいつの剥き出しの膝をくすぐっているように見えた。
「私を殺さないで下さい」
繰り返して言う。
スラムに餓鬼は腐るほどいる。たまに本当に腐っているのだから、始末に置けない。スラムの餓鬼の七割は捨て子。残りの三割は、三日分の食料代で体を売って、孕まされて生まれた奴等。そのまま生むのは、中絶する方が金が掛かるからだ。
この餓鬼は捨て子だろう。言葉の訛りからしてイギリスっぽい気もする。
「私を殺さないで下さい」
たぶん、言葉はこれと挨拶くらいしか知らないのだろう。
こういう奴は、殺さなくても問題はないだろう。碌に言葉も喋れない。
俺はそのまま立ち去ろうとした。
「私を殺して下さい」
訝しんで振り返る。餓鬼は先程のまま、俯いていて表情は伺えない。
間違えたのだろう。
「私を殺して下さい」
「何を言っているんだお前は」
「私を殺して下さい」
ため息を吐いて、そのまま立ち去ろうとした。だが、餓鬼の言葉にそれを止めた。
「僕を殺さないの?」
流暢な英語で、そう言った。そいつは顔を上げて、笑っている。
「お前…」
「殺せばいいじゃない。いつものことでしょ?」
「誰だ」
「んー?同業者。あんたが今殺した奴に雇われてたの」
どう見ても十四、五歳だ。この歳で同業者?万屋ってことだろうか。いや、きっと殺し専門だろう。
「でももうあんたはターゲットじゃないけどね。雇い主死んだし。僕この仕事に誇りも何もないから、必要ない仕事までする気ないんだ。先払いでよかったー」
嬉々として言う。
「ねぇ。僕おじさんのこと気に入っちゃった!付いて行っていい?いいよね」
「おじさ…っ?おい待て、俺はまだ二十七だ。三十路にもなってない!」
正直かなり心外だ。俺はそんなに歳喰って見えるのだろうか?
「はいはい。じゃあオニィサン。何処に行くの?」
「俺の雇い主は生きているからな。まずは報告して金を貰う」
「オニィサン家に行くんだ?じゃあ通り道だから僕ん家寄らせて」
「ああ。…って、何で俺の家の住所を知っているんだ」
「そんなの企業秘密だよー。でも新しい仕事入ったら手伝ってあげるよ!よかったね」
「…いいことなのか?」
「もちろん」
自信満々に言うそいつ。
全く。妙なことになりそうだ。
続かない。初めは続けようかなーとか考えてて設定まで決めたけど、
あ、何か飽きた。
お告げです。
結局読みきりって事で収まりました。たぶん。