第四章




「…読心できる貴方が、私に尋ねるのかい」

「だって、今アスファルも思っているけれど、何も考えていない。だから読めない」

 考えてもいないことを、読心できるはずもない。そろそろ聞いておこうと思い続けて暫く経っていたが、起きるのが面倒で結局眠り続けていたムーだった。しかし美味しいお菓子を作る、人間であるエルヴィスが、「創造主」を知っている。尋ねるタイミングとしては最良だった。

 どう眼前の人に言おうか考え、それは無為だと思い直しあっさりとその思考を捨てた。

「そうなんだ。私はまるで、ヒトのことを考えてこなかった」

「どうするか、いい加減考えても良いんじゃないの?」

「私は善良なんかじゃないから、はっきり言ってしまえばどうでも良いんだ」

「エルヴィスはそうじゃないでしょ」

 いつの間にか、新に手に持ったおやつ、プリンを口に運びながらムーは言う。

「エルヴィスは、人間は寿命がありそれは僅か。だから、地球が終わるときも、私の目的が叶うときも、土の中だよ」

 エルヴィスの住むミスヴァラ。その村では、亡骸は柩に入れられ水葬にされる。だが、たどり着くのはこの島だ。死体は土葬にされる。

 この島に流れ着く柩の中にエルヴィスが眠るとき、アスファルはそれを埋めるだろう。

「ねぇアスファル」

「なんだい?」

「ぼくは相手の考えがわかるせいか、自分もそうだとよく勘違いするんだ。それで、ちゃんと伝わらないことがあるの。だから、もう一度言うけれど」

「………」

「人間を、どうするつもりなの?」

 機嫌が悪そうにムーは言った。自分の言い方に主語が足りないなどの不足があり、伝わりにくいことは重々承知している。しかし、この傍若無人。直す努力をするどころか、言い直すのが非常に嫌いだった。

 即座に返事を返すアスファル。それは考えていたのではなく、すっと、瞬時に口をついて出た言葉だった。だが、それはアスファルがそうするであろう事。

「放棄する」

「うん」

 返答は何であれ、答えをもらえればムーはそれでよかった。

「地球はもう私達の手などとうに離れているし、このままでも充分だ。もともと、ヒトは手段であり結果を得るための過程だった。私はね、ムー。欲張りなんだ」

「知ってる」

 二つ目のプリンを飲み込みながら、ムーは言う。

 夢見人は、何でも知っている。アスファルよりも長き時を生きるこの人物。活動時間は睡眠時間の10分の1にも満たない。その眠り続けた夢の中、目まぐるしく過ぎゆく数え切れない生き物の人生を見てきた。眠りの中では一人きり。意識もある夢の中。その微睡みから目覚めることを億劫とした。

「知りたがりは」

 言いかけて、ムーは今日で一番素早い動きで立ち上がりキビキビと歩き出した。

「ムー?」

 呼びかけにも応じず、一直線に向かう先には。

「あ、ムー。ちょうどできた所なんだ。今切るから待っててね」

「うん」

 相変わらずの無表情ではあったが、眠たげな目はぱっちりと開かれ、そのことから嬉しそうな様子が伺えた。

 話の途中で、しかも言いかけで続きを失ってしまったアスファルはとりあえずムーの元へ歩んでみた。

「ムー」

「アスファルうるさい」

 無理だ。そう悟ったアスファルは諦める他なかった。一瞥の視線すらもくれなかったムーは、エルヴィスがチョコシフォンを切り分けているところをじっと見ている。

 それが終わるとエルヴィスはシフォンを持ってテーブルへと運んだ。その後ろをムーが追う。とりあえずアスファルは椅子を元の位置に戻すことにした。

「うわ!アスファル、いつの間に増築したの?」

 音もなく行われたムーの改築は、台所で奮闘していたエルヴィスの耳にはいることがあるはずもなく、視界にすら入ってはいなかった。一度の驚きを見せど、人間ならざる力を見るのは初めてではなくすんなりと受け入れた。

「くっつけた」

「え、部屋を?」

 答えたのはムーであったが、いかんせん言葉が足りない。エルヴィスの問に頷く。

「くっつけたって…どこの部屋を?」

「そこら辺の家」

「ムー…それは」

 コトとシフォンの乗せられた皿をテーブルに落ち着けると、神妙そうにした顔でムーを見た。

「そっくり部屋を持ってきて、この家の木と接合させたって事?」

「持ってきたら勝手にくっつくの」

「勝手に?ムーの持ってる力がオートで働くの?」

「うん」

犠牲になった家屋を気遣うこともなく、知識の探究者エルヴィスは触れたことのない未知の力に興味を示す。活用することを考えるわけではない。ただ知りたいだけなのだ。

「食べたい」

 終わりそうになかったエルヴィスの問に、ムーは主張した。

「あ、そうだね。どうぞ、こんなのでよければ」

 そこにあるのはムーがリクエストしたとおりのチョコシフォン。甘いチョコレートの色をした生地の上に、甘さを控えた薄いココアのクリームがたっぷりと乗っている。真ん中を切られ二段になっており、そこにもクリームが挟まっており、スライスさられた苺も加わっている。

 差し出された小皿を受け取ったムーはフォークで3分の1ほどを刺し切り、一口でそれを食べた。丸飲みではなく咀嚼はされているのだが、先程食べていたクッキーやプリンの比ではなくゆっくりと噛み締めていた。

 ゴクリ、と胃に落とすと、実に幸せそうにムーは笑った。

 その笑顔に、エルヴィスもよかったとシフォンを一欠口に運んだ。















ムーは、やっぱり某老子の影響が強い気がします。
ムーに限らず、容姿ができてから設定を決めることが多くて、ムーもそうなのですが、
段々暴走してる気がします。
まぁ、とにかくムーの目的は達成できたみたいなので、あと1、2話でしょうか。
あんまり長くなりませんでしたが…
重さで言えば今の段階で「賢く〜」位はあるんです。
だからどうと言うこともないんですけれどね。