みんな、誰も彼もがいなくなる。

 グレミオも、父上も。

 あいつだっていなくなった。

 誰も僕の傍にはいてくれない。

 何事にも永遠なんてない。

 わかっていたじゃないか。

 母上が、いなくなったときに。

 それなのに、そんな思い知らせなくても…

 いいじゃないか。




生きていた友人の死




 母上が死んだのは僕が、7歳の時だった。もともと体の弱い人で、僕を生んでからはベッドで過ごすことが多かった。
 活発には動けないけれど、優しくて、優先することを間違わない芯のしっかりした人だった。庭園の世話が大好きで、いつも花で溢れていた。

 外から帰ってくると、穏やかな笑みでいつも、

「お帰りなさい」

 そう、言ってくれた。

 僕はそれが大好きで、遊びに行くと家に帰るのが楽しみだった。

 ある日、母上は死んだ。
 病気だった。肺炎で、治らないような難病ではなかったけど、免疫力の乏しい母上は治療の甲斐なく亡くなった。

 悲しかった。
 帰ってもあの優しい笑顔も声もなくて。少ししたら、僕はまた笑うようになったけど。でもどこか、無理をしている自覚はあった。

 そんなとき、父上がグレミオを連れてきた。知らない人だったけど、優しくて。
 ある日帰るとグレミオがいて、笑って言った。

「お帰りなさい」

 びっくりした。母上がいると錯覚させた。声だって似てないし、顔だって、髪の色だって、背の高さだって、似ているところなんて何一つなかったのに。
 その日僕は大泣きして、メイドや執事、狼狽えたグレミオ、あたふたしている父上にもの凄く慰められた。その日、やっと母上の死を認められた気がした。

 それからクレオやパーンが来て、最後にテッドが来た。
 2人は兄姉のようで、テッドは親友だった。
 テッドや色々なことを知っていて、悪いことも良いことも、役に立つことも役に立たないことも様々なことを教わった。純粋に楽しかった。

 でもやっぱり終わりは来るのだ。

 テッドはウィンディに捕まって、きっともういない。グレミオは胞子に喰われた。パーンは囮になって戻らなかった。父上は、僕が殺した。

 ルックは、いてくれるのかな。

…あれ?僕は。


 いつも、誰かを誰かの代わりにしてきたのだろうか。



「テッド…」

「よぉ、ラーグ」

 シークの谷。眠りに着いた竜達を目覚めさせるためここにしか生えないと言う月下草を取りに来た。唯一の群生地であるのだが、それでも珍しいらしくなかなか見つからない。奥まで行くと、漸く1本の月下草を見つけた。テッドと、共に。

 本物だろうか。僕は幻でも見ているのか。

 一歩前に踏み出すと、弱々しい手でルックが遮った。ルックはテッドと対峙していたから、ふるふると揺れる頭しか見えなかった。

「久しぶりだな。ラーグ、今までソールイーターをありがとな。さぁ、返してくれ」

「ラーグ様…」

 クレオは言う。」

「テッド君は、操られています」

 そんなことわかっている。でも、だから何だ?

「知り合いか?しかし…」

 そうだ。親友だ!

「酷なようですが…今は月下草を持って帰らねばならないのです」

 なぜ?テッドは目の前にいるのに!!

 生きていた。生きていた。生きていた!

「………あ、あ…」

 絞り出したその声が、ちゃんと音になったかはわからない。

「………ウィンディ」

 ルックの声に僕は顔を上げる。

「この子を使えば、ソールイーターを渡すとかと期待したのだけど。残念だねぇ。まぁ、もうこれくらいにしか使えないのだから仕方がない。テッドはもう長くはないのだから」

「どうして…!」


「ラーグ。お前がそれを持っているからさ」


「ラーグ…!」

 惑わされるな。そう咎められたけれど、それはあまり意味を成さなかった。

「テッドはもう300年生きている。命を繋いでいた紋章を失えば、体に残っていたその力が尽きたとき命も尽きるのは道理だろう?」

 今この場で、紋章を返したかった。そうしても、ウィンディに奪われる。そうわかっていた。
 それでも。

 テッドに返したい。

 瞬間、世界が暗くなった。



「ラーグ」

「テッド!!」

 真っ暗な闇の中、僕はテッドと2人でいた。

「時間がない。聞いてくれ。オレの体は今、ウィンディの支配の紋章によって既にオレのものじゃない。その内、精神までもが支配される。オレに取っちゃそんなん堪んない訳よ。だから、ラーグ」

「嫌だ!!」

 聞きたくない。テッドが何を言うか、もうわかってしまったから。そう言えば、僕が断れないのを知っていて、言うのだ。

「一生のお願いだ」

「嫌だ…っ」


「その呪われし紋章で、オレを喰らってくれ」


 発せられた言葉に歓喜するように、右手の紋章は輝きだした。鈍い光りであるが、闇の中では痛いほどに明るく見える。

 右手が熱い。僕は甲に左手で爪を立てる。それを抉るように滑らせても、紋章が欠けても。そこには印があるだけだった。

 いるのだ。右手に現れる紋章はただの烙印。真の紋章は、手に宿るわけではないのか。

 いつか、ルックに言われた。

『あんたの右手に在るのは神だ。御せるなんて考えない方がいい』

 それを、今更になって痛感する。どんなに言っても、思っても、ましてや命令しても、紋章はそんな僕の言葉はお構いなしだ。

 テッドを見ると、苦笑していて。

「ごめんな。でも感謝してるんだ。オレに生きる理由をくれて。お前がいなければ、お前の言葉がなければ、ここまで来れなかった」

 テッドは笑った。

「ありがとう」

 さぁ喰らえ。テッドは紋章に再度告げた。

 暗闇の世界が、割れた。



「どういうことなの…!!」

 闇から出れば元いたシークの谷。

「…ははっ、自由にならない命なんてまっぴらさ」

「お前…あの紋章に喰わせたね!近しい者の魂を好むと知っていて、あの子の糧になろうというの…!!」

 ああ……。最後にとんでもないことを聞いてしまった。

 ウィンディは去った。この場で、もうすることもできることもないと思ったのだろう。

「おいおい…2人とも何て顔してるんだよ。笑えって」

 間もなく。テッドは消えた。

 なんとも、呆気ない幕引きだ。


「はは…あはははっははははははっ」


 どうしたんだろう、僕。どうしてだか可笑しくて仕方がない。

 みんなが変な目で僕を見ている。

 月下草を引き抜いて、振り返って僕は笑った。



「さぁ、帰ろうか。戦争をしなくてはいけないからね」



 何かが壊れる音がした。













今回オリジナル設定ができました。
もちろん書いていく上でできました。
マクドール家に一番最初に来たのはグレミオってことで。
短編集読んでないので頬の傷の話とか入れられなかった…
あとマクドール母。
考えてみれば、坊ちゃんが身近な人を最初に亡くしたのは母上様かなと。
………というか、マクドール母死亡はオフィシャル?
うちの母上様は病弱な方で。でも怒らせると恐そう?
今回即席で作ったので詳しくはまだ…

やっとこさシークの谷ですよ!
この次の次あたりで書こうと思っていたところがあるので、
楽しみですね。上手くいくかは別として。
なんか巣穴の坊ちゃんは弱々な気が…
ルックに頼りっぱ。
ルックを出そうとするとそうなってしまいましたよ。
今回ルック一応喋ってるんです。
「………ウィンディ」と「「ラーグ…!」
って。次はたぶんルック視点なので!
………というか、最近
「ここは坊ルクサイトだよね?坊+ルックサイトじゃないよね?」
と自分に問いただしてます。
接触少ねぇぇぇぇ


だんだん後書きが長くなってる…