星は、巡りを始めた。




再び星は彼に宿り



 そこは、つい先日まで吸血鬼が根城としており暗鬱とした雰囲気が隅々まではびこっていた。

 だが、吸血鬼は訪れた天魁星にその場を去り、置き土産とばかりにアンデットを一体置いていった。天魁星率いる一行によりそれは朽ち、晴れてその城は同盟軍本拠地となった。

 その後すぐに大々的な清掃が行われた。伸び放題だった草は綺麗に刈られ、荒れ果てた花壇には花の苗が植えられた。悪趣味な絵画や石像は売り払い、壊れた部屋を修理する。まだ全てはできていないが、これから徐々に行われて行く予定だ。

 そんな城内を探索しているのは天魁星であり軍主であるヴァーリだ。

「んー?シュウは諦めたかな」

 探索中、又は逃走中のヴァーリは追跡者シュウの気配が完全に消えたことを確認した。

 ならば執務室に戻ったな、とヴァーリはホールへ正面から堂々と入っていった。軍主であるヴァーリに使うには少々異様かもしれないが、哀しきかなぴったりと当てはまる。

 まだまばらな人々。同盟軍は市民に開かれており、手伝いたい等と申し出てくれる者がぽつぽつ見受けられる。

 その中で、軍籍にあるルックが目に付いた。

 それもその筈である。ルックの定位置とでも言うべき石版が、ホールにでんと置かれているのだから。

 そんなところに置かれたために、守をするルックは人の目に曝されやすくなった。そのためか、普段からなのか。ルックは大夫仏頂面だ。

「やっほールック!元気に仏頂面してる?」

「不機嫌故に仏頂面してるよ」


 で、何か用?とルックはヴァーリに向きなおる。

「いや別に。通りかかっただけだよ」

「そう。…あんた、仕事中じゃなかったの?」

「シュウがやってると思うよー?」

 またか、とルックはため息を吐く。

「そう言えば、魔法兵団はどう?」

 尋ねると、不機嫌な顔をした。先日、ルックは決めあぐねていたその役職、魔法兵団長にビクトールの助言で任命された。「門の紋章戦争」での功績は大きかった。

「どうって、どいつもこいつも使えない。よく戦争しようなんて思ったのか理解を苦しむね」

「じゃ、使えるようにしてね。ガンバ!」

 笑い声をあげながらヴァーリは忌々しそうな顔をしているルックの元を去った。

 そのまま階段を上る。しかし、執務室に戻る気は更々なかった。シュウは今頃、大量の書類に埋もれながら格闘しているだろう。何かを始めるとき、非常に忙しいものである。

「ナーナーミー」

「あ、ヴァーリ!」

 ヴァーリが訪れたのはテラスだった。雲一つない空から照り付ける太陽が眩しい。

 ムササビをひっつかんで遊んであげていたナナミは手を離し、ヴァーリに駆け寄った。ムササビは、逃げるように飛んでいった。

「お仕事終わったの?」

「うん!」

 シュウには見せられないシーンだった。

 そのまま、二人は黙って空を眺めた。昔から、幾度と無く行われてきたことだ。二人で、時には三人で。薫る草に全身を預けただ黙って空を見上げる。言葉などいらなかった。

 だけれど今は、足りない。

「ヴァーリ…」

「なぁに?」

 視線は変わらず上げたまま。目も合うことなく会話は続く。

「ヴァーリは…いなくならないよね?」

「うん。ずっと一緒だよ」

「ジョウイは、帰ってくるよね?」

「うん。ボクが、絶対に連れ戻すよ」

「ほんとう…?」

「大丈夫だよ。いなくならない。…帰って、くるよ」

 彼等は姉弟だった。血は繋がってこそいなかったが、本来のそれよりも、深く深く、家族だった。

 だから、余計に恐れる。

 独りで在ることを。




 ―――夜。皆が寝静まった頃ルックは目を覚ました。

 夢を見たのだ。それは悪夢と呼ぶに相応しいのだろうか。ただ、ルックが一人いるだけの夢だった。暗くもなく、明るくもなく、感触もなく、音もなく。何もない。上も下も、左も右も、自分がちゃんと立っているのかさえわからない空間に、ただ、一人。

 目が、覚めた。

 ゆっくりと体を起こす。両の掌を見つめて、あれはなんだったのかと思考を巡らした。しかし途中で考えることを投げ出し、窓の外を伺う。星は雲に隠れることなく輝きを示していた。

 寝台から離れ、身支度もそこそこにルックは部屋を後にした。

 向かうのはホール。転移も使わず、ゆっくりと、次第に足早にそこへと向かう。

 “約束の石版”

 前にして、つと撫でる。ぽつりぽつりと思い出したように名前が刻まれている。

 天魁の名は、ヴァーリ。
ここは、解放軍ではないのだ。毎日それを実感する。朝起きたとき。階段を下りたとき。通り過ぎる兵を見たとき。石版を見たとき。“軍主様”と呼ばれる人物が返事をしたとき。彼がいないと、気付いたとき。

「約束の、石版…」

 呟いて、縋るように。跪いて、許しを請うように。神を前に、救いを祈るように。


「お前は何を意味するんだ」


 だけれども、決して膝を折ることなく。睨み付けてその場を去った。




 なくしたものを問いかけよう。

 決して答えはしないけど。

 後ろを向いて立ち止まろう。

 決して待ちなどしないけど。

 欲しいものを訊ねよう。

 決して願いはしないけど。


 転がり始めた運命を、止まるまで見守ろう。












シリアスになれる「ヴァーリ」を模索中。
ヴァーリだとシリアスにし辛いですが、それはもう、おなじ2主でもそれぞれの話で微妙に違う設定にします。
ラーグ編だとそこそこシリアスを抱えるお人。
ラーグは暫く出てきませんすみません。
ベオーク編の「シュウ虐め」とリンクしてるのは、ビクトールがルックを魔法兵団に推挙したとろですね。
それだけですが。