第二章
「………彼だ」
そのアスファルのさす「彼」が、ピサの斜塔に住むあの彼であることは疑いようが無く、アスファルの知り合いであり、地球上ではどう顔張っても無理なあの海底を作り出すことから創造主の一人なのであることは理解できた。
だがしかし。
「誰?」
尋ねたエルヴィスに、僅かに肩を揺らしたアスファルは早口に答えた。
「最強にして最凶の創造主。創造主等が何故彼を誘ったか?彼は絶大な力を有しておりそれを持ってして地球を生きとし生けるものの住める場所へと改竄したんだ。彼の傍若無人っぷりには誰も何も思ってはいけないそう思うことすら危険だからね。彼は読心する事ができ思ったら最期彼の魔の手に掛かるだろう。現在はピサの斜塔を住居としていてその一帯の海は塩の代わりに砂糖が漂い魚の代わりにたい焼きが泳ぐ。そう、彼は甘党だった。その海域に通常の海域が侵されないように海の創造主はヒトのために結界を張り彼の怒りを買わないよう心がけたものだよ。ピサの斜塔で眠り続けていた筈の彼が、どうして…」
アスファルは一気に吐き出してしまう。
普段のアスファルからはかけ離れたその落ち込みように、どうしたものかと手をこまねいていた、その時。
「それってぼくのこと?」
「と、言われているらしいね!ああ、随分久しぶりだねムー。500万年ぶりくらいかな。元気だったかい?」
エルヴィスが、突然現れた人物が誰なのか尋ねる前にアスファルはその「ムー」とやらに挨拶をした。
ムーは寝癖なのか癖毛なのかわからない程度に赤紫の髪の毛を跳ねさせていた。それは背中に届く程の長さで、触ると実に気持ちよさそうであった。服は寝やすさを重視したのか実にゆったりしたつくりだった。
「500万年……」
その膨大な時を言ってのけるアスファル。エルヴィスが声を発すると、ムーはそちらを見て歩き出した。長い裾が引きずられる。
「アスファルに用はないよ」
「……だろうともね」
「え、ちょっと、あの」
エルヴィスの前までくると、ムーは眠たそうな顔の無表情でエルヴィスの手を握った。
「?」
「握手」
「ああ、えと、はい。はじめまして、エルヴィス・ユーライアです」
「ムー・アリビロ・シュガー」
ムーは名乗ると、エルヴィスに後ろを向かせ背中を押した。長すぎる袖は手を覆い尽くして尚長さを残している。
その行動に疑問を浮かべつつも、押されるままにエルヴィスは歩いた。
「台所…?」
「作って」
「エルヴィス、ムーはお菓子を君に作って欲しいみたいだよ」
エルヴィスはムーの方に振り向くと、コックリと深く頷くムーの頭が目に入った。
決してそうではないのだが、のんびりした口調や動作のせいか年下の弟のように感じてしまい、そのいきなりの我が儘をすんなりと受け入れた。
「じゃあ、なにがいい…ですか?」
「それいらない。アスファルにはないでしょ」
「えーと、敬語?」
コックリ。
その仕草に思わず笑みを浮かべたエルヴィスは聞き直した。
「なにがいい?」
聞くと、ムーは振り返りアスファルを見た。
「え」
その真白い目は細められ、何やら不機嫌さが伺えた。
「エルヴィス、チョコシフォンが食べたい」
エルヴィスと向き直ったときにはその不機嫌さは見受けられなかった。にこやかに了承したエルヴィスは台所へ消えた。自分の作ったものを食べたいと言ってもらえ、嬉しかったのだ。
ムーはエルヴィスから離れ、アスファルに向かって歩き出す。
「あの、ムー?私何かしたかな?」
「食べた」
どこか拗ねて言うと、テーブルの上にあったクッキーが皿ごと浮きムーの腕に収まった。
「あー………つまり、エルヴィスのクッキーを食べたからかい?」
「…エルヴィスに何度も言ったけど、作ってもらえなくて、作ったと思ったらアスファルにだった」
「ムー、エルヴィスには聞こえてなかったみたいだよ。夢の中で、音声は聞こえていなかった。それを相談しに、私のところに来たんだよ」
聞くと納得したのか、とりあえずアスファルから目をそらした。部屋を見渡し、一言。
「せまい」
言うと、突然ムーの右側にあった壁が消えた。一瞬にして一部屋増築され、そこには大きく柔らかそうなソファーがあった。
「ソファー、というよりベッドかな」
アスファルが感想を漏らすと、ムーはゆっくりとした足取りで歩きその座へ収まった。袖をぞんざいに捲り、クッキーを口へと運ぶ。
「…おいしい」
満足げに笑い、次から次へと口へ放った。
「一応聞くけど、貴方のことだからエルヴィスのお菓子を食べに来ただけだよね?」
「うん」
それにほっとしたのもつかの間。
「あとアスファルとお話ししに」
笑んでいたアスファルはそのままの表情と共に動きも止めた。
ふっと目を瞑り、諦めたようにムーの向かいに椅子を運んだ。
ムーの一人称は、ルゥーさんに決めていただきました。有難う!
どうしようかと思い相談。
そう言えば、へびは紅茶飲めない人なので
前回の茶葉とかハーブティーとか適当です。念のため。