2人の魔女がいた。

 遙か昔、互い復讐を誓った。

 始まりはきっと、その時だった。




赤月の最期




 進軍は慎ましやかに行われた。シャサラザードからアールスへ入り、グレッグミンスター北西にて衝突があると予測される。

 先日のシャサラザード攻略により高まった士気は保たれ、また上がっている。

 互い全軍を上げての戦い。多くの戦死者が出るだろう。

 駆けつけたドワーフ族や戦士の村の男達、竜洞騎士に生き残ったエルフもいた。
 この地にすむ様々な種族の者達が集い、平和を求めて戦おうとしている。

 紋章により異形のものを兵としていた帝国軍であるが、相する門の裏を所持するレックナートがそれらを退けた。

「レックナート様…あなたが手を出してよろしいのですか?」

「いいのですよ、ルック。このたびの所業、我が一族の姉が企てた事。他に生き残りはおりません。行き届く範囲で、私は集う星々に力を貸しましょう」

 ただし、導くのは天魁星でなくてはならないのだと、レックナートは言う。

 久しぶりの師との再会に、ルックは尋ねたかったことを聞いてみる。

「レックナート様…星を背負う者の名を刻む『約束の石版』…一体なにを」

 言い終わる前に、レックナートは笑んで緩く首を振った。盲ている筈の目は閉じられているのに、目が合うと感じるのは昔からの事だった。

「それは、あなた自身が見いださねば意味がないのですよ、ルック」

 分かるときなどくるのだろうか。その思いを閉じこめ、ルックは戦に集中する。

 異形のものが消え去り数の上で有利ではなくなった帝国軍。そこにはやはり動揺が見られる。勢いよく進軍する解放軍に、それでも帝国軍は進軍した。
 衝突しきる前に、ルックは魔法兵団の者から魔力を集め、それを自らの魔力でまとめ上げる。杖を伝ってそれは放たれ、敵軍のさなかに落ちる。しかしやや遅れて、帝国軍も同様に解放軍へと魔力が落とされた。


 ガシャンッ


 何かがれた音が盛大に響く。パラパラと光るものが降り、何に触れることもなくやがて消えた。

 守りの天蓋。軍は広大で、全てを防ぎきることはできなかった。しかし、大半は伏せることなく進軍は止まらない。

 兵達の上げる雄叫びが、地や空を震わせた。

 解放軍は得エルフの弓や竜洞、ドワーフの技術で作られた兵器などの上空からの攻撃を行った。
 確実に、確実に、敵の数は減っていく。帝国軍の鍛え洗練された連携のある動きに、解放軍の数も確実に、確実に、減っていく。

 だが、防ぎようもなく、広範囲に行き渡る攻撃に帝国兵は大地に伏せる。

 そででも、帝国軍は解放軍に向かった。

 既に帝国の負けは見えていた。それでも。向かった。
 帝国に留まり、終ぞ忠誠を覆さなかった者達なのだ。この戦に、命を捧げる所存の者も少なくはないだろう。

「くそっ」

 思わず悪態を付いたのは軍主であるラーグ。無駄に命を奪いたくない。
 とどまる事のない魂の流出に、右手を左手で包み込み、握る。

 制御は、まだできない。

 以前一度、魂喰らいを制御したことがラーグはあった。それは、彼が紋章に魂を与え、闇に同調していたから。
 しかしそれは「違う」と、それではいけないとラーグは思っている。
 闇に手を差し伸べ、ひっぱたいて背後から蹴飛ばしたのはルックだった。

 紋章は魂を喰らいたがる。あふれかえる無防備な剥き出しの魂に、いくつか既に喰らってしまっていた。それでも、喰らうことのないようにラーグは手を握りしめる。

「ラーグ様!!」

 現れたのは伝令兵で、マッシュからの言付けを与ってきているらしかった。

「どうしたんだい」

「マッシュ様が、魔法兵団にて『眠りの風』を使わせてはどうかと仰っております」

 眠りの風。平時なら、この数にこの意志だ。眠らせることなど不可能である。しかし、この戦火、この激動。続く衝突と死に逝く仲間に、体力も精神力もすり減っている。
 今なら、魔法兵団の魔力をかき集めれば可能かも知れない。
 これ以上の死を、防げるかも知れない。

 たとえ、生き延びた者がこの行いを責めようとも。

 ラーグは一瞬のうちに結論をはじき出し、伝令兵にその旨の伝言を頼んだ。

「実行せよ」

「はっ!」

 返事をすると、伝令兵は魔法兵団の方へと馬に乗り駆けていった。

 ラーグは前を向く。そこは戦場。だが戦火から離れた後方。ラーグにはまだ、やることがあるのだ。

 皇帝は、まだ城にいる。

 そして、後方から風が吹き付けた。優しく、優しく。

 帝国軍も解放軍も地に伏せる。皆、静かな微睡みの中で。




「皆眠っておるぞ」

「終わりましたか…」

 戦場のただ中、軍師の任を果たし続けたマッシュ。最後の伝令を出した後、急ごしらえのテントに運ばれていた。

 もう、幾ばくの時も残されてはいない。

「私の生も、ここで終わりです」

 後の詰めは、ラーグがしてくれる。

「…『民衆が自由を求めて戦ったとする。おそらく彼らが手に入れることができるのは新しい支配者ぐらいなものであろう。』上手いことを言ったものだ。まさに的を射ているではないか。ラーグが皇帝の首を落とし、この戦は終わりとなる。そして軍主という統率者は、国を治める者となる」

「国民が選ぶのです。世襲ではない。それに…ラーグ殿は、玉座には座らないでしょう」

「ほう?」

「ラーグ殿には欲しいものがあるのです。それは国ではない」

 レオンは笑い、馬鹿な者だと言う。かの魔法使いは手強かろうと。マッシュも口元に笑みを浮かべ、目を閉じて軍主の行く末を思う。
 そして過去を反芻し、現在に至る。


 悔いはない。


 閉じられた目が開くことは、二度となかった。




 魔法兵団が駐在しているのは、解放軍の後方、北東側だった。駐在と言っても、戦争時にその場にいたのであって、ずっとそこに留まっているはずではなかった。

 寝ている。

 自らの魔力を、眠りの風の行使に捧げたからと言って実行者は別の者。殆ど底を尽きた魔力に、体力も奪われていた。そこに強力な眠りの風が来れば、魔法耐性の強い兵団員でもすぐに夢の中。

 だが、そこに眠っていない者もいた。

 実行者であるルック。荒い息を吐き、座り込んで疲れ果てている。

 簡単に言ってくれるよ。と言うのが、眠りの風を行使背よとの伝令が来たときのルックの正直な感想だった。しかしそれを実行しないわけにはいかない。自身でも有効だと思ったからだ。

 既に減っていた魔法兵団の魔力をかき集めても、あの数を眠らせるのにはまるで足りない。帝国軍だけならどうにかなるかも知れないが、離れた場所に魔力を発生させること、転移してその場まで行くことは負担になる。失敗の可能性もゼロではない。
 その為、後方にいた魔法兵団からの行使は、解放軍も眠らせる必要があった。
 足りない魔力を、自身の魔力で補う。その瞬間、ルックに重い重力がのしかかった気がした。それを無理矢理無視し、集められた魔力を風へと変換した。
 成功したが、おかげで立つこともままならない。

 そこに来たのが、寝ていない者の1人ビッキーだった。

「ルック君だいじょうぶ?」

 こちらはまるで疲れは見えず、へたり込んでいるルックを心配していた。

「お城帰る?」

「駄目だよ…ちゃんと、僕は見届けないと…」

 その場に赴くことはできないけれど、天魁の星を背負うた君が。成し遂げるのかを。

「そっか」

 ビッキーは笑うと、他に眠っていない者はいないかと探しに行った。

「ラーグ…」

 呟きは、誰にも届かないはずだった。




「ラーグ?どうした」

「呼ばれた…?」

 グレッグミンスター城内。眠りの風にも屈しなかった意志の強い者達を連れ、ラーグは奥へと進んでいた。

 突然振り返ったラーグにどうしたのかと尋ねたビクトールに、ラーグは答えなかった。本人ですら聞き間違いなのではないかと思えたからだ。この場に彼を呼んだと思われた人物はいない。

 ラーグはなんでもないと返し、先を急いだ。

 聞こえた声は、風が運んだものとは知らず。


 進む道には城内に留まっていた兵が立ちふさがる。それを棍の一打で鎮めて先へ進む。

 玉座はとうに過ぎた。その奥へ続く道を進み、目指すは空中庭園。そこにいるはずなのだ。正気を失わず、ウィンディの所業を止めなかった黄金皇帝が。
 何人目かの兵をうち倒し、階段を上りきると視界が開けた。

 赤い空に、それを反射した植物達。そのただ中に威風堂々然と立つバルバロッサ・ルーグナー。

「…赤月帝国領も、この空中庭園のみとなった。そうなると分かっていたのは、いつの頃からだったか」

 見上げていた空から視線を逸らし、ラーグへと目をやる。そこには静かな、意志の強い眼差しがあった。

「バルバロッサ・ルーグナー殿。赤月は滅びようとしています」

「言いたいことなど承知しておる。今更聞くまでもない」

 国土を失えども、その威厳は損なわれることはなかった。この境地でさえ、不適に笑ってみせるのだ。

「この国の王であるために、王であるが故に、何を成すのか見誤ることなどなかった。始まりは、いつか。クラウディアを亡くした時だろうか。いや………」

 今更それがなんになると、ふと王は一笑した。

 そこに、空間が歪み一人の女が現れた。

「バルバロッサ!何をしているんだい、さっさと紋章でも使ってこいつらを…ソールイーターを奪うんだ!」

 今なお呪われた闇の紋章を欲するウィンディ。それを止めたのは、バルバロッサだった。

「ウィンディ…もう終わりにしよう」

「知った風な口を利くなよ、バルバロッサ!」

 言って、ウィンディは気付いた。自らが皇帝に仕掛けたはずの闇の魔法は、対象者を意のままに操るものだ。それが、何故。

「…、バルバロッサ、お前…ブラックルーンはどうしたんだい」

「初めから、私にそのようなものは効いていない。この竜王剣に宿る“覇王の紋章”はいかなる魔力も受け付けない。それが、“門の紋章”の力であってもな」

「そんな、筈が…!!」

 ウィンディはキッとラーグへ視線をやると、右手を掲げ紋章を行使する。ソウルイーターを奪おうというのだ。
 しかしそれは叶わない。紋章の意志。紋章の内にある、魂の意志。それがウィンディを拒んだのだ。

「なぜだ、なぜだ…!ソウルイーター!お前まで私を拒むのか…っ」

 膝を折り掌を地に付けて、ウィンディはうなる。

「生と死を司り、魂を盗む呪われたお前…お前は、私にこそ相応しいではないか。この呪われた世界に、復讐をしよう…!!」

 もう一度、ウィンディは手を差し伸べる。この手を取れと。

 だがやはり、紋章は見向きもしない。

「この世界で最も呪われた紋章よ!お前さえも、私を受け入れようとしないのか!!」

 ウィンディは、復讐にとりつかれた魔女だった。

 門を守る一族を襲ったハルモニア。そのため生きる場を失い彷徨い続けた身で、怨みはつもり、対象は世界へと拡大していった。憎しみは風化することなく、怒りの炎は煌々と燃えさかっている。この呪われた身に相応しき紋章は門ではない。魂を喰らうソウルイーターであると、ウィンディは隠された守人の村を襲った。自らの時と、何ら変わりなく。

「もういい、やめるんだウィンディ」

 崩れ落ちたウィンディの腕を引っ張り、立ち上がらせ腕を捉えた。

「何をする!離せっ」

「私はお前を愛していた」

 まるで話を聞いていないかのように、バルバロッサは語り出す。

「お前は、お前に残るクラウディアの面影を、私が好いているのだと思っておるようだが…それは違う。私は、お前の瞳の奥に沈む悲しみを消したかった」

「嘘よ…っ」

「しかし、それは間違いだった」

 拒むウィンディを無視し、その身を腕に閉じこめ引きずるように手すりへと寄る。

「な、何をする気なのバルバロッサ。やめてちょうだい!」

「私はお前を愛した。ただ一つの過ちだ。そして、それは許されるものではない」

 縁に乗り上げるバルバロッサは、ラーグを見据える。

「私の過ちは、私が幕を引こう。だが国土を失えど、内にある領土までは奪わせはせん」

 そして、身を投げ出した。

「さらばだ!」

 赤月帝国最後の皇帝は、誇り高く、その人生にすら自らで幕を引いた。

 お前になど、この気高き命はやれぬとでも言うように。


揺れる城を、赤い夕日が照らしていた。




太陽暦457年。228年に及ぶ赤月帝国の日々が終わりを告げた。















終ったけど……終らなかった!
後1話くらいありそうですよ!

びっくりするくらい主人公等の影が薄い。ルックすらもペラペラ。
代わりにバルバロッサとヴィンディ、マッシュとレオンがね!
ラスボス戦は…逃げですね。戦いなんぞ書けるものか!戦争すらあれで精一杯じゃ!(逆ギレ)
でもなんとなく落ち着きましたので良いかなぁと。
…これは、ちゃんと天魁星が導いたことになるのかな。

……そして、無謀にも引っ張り出してみるのは例のブツ。
『 約 束 の 石 版 』
のあーー…いつだか言った、このままほっといてうやむやに…
をしなかったへびです。
でもきっと、2時代でもちょっと触れて、3に持越しかな!(逃/ではないといいな…)