大森林が焼かれた。

 焦魔鏡を止めることができずに。

 五将軍の一人クワンダ・ロスマン。

 彼は大勢の人を殺したけれど、ブラックルーンによるもので。

 それを操っていたのは、ウィンディ。

 紋章を砕いた軍主はクワンダを生かし、解放軍に招き入れた。

 この男に、罪はない。

 そう言った彼の目は、とても。

 とても冷たく見えた。

 


統率者に必要なもの

 


 かつて解放軍の前に立ちはだかった帝国五将軍が一人クワンダ・ロスマン。彼の解放軍入りは少なからず軍内に波紋を呼んだ。いくら操られていたとはいえ相対した者だ。いくつも奪われた命。易々と受け入れられなかった。

 しかし、時が経つにつれ彼の大きさと苦悩を知り、次第にクワンダは解放軍に受け入れられていった。クワンダほどの将が軍門に下り、彼を慕う兵もまた、帝国の鎧を棄て星のもとへ集った。

 そう、兵の数が一気に増えたのだ。

 解放軍にとって良くても、一部隊を纏める身としては大変な面倒だ。増えた魔法兵は、もはや部隊と言うには大きくなりすぎた。結局、魔法部隊は数を増やし魔法兵団と呼ばれるようになった。マッシュが通告書を持ってきた時は、思わず目一杯顔をしかめたものだ。

 少人数であった時は適当に、隊員を見ながら書類をこなしつつも自分の時間を持つことができていた。その程度の余裕があったのだ。だが、大人数になったらそうはいかない。少人数だからできていたサイクルだ。数をまとめるには統率力が必要になる。

「……手を抜けなくなってきたな」

 今日は部隊から兵団になって、魔法兵団長、つまり僕が初めて訓練を見に行く日だ。兵団長になってから書類ばかりで手一杯だった。彼等の様子を見に行ける暇などなく、当たり障りのない訓練表だけを副団長のイーグルに押し付けてひたすらペンを走らせていた。

 イーグルは三十後半で、一見優男にしか見えない。この年の人間が子供の指示になど従ってくれるとは正直期待していなかった。だがどうして、彼は兵団長をしっかりと支えてくれている。はっきりいって大助かりだ。彼の助けもあって、今日どうにか顔を出せそうなところまでこぎつけた。実際に見てみなくては個々人の力量や紋章の相性など全くわからないし、部隊の編成だってままならない。

 ペンを一度くるりと回し、頬杖をついて重い息を吐きだした。

 ため息の一つもつきたくなるというものだ。






 予定より若干遅れてしまい、昼食を食べる間を惜しんで訓練場へと急いだ。

「イーグル」

「ルック様!いらしてくださったのですね、ありがとうございます」

 笑って頭を下げる副団長のイーグルを見て、案の定、僕を初めて見る元クワンダ兵たちはざわめいた。


 あのような子供が?


 誰もが抱く疑問と不満。そんなのはわかっていた。もとからいた解放軍の魔法兵たちも当初はかなり戸惑っていた。解放軍のメンバーは気性の荒いのが多かったが、一度認められるとそれはよく動いてくれた。それに慣れてしまっていたようで、久々の野次に不快感が募る。

「兵団長だ、久々に見たな」

「今日は訓練をつけてくれるのか?それはやる気が出る」

 そんな彼等の会話を聞いた者たちが「兵団長」という言葉を耳にする。

「あの子供が兵団長!何の冗談だ」

「事実だとしてもお飾りで選ばれたとしか思えん!」

 冗談だろう。あんな頭の悪いのが僕の部下になるだって?団長を飾っておける余裕なんてこの軍にあるとでも思っているのか。

 目を背けたくなるような事実に辟易していると、一声が僕の耳に飛び込んだ。頭の痛くなる馬鹿さ加減にほとほと呆れはてる。


「あれなら俺が団長を務めた方がよっぽどマシだ!」


 まったくもって同意するものと、団長である僕を小馬鹿にした笑いと、その自意識過剰な男を嘲る笑いと、僕を蔑ろにした男を非難する声が入り混じる。

 なんという無秩序。何これ。統制って何。半分は手間をかけて僕が指揮してきた人間だ。今まで築き上げてきた労力と時間を、入ってきたばかりの、なにもわかっていない、馬鹿で、愚図な、あんな程度の人間に台無しにされているというのか。

 ふつふつと湧いてくる怒りに目が据わっていくのが自分でもよくわかる。そんな不穏な空気に気づいたイーグルは宥めようとしているのか僕の名前を呼んでいるが須らく無視。漂う風に働きかけ、怒号の中で静かに放った僕の声はすべての者たちの耳に届く。


「黙れ」


 喧騒に全くそぐわない静かな冷たい声に一同は同時に動きを止める。先ほどまでの騒音が嘘のようだ。

「僕に不満があるのはわかる。子供がやってるようじゃ軍として格好がつかないだろうね」

「わかっているなら」

「だからって」

 顎を上げて腕を組む。思わず見下すような様を取ってしまったのは無意識だが仕方がない。細めた目に一瞬ひるんだように男は黙る。

「力もないような子供を飾っておくような余裕が、この軍にあるとでも思っているの?そんなこともわからない馬鹿を預からなくちゃいけないなんて涙が出るね。魔法兵として仕えていた人間が、力の差も見抜けない。自分の力量も測れない!そっちこそ魔法兵やめた方が身のためだね」

「ルック様、ほどほどに・・・」

「僕に文句があるやつはかかってきなよ。稽古付けてあげようか?」

 この挑発には我慢ならなかったのか、数人が前へ出てくる。口元はかろうじてつりあがっているが青筋が見える。

「では兵団長殿に、稽古していただこうか」

「痛い目見ても知らねぇぜ」

 思わず鼻で笑う。見物する他の兵達に十分な距離をとらせ、準備が整う。なんともつまらない舞台に上がってしまったものだ。共演は大根役者の男五人。包囲するように移動し、じりじりと近づいてくる。

「本当に・・・・・・・・・馬鹿だね」

 つむぐ紋章の脆弱で鈍間なことか。僕を中心に純粋な風が吹く。ただの風。呪文も一切なし。殺意のない魔力のこもらない風は、しかし、自然に発生するには強烈に過ぎる。男達は叫び声を上げながら吹き飛ぶ。一部は元クワンダ兵の一団に突っ込んだようで人垣が崩れている。

「そんな程度で笑わせる」

 周囲に浮かぶのは驚愕。

「他にはいないの?遠慮しないでいい。みんな黙らせてあげるよ」

 そして、恐怖。

 前出でてくるものは、誰もいなかった。

 

 


 解放軍発足時から参加していた重役が各地に散っていた兵を引き連れて近くまできているらしい。それをどこから嗅ぎ付けたのか帝国軍に邪魔されているらしい。こちらと合流する前に潰しておきたいのは理解できる。

 それのお迎えに兵を率いて行くことになったのだが。

「魔法兵団も出るわけ?」

「ああ、頼む。兵力差を埋めるには魔法兵団の力が必要だ」

 いやに小真面目な顔をするようになったと、近頃思う。僕がここにきた当初は、魔術師の島に訪れたときのような余裕が見られた。だが状況がそれを許さないのか、ラーグの立場がそれを許さないのか。幼さは消えて。

「では、任せたよ」

 そしてこれだ。最初に見たときより苛々するような、この笑顔。

 貼り付けの笑みが腹立たしい。


 これは本当に、あの天魁星か?

 

 

 戦には勝利を収めた。集まった解放軍の兵も参戦し、最低限の被害で帝国軍を破ることができた。

 散り散りになった解放軍の者を率いてきたのは、フリックという副軍主らしかった。本拠地へ戻り、兵達を休ませる。幹部は会議室へ招集された。

 最後に帰城したのは魔法兵団。ぎこちない兵達の動きに、訓練場で怖がらせすぎたかと思わないでもない。

 城につくや召集の旨を聞き会議室へ足を向ける。おそらく僕が最後だろう。


「オデッサが・・・・・・死んだ?」


 部屋へたどり着いた瞬間聞こえた言葉だ。たまたま近くに誰もいなかったからよかったようなものの、一般兵に聞かれでもしたらどうしてくれる。

 そいつの騒ぎ立てる様子を見ていると、ああ、軍主よりよっぽど子供っぽいなと思わせられた。この素直さをラーグに分けてやればいいのに。

 そのまま入室し席に着こうとする。すると、フリックがびっくりしたようにこちらに目を向けた。

「子供の来るところじゃない。早くこころ出ろ」

「彼は魔法兵団長です。ここいてもなんら支障はありませんが」

「こんな子供にやらせているのか!?何を考えている!」

 最近聞いた頭の悪い台詞だ。いい加減腹も立ってくる。子供だと一見して終わり?どうして子供がこの立場にいるのか、頭が首の上についているのなら少しくらい考えろ。軍主は軍主で気持ち悪い顔ばかり貼り付けて。

 ああ、頭が痛くなるね。

「どっちが子供だか」

「なに・・・?」

「聞いた話じゃオデッサって人、子供をかばって殺されたんだろう。自分の立場を理解できない上に覚悟がなかったんだ。国をひっくり返そうって言い出した人のすることじゃないね。そんな彼女の死を嘆くだけのあんたのそれも、まったくもって子供の駄々!」

「・・・っ!」

「戦争をしているんだ。死人が出るのは当然なのに、自分の身近な人間だけは死なないなんて、まさか思ってるわけではないだろう?」

「そんな、こと!!」

 視線に耐えられなかったのか、フリックは顔を背ける。「くそっ」とはき捨てるとそのまま部屋を出て行った。

 フリックが去った静かな会議室。奥の方からラーグが歩いてくる。その顔に浮かぶは、怒り。

「ルック」

 乾いた音がした。少し間をおいて、左頬が熱くなる。

「オデッサは確かに主導者ではいれなかったが、誰よりも優しい人であり続けた。彼女は亡くなった。挑発するためだけにオデッサを貶めるようは事は言うな!」

 僕の頬を叩き怒鳴るラーグを見て、フと、思わず満足げに笑った。この状況でそんな顔。さぞ憎たらしく見えただろう。


「何だ。まだそんな顔もできるじゃないか」


「!!」

 貼り付けの不快感を抱かせる顔を崩せたことに僕は満足した。確かに、それだけのために故人を誹謗するのはいただけなかった。

「オデッサを貶したのは謝るよ。じゃ、用事は終わったみたいだし部屋に戻るよ」

 ぽかんと見開かれた目が僕を凝視していたが、鬱陶しいその視線から逃れるように会議室を後にした。

 魔法兵団長の部屋には、やらなくてはならない書類があふれているのだ。

 

 


「何か用?」

 部隊の編成を考える僕のところにラーグは訪れた。残る仕事は一番厄介な、この編成だけ。部屋も、人が楽に通れるほどには片付いている。

「フリック、解放軍に復帰してくれることになったよ。ルックに言われて、いろいろ考えさせられたって。お礼を言っていたよ」

「お礼、ねぇ」

 あんなのでどうにかなってしまうものなのか。単純なやつだ。

 話は終わっただろうに、なぜか去らない軍主を無視して仕事を続ける。それをひょいと覗き込んだラーグは、そういえばと切り出した。

「今日の出撃、魔法兵団はなにかあったのかい?」

「なにかって?」

「いや、兵が皆必要以上に緊張していたというかね。そんな印象を受けたものだから」

「ああ」

 それはまぁ、脅しちゃったからね。思った以上に効果抜群だったみたいだけど。

「兵を率いるにあたり、統率者がいるだろう。その統率者に必要なものは、そのまんま。統率力だ。それを得るにはいくつか方法がある」

「・・・・・・」

「一つは信頼のあるタイプ。ビクトールや、今日のを見る限りフリックなんかもこれに当たる。もう一つはカリスマ性。あんたや、バルバロッサがこれに当たる」

「・・・・・・もう一つは、お勧めできないな」

「わかってはいるんだけどね」

 恐怖心。それがよくないことくらい理解している。でも、僕には信頼なんて築けないし、カリスマ性なんてものは作るものではない。生まれついてのものだ。

「でもね、僕にはこれしかできないんだよ」

「あると思うんだけどなぁ」

「は?何が」

 そういえば、ラーグは今軍主になりたてのころと同じ顔をしている。その場にふさわしい貼り付けの表情などではなく、素のラーグだ。

「カリスマ性」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・あると思うよ?」

 にっこり笑っていう軍主。




 ああもう。どうしようもなく憎たらしい。

 

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