第一章
朝早く目覚めたエルヴィスは、海底に沈むピサの斜塔に住む人物、もしくはその夢自体になにかあるのかを聞くためにアスファルの元を訪れていた。
手にしたのは賄賂、もといアーモンドクッキーである。
正午にはまだ早いその時間、訪れたアスファルの家に家主の姿は見られなかった。こういう状況は初めてではなく、半々くらいの確立で起こっていた。
外だ。アスファルの義務とでも言うべきか、この統一性のない様々な花で埋め尽くされたこの島に着く柩を埋めているのだろう。埋めるために掘り返された花は、アスファルが柩を埋め土をかぶせると、種もないのに芽を出し急速に成長する。開花すると成長はとまり、その美しさを保ち続ける。
この島に、いったいどれだけの躯が眠っているのか。それは、きっともうアスファルにもわからない。2000年と100年。その間、ずっと繰り返されてきたのだから。
エルヴィスが外を伺えば、アスファルはやはり柩を埋めていた。アスファルは手を止め、振り返ってエルヴィスの姿を視界に捉えた。
「ああ、エルヴィス。まだ柩があるんだ。中でのんびりしていてよ」
「うん、そうさせてもうらうね」
相変わらずの大きな麦藁帽子。作られた影によりまるで表情が伺えない。手には軍手。その先にスコップ。
いい加減、もう慣れたものだ。この世を創ったという創造主の一人であり、人間を作り出したその人であるアスファルは、その格好からは威厳の欠片も感じることはできない。エルヴィスもアスファル本人もそんなものはまるで求めていないので問題はないのだが。
エルヴィスはまだ暫く掛かりそうなアスファルを確認すると、台所へと向かう。何か飲もうと思ったのだが、ここに茶葉は多くある。島の、この家の裏に手にある畑に数種類が植えられている。また、エルヴィスがこぞって持ってくるので、増える一方であるが、風味はまるで損なわれない。
気分で選んだのは、ハーブティーの一つだった。勝手にお湯を沸かし準備をする。その間に賄賂にと持ってきたアーモンドクッキーを皿にあける。
しゅんしゅんと湯が沸いたことを主張するやかんを止め、ハーブティーを作る。
準備が整うと、持ってきた荷物の中からごそごそとあさり本を取り出す。
クッキーを食べ、時折カップを口元へ運ぶ。指はページを捲り、次へ次へと進んでいく。
それが、この島での大半の過ごし方だった。アスファルが柩を埋め終えているときは、準備を分担したり、畑などに行ったりもする。
本も半ばを過ぎた頃、アスファルは漸く柩を埋め終え帰宅した。
「ごめんね、いつもより多くて」
「いや、全然。僕がいつも押し掛けてるんだしね」
しおりを挟み、本をパタンと閉じる。傍らに置いて、向かいに座るアスファルを見た。片手ですすすとクッキーの入った皿をアスファルの方に押しやる。
「どうぞ。賄賂ですが」
「あれ、今日はなにかあるのかい?」
「まぁ…今日はあったりするんだよね」
「じゃあ、君の作ったこの賄賂もあることだし、聞いてみよう」
笑って言うアスファル。
エルヴィスはたまに、こうして手作りのお菓子を持ってくる。下心があるないに関わらず。そのたまのお菓子を、アスファルは大層気に入っていた。
「実は…」
その言葉を皮切りに、エルヴィスは夢の話をする。
「最近、同じ夢を見るんだ」
「へぇ…予知夢かい?」
「いや、それはないと思うんだけど、同じ夢だし、なにかあるのか気になるじゃないか。自分でわかるかと思ったけど、あれじゃさっぱり」
「予知夢じゃないって」
「そこは海の中で、もう沈んだ筈の大陸が海底で生きていた。そこにピサの斜塔があって…」
「ゲホッ、ゴホッ」
エルヴィスの話を聞いていると、飲んでいたハーブティーも相まって激しく咳き込んだ。
「アスファル、大丈夫?」
「ゲホ…、う、うん。大丈夫だといいね」
「はい?」
「それで、そのピサの斜塔がどうかしたの」
「どうかしたっていうか、その夢には僕の姿はないんだけど、最初海にいたかと思えば突然塔の中にいるんだ。それでちょっと進むと、ベッドと呼んでいいのかすら疑わしい大きなベッドがあって…」
どんどんと顔色を無くし項垂れていくアスファルを捉えながらも、聞くことに対して拒絶はされていないのでエルヴィスは話を続けることにした。
「そこには誰かが寝ていて、起き上がったかと思うと」
「起き上がった?」
「うん」
顔を上げどこか嬉しそうにするアスファルに驚きつつも、話はまだ終わらない。アスファルの「違うのかも知れない」という小さな呟きを捉えつつも、エルヴィスは話した。
「僕の方を見て何か言うんだけど、それは聞こえないんだ。そこで、いつも目が覚める」
「それは、なんとも身に憶えがあって嫌な夢だね」
「え?」
「尋ねるけれど、その人物って言うのは女性だったかい?」
「いや、小柄だったけれど男だったよ」
「…髪は、黒だったりするかい?」
「いや、ちょっと癖毛だったけれど綺麗な赤紫だったよ」
「……目は、赤かったり」
「白かったよ。アスファルみたいな銀でもなくて、絵の具垂らしたみたいな」
アスファルが言い終わる前に、最後の質問にエルヴィスはあっさり答えた。伊達に何度も見ていたわけでもなかった。
3つの質問全て、アスファルの希望に叶うものではなかったようで、すっかり影を背負っていた。肘はテーブルに乗り、組まれた手は額につけられていた。口元だけが辛うじて伺えるその姿勢のまま、アスファルは絞り出すように言った。
「………彼だ」
夢見人を眠り人と間違うへびです。
自分でつけたのにね。
さて、第一章です。
前半は密度が高いです。密集率とでも言うべきか。
セリフなかったので、描写でごまかせみたいな。