終わりです。

さようなら。

きっと嘘です。

違い、ます。




国の始まり




 お祭り騒ぎ。たぶんその言葉が一番合う。そうなるのも無理はない。長きにわたる戦争が、勝利という形で終わりを迎えたのだ。

 人々は肩を組んで笑い合い、掲げた杯にはなみなみと酒が注がれている。既に潰れている者が何人もいるが、その顔は至って幸せそうだ。

 勝利の咆哮は国中に広まり、国全体での祭りのようだった。

 あの時眠らされ、戦うことを許されなかった赤月の兵達は、皇帝崩御の一報を受け悲しみに暮れた。しかし同時に、赤月はもう亡いのだと示されたことにより、新たな国で生きることを考え始めている。大半の者はそうだった。だがやはり、忠義を貫く者もいる。バルバロッサ亡き後に、この命に未練はないと死を選んだ者達。

 仲間を失い、傷を負い、今まさに生死の境を彷徨っている者達さえ少なくはない。一将功成って万骨枯る。一人の英雄が生まれ、多くの民が命を失った。

 それでも必要だったのだと、多くの者が首を立てに振るだろう。

 祝宴には解放軍の者は当然のこと、城のこの場には近隣から村民達が集まり共に喜びをかみしめている。

 騒がしいのは嫌いだと、テラスにでも出ようかと思ったルックだったが、どうしてかその場を離れてはいなかった。

 今夜で最後。それがルックの上に、本人が思いもせずにのしかかった。

 離れがたい。

 自身がこんなにも人間のような感情を有していることに驚いていた。それを無視するように、手にした杯を傾けた。

 はぁ、とため息一つ。

 部屋の隅により、全体を眺める。すると、僕に向かってくる人物。気配を絶っているのか、この場の主役と言えるラーグは誰にも気付かれない。

「や、ルック」

「…」

「なに?」

「いや、酒でも被ってるかと思ったんだけどね」

「ああ、逃げた」

 苦笑して、ラーグはルックの隣に腰を下ろした。

「あの二人、結局帰ってこなかったね」

「別に良いんじゃない?あいつらしぶとそうだから、どっかで生きてるよ」

「マッシュの魂、喰らったと思う?」

「喰らってないんじゃない?ソウルイーターが腹壊すよ」

 そうかな。とラーグ。

 そうだよ。とルック。

 天井を仰いで笑う。一息ついてラーグは口を開く。

「ルック。僕ね、城を出ようと思ってるんだ」

「だろうね。王なんてガラじゃなさそうだもの」

 コクリ。杯は軽くなる。

 ラーグは先程のルックのように、部屋を一望しながら話す。

「…ねぇルック」

「…なにさ」

 ふと、ルックの唇に何かが触れた。それがなにで、それをなんと言う行いで、どのような意味を持つのかを理解する前に離れていった。

「またね、ルック」

 笑んであっさりその場を去っていくラーグ。歩きながらばさりと旅装のマントを身につけ、人々の間を通りながら誰にも気付かれずに進み、人混みへと消えた。

 それをただただ見送ったルックは、不機嫌な顔で、傍らにあった酒瓶を手に取った。杯に注ぐでもなく、直接口を付けて半ばまで飲みきる。その飲みっぷりの見事なこと。

 飲み下すと、ぷはぁと大きく息を吐く。

 捕まえると言った癖に。あっさりと行ってしまった。

「嘘つきめ」

 こぼして、また酒をあおる。

 違う、違う。

 顔が熱いのは酒のせいだ。

 去ったあの赤が恋しいのは気のせいだ。

 嘘つきだと言う発言が嘘だなんて。

 そんなこと、無い。

 とらえた事も、とらえられた事も。気付かなくて、気付かない振りをして。

 二人の道が交差するのは、まだ先のこと。




 城を出て、輝かしい満月の光りに照らされながら歩く。

 その足取りに迷いはなく、まっすぐ、まっすぐ進む。

 天魁の星は彼から降りた。

 自由を得たが、無条件に魔法使いを傍に置ける資格も失った。

 自らがその条件になるべく、彼は旅立つ。

 彼に会えないのは悲しくて寂しいけれど、それでも。

「おいおい、挨拶の一言もあって良いんじゃねぇ?」

「シーナ。気付いたんだ」

「予想を立てて待ってただけさ」

 あ、そうだ。と声を上げると、懐から何やら紙と筆記具を取り出し、さらさらと何事か連ねていく。それを黙って見守りつつも、覗き込んでなにかと確認するシーナ。

 数行をしたためるとそれを二つ折りにしてシーナへ渡した。

「なんだよ」

「レパントに渡しといてよ。王にならない旨と、王になるようにね。後、歴史書を作るなら一言の言い置き」

「歴史書?あー親父やりそうだな。ラーグ殿の武勇を〜とか言って。そんで、言い置きって?」

「真実を」

 バルバロッサはラーグが弑したのではない。そうしたのとしなかったのでは、大きな違いだ。英雄が悪王をうち倒す。その図式の方が国民は喜ぶだろう。英雄譚にも箔が付く。だがしかし、そうではないのだ。あの紛れもなく王であったバルバロッサには、敬意を払うべきである。

「…りょーかい。きっちり渡しとくぜ」

「頼んだぞ。じゃ、えーと…」

「またな」

「ああ…またね」

 別れだけれど、終わりではなく。次があるから…

 シーナに見送られ、その姿も遠い。

「んー………」

 なにか考えることがあるのか小さくうなる。

「……………あれってやり逃げって言うのかな……」

 無駄な苦悩を抱えつつ、その人影は城からも見えなくなった。




 翌日、シーナに託されていた手紙はレパントへ渡り、英雄の出立と王への任命が明らかになったのだった。



 太陽暦457年。トラン共和国は誕生した。















おわた。おわた。
とりあえずこんなで落ち着きました。
ルックになんもないのはあんまりにもかわいそうだったので、
ストーリーの都合と相まってこんなんに。
………最後不自然にシーナが出てきたのは、
それなしじゃ短かったからだったり。