赤は緑が愛しかった。

 しかし緑は「愛」を理解していなかった。

 緑は闇が愛しかった。

 しかし緑が抱くその思いは、憧れと羨望に等しかった。

 闇は赤と緑を信頼と友愛を置いた。

 それに赤と緑は返したが、闇は受け取って消えていった。

 闇の消失は赤と緑を落胆させ、消えることのない大きな穴となった。

 穴から這い出た赤と、穴を覗き込む緑。

 赤は緑を追いかけて。

 緑は闇を追いかけた。

 緑の手を取ろうとする赤に、緑はいつ。

 振り返るのか。




時々は振り返るもの




 モラビア城をおとし、アールスの地を除いてシャサラザートを残すのみとなった。

 シャサラザートを守るもは水軍頭領ソニア・シューレン。最後の五将軍である。解放軍の本拠地とはトラン湖を挟んでおり、南西に渡って陸から攻めるしかない。と、あちらは思っているはずだ。
 その逆手を取るべく、解放軍の軍師二人は常識から逸脱した策を提案した。ルックが湖を凍らせようかと尋ね、実行してみたが転倒者が続出。そのため元のままで行われることになった。

 軍師等の案は、ゲンとカマンドールに、大量の氷の船を造らせるというものだ。

 決行は、明日。



 カリカリカリカリカリカリ

 紙上を羽ペンの忙しく走る音が静かな部屋に響く。
 積み上げられた書面の束に、いい加減嫌気が湧いてくる。

「はぁー…」

 新に一枚を仕上げ、最後に判を押しサインをする。

 と、そこでイーグルがノックの後に入ってきた。白紙の書類を抱えて。

「…また追加?」

「はい。…顔色が優れませんね。大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「やはり前言を撤回します。大変お疲れのご様子ですのでお休み下さい」

 言うと、イーゼルは僕を引っ張ってドアまで連れていき、

「では、ごゆっくり」

 パタン

 …ルックは閉め出された。



 執務室を追い出されたルックは、確かに疲れを覚えていたので与えられた休憩をありがたく頂戴することにした。風にあたろうと、屋上へと向かう。

 サァ、と風が髪をさらう。淵まで行って湖を見下ろした。
 風が気持ちいい。ルックは寝っころがって空を見上げた。

「…」

 ふと、未だに思い出すことがある。未だにと言っても、2〜3ヶ月前の話なのだが。
 時が癒しをもたらすのは事実であったが、全てではない。忘れられる筈などないのだ。

「…………テッド…」

 声がかすれるほど小さな声で、あれ以来出していなかった名前を出す。

 じわりとにじむ目元に驚いて、流すまいと目を閉じて横を向く。

 そこでルックを呼ぶ声に体を起こす。

「ラーグ…」

「ルック、どうしたの?」

「別に。副官に執務室追い出されただけ」

「はは、そうなんだ。実は僕もマッシュに閉め出されちゃって。上に上がるルック見かけたから、僕もお邪魔しようかなって」

「お互い忙しいのに、こんな所で休んでいいのかなとは思うけどね。せっかくだしいいんじゃない?」

 どこかずれたルックの発言に苦笑しつつも、ラーグはルックの隣に腰を下ろした。

「ルック、どうしたの?」

「は?だから追い出されたって」

「そうじゃなくて。…悲しそうな顔してる」

「え」

 ラーグの存在に気付いた瞬間、ルックはその思いも涙も吹き飛ばしたつもりでいた。しかし、ラーグは言う。

「なにかあったの?」

 ああ、どうして。あんたはいつも気が付くの。

 その事実に胸が暖かくなって、込み上げる何かがあった。それに、引っ込めたはずの涙が浮かぶ。

「ちょっと、思い出してただけだよ」

「テッドを…?」

「やだね。聞こえたんだ」

 流れこそしなかった涙のタイミングの悪さに、ラーグは勘違いをする。ルックは、テッドの死を思い出し雫を浮かべているのだと。

「うん…ねぇ、ルック。前から気になってはいたんだけど、聞いてもいいかな」

「なに?」

「魔術師の島で、テッドと初めてあったんだよね?」

「そうだけど?」

 そう答えた数秒後、沈黙を経てルックは悟った。

「ああ、テッドって真の紋章を持っていただろう?それで興味が湧いてさ。少し話したんだ。正直な話し、それで…凄く、惹かれた」

「!!」

「でも、僕は終わらない生を知る“誰か”を求めてただけなんだって、テッドに言われて気が付いた。短い邂逅で、多くのことを得た気がして…」

「……そっ…か」

 立ち上がって、ルックは階段へと向かった。それを座ったまま見ていたラーグに、ルックは振り返って笑った。


「知ってる?僕ね、テッドにあんたのこと頼まれたんだよ。助けてやってくれって」


 嬉しそうに、誇らしそうに笑って、ルックの姿は階下へと飲み込まれていった。

 それを呆然と、微動だにせず見送らざるを得なかったラーグはぽつりと呟いた。


「…おいおい親友。お前って奴は、人の恋路を邪魔するのが好きなのか?」




 翌日、解放軍の本陣は水上にあった。まだ陽も昇りきっておらず、薄暗い中で進軍は始まった。

 水平線上にぽつりぽつり見えだした船に、シャサラザートの見張りの者は大慌てしている。なぜなら、今回は「訓練」である筈だったからだ。
 最速で進んではいるが、あちらの準備の方が若干早く済んでしまったようだ。兵達に動揺は見られるが、ソニア・シューレンの統率力はなかなかのものらしい。

「ルックくーん!」

「ビッキー…伝令?」

 突然船上に現れたビッキーは、本来なら魔法兵団にいるのだが伝令に不便な船上での伝達を行っていた。突撃や後退などの伝令であれば、銅鑼などが使えるが、それで伝えきれないことをビッキーに頼むのだ。

「うん!『びびらせてやれ』だって〜」

 その意味を理解していないのか、いつも通りのニコニコした笑顔を保ったまま、次の伝令を伝えに転移していった。

「ふーん…第一、第二部隊に伝令。僕に魔力集めて」

「はっ」

 傍らに待機していたイーグルが、銅鑼を2回鳴らす。その後別の銅鑼を1度叩いた。すると、魔力が集まり出す。

 植物を利用した魔力を注ぐ訓練は成果を上げており、当初に比べ格段に上手くなっていた。根本的な魔力や紋章の意味、流れや構造を理解し、瞑想などで魔力の絶対値も上がっている。

 ルックへと集まった魔力は巨大な淡く輝く球体へとなり、シャサラザード城塞へと向かって、上空を弧を描くように通過して激突した。

 ガラガラと崩れ、水面に瓦礫が叩き付けられ激しい飛沫がいくつもあがる。その音に紛れるのは、人の悲鳴。

 派手な攻撃は敵の戦意を低下させ、自軍の士気を上げた。

 広く崩れた城塞は水上からの侵入を容易に許し、紋章による攻撃と崩壊に巻き込まれた戦死者、負傷者は数多い。綿密に仕立て上げられた陣形は、たった一度の攻撃で脆くも崩れ去った。

 解放軍が進軍を開始する。

 その時点で、解放軍の勝利は見えていた。



「ソニア・シューレンが見つからない?」

 兵から受けた報告を、マッシュと共にラーグは聞いた。
 シャサラザードを堕とし、生き残った兵は既に降伏している。しかし、肝心の砦を守る最後の五将軍の姿が見つからない。

「逃げた…とは、考えられないですね。そんな人間ではない」

 マッシュに思い当たる節はなく、どうしたものかと思ったその時クレオが言った。

「…きっと、この砦のどこかにいるはずです」

「クレオ、どうしてだい?」

「……坊ちゃんを、待っていらっしゃるからです。必ず、待っています」

「…、地下水路は調べましたか?」

 クレオの言葉を聞き、マッシュは兵に尋ねた。すると、水路は塞がっており調べてはいないとのことだった。

「きっと、別の入り口から入ったのでしょう。私知っています。行きましょう」

 それに従い、ラーグはクレオの背を追った。



 案内されたのは北側の城壁を越えたあたりだった。そこには地下へと繋がる道がり、封じられていたであろう鎖は、すでに取り払われていた。

 中にはいるとそこは水門のすぐ傍だった。水門を通りすぎ、奥へと進む。その間会話はなく、ただ黙々と、時折踏みしめる水たまりの音が響いた。

 そして。

「………来たか、ラーグ・マクドール」

「ソニア・シューレン殿とお見受けする。私に如何様がおありか」

 ソニアの目には様々な感情がない交ぜになっている様が見て取れた。悲しみ。諦め。愛しさ。怨み。清々しさ。…怒り。
 抑揚のなかった顔が、みるみる歪んでいく。

「なぜ、テオ様を殺した!」

「……」

「父親殺しをしてまで、解放軍を勝たせたかったのか!!」

「傲慢な方だ」

「なに!?」

「あの選択に、間違いがあったとは思えません。道こそ違えたものの、その先に目指すものは同じでした。この国の平和。その為の戦争。父を殺してまでと仰ったが、では逆を問いたい。父一人を生かして、国を滅ぼしたかったのかと」

「っそんなもの、そんなこと…!!」

 ぐちゃぐちゃになった頭のまま、怒りにまかせてソニアは剣を抜いた。向かってくるソニアに、ラーグは棍を構える。
 一歩を踏み出そうとしたその時、声が響いた。

「やめてください!!あなたの子供になったかも知れない方に刃を向けるなんて!」

 その言葉に、ソニアが目を見開いてクレオを見た。

「テオ様はラーグ様の成長を、最期まで喜んでおられました。笑って、逝かれました。どうか、ラーグ様と争われるなんて事、やめてください…」

 カラン

 握りしめられた剣は地に落ち、ソニアもまた崩れ落ちた。

「テオ様…」



 幾分かすると、ソニアは立ち上がり2人に大人しく着いていった。

 泣きはらした目は痛々しく、まだ悲しみに暮れているようだった。

「てめぇ!!」

 聞こえた怒声に、ソニアをクレオに任せラーグは駆けだした。

「どうした!」

 駆け寄ったときには、ビクトールがサンチェスの胸ぐらを掴んでいた。何事かと問おうとしたラーグだが、しゃがみ込むマッシュに気が付いた。

 いつも余裕然としている顔からは想像もできない苦痛に歪む表情。駆け寄るフリックとシーナ。そしてリュウカン。

腹部を抑えた手からは、それでは止めきれない大量の血が流れ出ていた。


「マッシュ…?」














オリジナルが…ちゃんと理由もあります。
ストーリーの細部が思い出せない!!
水門を閉めに行くのは解ったんです。
でも、何のために?水門を閉める意味が思い出せず、結局勝手に話を作っちゃいました。
ソニアの科白のあたりと最後が何か微妙ですが。

ルックは、ずっとテッドのことを引きずっているわけじゃないです。
故人を振り返ることってあるじゃないですか。
そういう感じです。

………実は、シャサラザードのことを、ずっとシャラザードだと思ってました…
なので、以前「シャラザード」なんて書いてあったりしたらそれは脱字ではなく、
単純に勘違いです…