第三章
シャカシャカと、台所から泡立て器を忙しなく動かす音を聞きながら、アスファルは向かえにふんぞり返って座り、クッキーを食べているムーを見やった。
「貴方に建前が通じないのは私もよく分かっているから、多少気に障ることがあっても流して貰うよ」
「人に頼むならそれなりの態度ってものがあるよね」
「……お願いします」
「うん」
決して少なくはなかったクッキーを早々にたいらげ、皿を放り投げた。その皿はムーの手を放れ、しかし重力に従うことなくふよふよと漂いテーブルの上に落ち着いた。
「ええと、それで私に話ってなんだい?」
「人の夢を勝手に見るのはいいけれど、結果報告くらいあってもいいんじゃないかと思った」
「……そうだね。おかげさまで、今はこんな暮らしをしているよ」
ふと思い返すように目を閉じるアスファル。開かれた銀は白を見返す。
「地球創造から46億年。人の原型を創ってから500万年。もうそれだけの時が流れた。それだけの、時を必要とした」
「よくばり」
「否定はしないよ。できないからね」
アスファルの返答を聞くと、何も持ってはいない手を口元へ運び、突然現れたカップをすする。ムーは湯気を立てる暖かいミルクをコクリと飲み下した。
「生きるのも楽ではないね。まだ終わらないのだから」
「まだ諦めつかないんだ」
「欲張りだから」
苦笑したアスファルは、立ち上がり自らのカップとポットを持って戻ってきた。ムーにも飲むかと尋ねたが、断られた。
「ムー、貴方はどうして起きたんだい?私の知る限り、地球を創り起きたのは3度だけだった。リシウェントがここを創り、そしてムーが清浄化した時。2100年前、住居をピサの斜塔に移した時。そして、私がヒトを創った時。この4度目は、なぜ?」
「ぼくが起きてたら変?」
「はっきり言うけれどもの凄く変だよ。貴方はいつでも惰眠を貪っていた」
「眠ることはいいよ、アスファル」
「ムー!」
誤魔化すような言いにアスファルは咎め小さく声を荒げた。
それを気にすることもなく、ムーは続ける。
「ぼくは眠っていたけれど、それは手段」
「夢を見るための?」
「それは方法。夢はぼくの目。目は捉えるもの。視界は広い方がいい。広い視野はどこまでも。限りを知らず過去。恐れることなく未来」
「………」
「全てを見渡すぼくの夢は、全てを見る千里眼みたいなもの」
立ち上がるムー。笑みなどとうに無くし、ただ近付く相手を座して見つめるだけのアスファル。
捲ったはずの長い袖は垂れ、暴いた素肌をまた覆っている。そのまま、手を薄紫の頭に乗せた。
「アスファルが見たのは、たった僅かの一欠片。その先も知らない幼子みたい」
乗せられた手が消えた。振り返るとムーは宙に座ろうとし、腰を下ろした先には先程の寝台のようなソファー。ソファーの位置は、先程から変わってなどいなかった。何事もなかったように空間はねじ曲げられた。
アスファルが振り返った先にその人の姿はあるはずもなかった。座り直しムーと向かい合う形、先程のように落ち着いた。
「ヒトは賢いものだね。ぼくの夢に名前を付けた」
「正確には、想像が生み出したものが貴方の夢と酷似しているのでしょう」
「うん。アカシック・レコードだって」
「…火のないところに煙はたたずというか……どんなに小さく巧妙に隠された、知り得るはずのない火種にすらたどり着く。大人に比べて子供は発想力が豊だものね」
「エルヴィスみたいに」
アスファルは背後を振り返る。その先には数メートルを挟み台所があった。エルヴィスはオーブンに薪を入れていた。
この島には電気というものが存在しない。世界崩壊前と比べ、電気の需要は減った。それを使う道具すら失われたからだ。しかし、流れ行く時の中でそれらは再び作られ、電気を使う場も増えていった。いまでは、崩壊前ほどではないが電気は消費されている。生産は全て自然による発電だった。
この星でのエネルギーを、創造主たる彼等は必要としなかった。力を極力使わないようにしているアスファルは例外であってもいいようなものだが、この島にはなかった。
「…エルヴィスは、似ているんだ」
「ふーん。そう思う?」
「違うかな」
「うん。似ているのは始まりだけ。アスファルにも、ヘルズにも。似ていないよ」
アスファルはなにか言おうとしたが、結局言葉にはならず大きなため息をこぼして終わった。
「知ってるよ。アスファルの夢も見たもの」
「そうだよね。私が貴方の夢を見たと言うことは、貴方が私の夢を見たという事だもの。どうにも失念してしまっていけない」
予言者や予知夢、過去を具体的に夢見ることが、地球では少ない頻度で起こる。それは、ムーが彼等にアクセスしたのに気付いた者がムーの夢、アカシック・レコードに逆にアクセスしているのだ。必要なものを、断片的に読み取る。ただし、膨大すぎるその情報はよく酷似したものを誤って読み取ることも少なくない。
その夢は、酷く曖昧だ。
「ぼくが起きたのは、単純におやつに釣られたからだけじゃないよ」
釣られもしたのか。
「人間を、エルヴィスをどうするつもりなの?」
至ってのんびりとした口調。今だ熱を失わないミルクを飲みつつ、ムーはアスファルを見た。
わぁー科白ばっかりー。
ていうかすみません。何を言ってるのかわからないことだらけかもしれないです。
すでにある設定を隠しつつストーリー進めているので。
今回で新たな名前が一つ。ムーとヘルズは面識ないですので。
文章中でどうにも表せなかったのでここで補足(またかよ)