確実に、一歩ずつ。

 彼等は終わりに近付いている。

 見ないフリを止めた彼。

 どこか遠くを見てる彼。

 この先の結末の、その後に。

 呪いを宿した青年は、魔法使いを追いかける。

 今のところ…不戦敗。

 だって魔法使いは、同じ戦線にすら立ってはいにない。



接触不振



『捕まってないからね!』

 ラーグがそう言われたのは、一週間前。
 逃げていたらしいルックは、ラーグに抱きしめられていた腕もそのままに体調不良で崩れ落ちた。目が覚めてラーグに向かって開口一番、ルックはそう言い放ったのだ。
 暫く惚けていたラーグは我に返ると『捕まえる』の意味を懇々と説いたがまるで要領を得ずまたもや逃げられた。

 それから仕事の片手間にルックと追いかけっこをしたラーグだが、危なくなると転移で逃げられるので一向にルックの言う「捕まえる」こともできないでいる。

 暇なのか?と問われれば、ここ2、3日の解放軍は多少暇である。

 というのも、そろそろ出兵しモラビア城へ向かいたいのだが軍の要人が帰ってこない。長年のつきあいであるらしいフリックにビクトールの故郷を聞くとハイランドであることがわかったが、往復できるだけの時間は充分にあり、もはや遅いと思うほどである。その思いは、日が経つにつれ強くなっていった。



「ルックーーーー!!」

「なにさーーーー!?」

 軍主と魔法兵団長のおいかけっこは、最近の解放軍では「よくあること」になっていた。初めこそ何事かと騒ぎになったが、すぐに日常へとなり、生暖かい目で見守られるようになった。

 所謂、「触らぬ神に祟りなし」。

 どちらの手助けをしても、もう片方の恨みを買う。

 口出しできる数少ない人物である軍師は、それが起こった初日に軍主を呼び出した。

『兵達の手前もありますので』

『マッシュ』

『はい』

『必死なんだ』

『………』

『色々と様々な意味で、必死なんだ』

 そんな掛け合いの後から、マッシュは口を閉ざした。

「…はぁ…逃げられた…」

 魔法の余韻が残る空間を見てラーグは呟く。

「お前実は楽しんでるだろ」

 背後から聞こえた声に振り返ったラーグの目に映ったのはにこにこ、というよりはニヤニヤというような描写が似合う笑みを湛えたシーナだった。

「あー…まぁ、相手がルックだしね」

「そりゃ楽しいんだろうけど、ルックだから色々わかってねぇみねぇじゃん?」

「僕が教えるから、それでいいんだよ」

 シーナは笑う。その理由をラーグはわかっていた。逃げるルックに、どう教えるというのか。道のりは長い。

「とにかく、もう大丈夫みたいで安心したぜ」

「えー、その節では大変ご迷惑を…」

「まったくだ」

 だから、と続けて。

「もうごめんだ」

 真剣な眼差しで、ラーグを睨み付ける。
 それを受け止め、ゆっくりと頷いた。

「本当にわかってんのか?」

「ああ。もしも次があるなら、僕はちゃんとそうなる前にぶちまけるよ」

「おう。そうしろ」

 笑みを戻して、シーナはラーグに訪ねる。

「で?」

「なに?」

「なにってルックだよ。なしておにごっこしてるわけ」

 ラーグは事の顛末をシーナに話したがやはり笑われるばかりであった。
 ひとしきりシーナが笑い終わると、涙のにじむ目で腹を押さえたまま言った。

「逃げられたら追いたくなるのは男の性だけど、待てと言われて待つ奴はいねぇーぞ?」

「それでも、追わずにはいられないよ」

 笑って去るラーグの後ろ姿を見送りつつ、シーナは呟いた。

「…嬉しそうな顔しちゃってなぁ」



 ラーグが執務室に戻るとマッシュが一報を告げた。

「ビクトールが捕まっているようです」

「何処にだ?」

 聞きながら、届けられた書簡を見やる。どうやら潜入していた間者かららしい。

「モラビア城です」

 書簡によると、ハイランドから赤月帝国に入り、関所を抜けてすぐに捕まったらしい。ビクトールは前線で戦う。誰かが顔を覚えていたのであろう。

「予定を変え助けに行くほかないだろうな」

 そう言って、執務室に入ってきたレオンは、周辺の地図を机に広げた。

「モラビア城を落とすなら、まず北の関所を攻略せねばならん」

「しかし今回は救出ですので、関所を攻略が済み次第モラビア城に潜入します」

 マッシュとレオンの出した策は、懐柔に次ぐ懐柔だった。北の関所へ圧倒的な武力を持ち攻め入り、敵軍の戦意を削いで責任者にモラビア城の進入を協力させる。その後マッシュを囮にビクトールを探すというものであった。



 モラビア城へ難なく潜入することが出来た一行は、ビクトールを探して上へと向かっていた。おおよその場所は間者に聞いていたので、そちらの方面を目指していた。

 マッシュはモラビア城を与るカシム・ハジルの説得もしている。それは同時に危険なことでもある。のんびりとはしていられなかった。

 ラーグがちらと後ろを見れば、未成熟の少年、ルックがいる。

 モラビア城への同行をルックは抵抗しなかった。仕事に対して何だかんだ言いつつも、ルックは自尊心を持っている。

 ふ、と外に出た。テラスと言うには随分厳ついが、とりあえずここから反対側に渡れそうだった。
 クリンがロープを投げようとしたところをルックが止めた。

「そっちじゃない」

 ふわりと、ルックの髪や服がはためく。

 指を指して、進もうとしていた正面ではなく左の方を指す。
 そこで、はたと気付いた。

「ルック、ビクトールの所に転移はできないのかい?」

「無理だね。あいつ魔力ないんだもの。相手も馬鹿じゃないだろうし、星辰剣は別にしてあるだろう?」

 転移先を決めるのは主に2つだ。1つは行ったことがある場所。もう一つは目印となる魔力がある場所。

「では、なぜビクトールさんの居場所が?」

 カスミの問にルックは簡潔に答えた。

「風が教えてくれる」

 まるで引っ張るように。こっちだよ、こっちだよと。総ての風が彼のために役立ちたくて、ただそれだけで様々なことを叶えてくれる。

「とりあえず、星辰剣のとこ行ってみる?」

「ああ、そうしてくれるかい」

「何処に出るかわからないから、武器だけは構えときなよ」

 風を呼んで座標を星辰剣にする。すると風は彼等を包み、一瞬の輝きを残して姿を消した。


 
「……ああ、まぁなんというか…」

「ラーグじゃねぇか!わりぃな、ドジ踏んじまって」

 星辰剣の魔力を辿って来てみれば、牢に着いてしまった。

 確かに星辰剣はビクトールと離されていて、ただそれを隔てる物は、数メートルの距離と鉄格子でしかなかった。見張りについていた者はたった一人で、既にカスミの手によって昏倒していた。
 鍵は見張りが持っていると思ったのだが、生憎食事の出し入れをする小さな戸の鍵しか持っていなかった。

「開ける必要はない。このまま転移しちゃえばいいんだから」

「おい。わしを忘れるでないぞ」

「………ああ」

 星辰剣の訴えに、誰もがうっかりしたような顔を見せた。



「貴様、この帝国を都市同盟の奴等に渡すつもりか!!」

 ルックの転移でエントランスに出ると、怒鳴り声が聞こえた。

「カシム・ハジルか?」

 ラーグは頷くことでそれを肯定した。

 カシムは以前、マッシュが仕えていた者だった。帝国に見切りを付けたマッシュとは違い、カシムはまだ、帝国を捨てられなかった。

 扉に近付くとマッシュの声も聞こえてくる。
「都市同盟?いいえ、この国はバルバロッサに喰われようとしています。あなたもわかっていらっしゃるのでしょう」

「愚言を!バルバロッサ様は」

 ギィィ、と鈍い音を立てて、ラーグが入る。

「私は解放軍軍主、ラーグ・マクドールと申します」

「ラーグ殿…!」

 ラーグを見据えるカシムに、同じようにそれを向ける。

「民は餓え、食べるものもなく地に臥せています。官吏は私腹を肥やし、苦役に民は血の涙を流しています。それを放置しておく皇帝に、貴方はいまだ、何をお望みか」

「バルバロッサ様はあの魔女めに操られておられるのだ!」

 本当はもう駄目だと気付いている。それでも、まだ、と思う気持ちが、あるのだ。
 それをうち砕くように、ラーグは真実を告げた。

「皇帝は、操られてなどおりません。自らの意志で、この現状を変えようとはなさっていないのです」

「!!!」

 ラーグは話した。初めて、そして最後に謁見した時のバルバロッサを。死んでなどいない、あの強すぎる眼を。バルバロッサのウィンディを見る、あの愛おしそうな眼を。間違いを正せない、深すぎる哀愁を。
 見たままを、そのまま語った。

「………手を、貸してはもらえませんか」

 幾ばくかの沈黙の後、確かな意志を持って、答えが返った。

 是、と。




「ルック、もういいと思うんだ」

「なにが?」

 本拠地に帰った一行は、休息をとっている。その中で、ラーグはルックと誰もいない食堂で軽い食事をとっていた。

 長いテーブルをはさみ、向かい合って。

「ルックは逃げると言ったけど、僕の何から逃げるつもりだったの?」

「からだ」

「僕は捕まえると言ったけど、ルックの何を捕まえるつもりだと思ったの?」

「からだ?」

 まるで二重のおにごっこ。互いの本意が重なっていない。
 一口紅茶を飲んで、じゃぁ聞くけれどとルックが尋ねる。

「あんは捕まえると言ったけど、僕の何を捕まえるつもりだったの?」

「こころ」

「僕は逃げると言ったけど、あんたの何から逃げるつもりだと思ったの?」

「こころ?」


「なにそれ。僕が臆病者みたいじゃないか」

「ルックこそ、僕が体だけ目当てみたいじゃないか」

「は?」

「………」

 通じないことにもどかしさを感じつつも、やっぱりルックだと落ち着く自分がいることに、ラーグはどこか安心した。

「ルックは僕に触られるのが嫌?」

「別に」

「じゃあ、もう逃げない?」

「うーん」

「逃げないでよ。僕もうルック欠乏症なんだから」

 カタ、と席を立ち、ルックの方へ歩み寄る。ルックはそのまま座って、ラーグを見ている。
 傍らにまで近付くと、優しく前髪をかき分けて額に唇を落とした。
 ルックはそれに、くすぐったそうに身をよじったが逃げようとはしなかった。

 名残惜しそうに唇を話すと、脱力して座り込んだ。



「ああ、やっと触れた」
















更新までに時間が…!
なんだか書く気がしなかった時が何日かありまして、そういう日はほとんど進みませんでした。
それで首を絞めておいたかいがあって今週中に書き上げることができました。
…気付けば半分くらいを1、2時間で書いたような…

長くなる罠は未だ解かれていはいないようです。
いえ、別に良いのですけれど、長いと書き上げに時間がかかって…

あ!瞬きの手鏡ネタ拾い忘れた。
大したことじゃないしいいかな。
テッド天間星ネタも拾い忘れましたが、こちらは思いついたので今後に。
大分先ですけど。