あいつが嫌いだ。
いつでも貼り付けの笑顔が腹立たしい。
無理してるのが丸見えで。
そのくせ大人は気付きゃしねぇ。
どうにもこうにもいけ好かない。
関わらずに過ごしていこう。
そう思っていたのに。
運悪く軍主と邂逅。
軍主の変化
グレミオさんが亡くなって軍主は更に笑顔を塗り重ねた。一般兵などは「気丈な方だ」と心酔してて話しにならない。本気で言っているのだろうか。あんなにへたくそな笑いをどうして見抜けない。
苛立ちは募る。
関わらず離れたところから見ていればいいのだ。いくら自分が気に入らなかろうがあいつが軍主であることに変わりない。組織の主に喧嘩を売るような馬鹿はしない。
しかし、と。思い出すソニエール前夜。偶然にも軍主に遭遇。避けていようとも同じ本拠地内で過ごしていればこのように避けきれないこともあるのだ。あまり関わりたくはなかったが、せっかくなので尋ねてみた。「不満はないのか」と。
軍主は人好きのする笑顔で、完璧に答えて見せた。
「何を不満に思うことがあるんだ?」
ああ、つまらないやつだ。
親父に捕まって、退屈な日々。特にすることがあるわけでもなく、暇つぶしにと本拠地内を見て回っているときのことだ。あいも変わらず貼り付けの笑顔をしたラーグ・マクドールを見かけたのは。軍師であるマッシュさんと話しているが、マッシュさんもその笑顔に気がついているのかあまりいい顔をしていない。
二人の後ろの方から小柄な少年が近づいてくる。嫌に綺麗な顔をした石板守。彼女ではなく彼だと聞かされたとき、口から零れた一言が「もったいない」だったのは仕方がないだろう、本人には言えないが。しかもその少年が魔法兵団長だというのだから驚きだ。名前が後一歩というところで思い出せないのは少々歯痒いところである。
ぼんやりと眺めていると、自分の目がゆっくり瞠目するのがわかる。マッシュさんも驚いている。理由は明白だ。
「笑ってる」
ぽつり。呟いた。貼り付けの笑顔じゃない、きっと素のラーグ。偽ることなく、石板守を目の前にしただけでほころんだその笑顔。頑なに貼り付けていたのではなかったのか。誰もが思い描くであろう、良くできた軍主であろうと。
石板守は書類を渡しに来ただけのようで、押し付けるように紙の束を託すとその場を去ろうとした。
「ルック!」
ラーグが石板守を引き止める。そう、そうだ。忘れてしまった答えはあっさりと解答を得た。
ラーグに何か言われ、ルックが嫌そうに顔をしかめる。軽く手を振ってその場を後にした。
「ナンパみたいだな」
失敗したみたいだけど。振り返るといつもの軍主で、マッシュさんと二、三言葉を交わすとルックが去っていった方へ足を向けた。
その様を細い目でじっと見つめていたマッシュさんが、にやりと笑った、気がした。
・・・気のせいだと思いたい。
そのまま石板の間を覗いてみたが誰もいなかった。あんな態でも魔法兵団長だ。何かと忙しいのだろう。
そういえば俺が解放軍に入れられたとき、魔法兵団長の評判はすこぶる悪かった。それが徐々に、そして急速に良い方向へと向かって今では特に魔法兵団員に崇められている。当時一番に反発していた彼等に認められたということだろう。
そうなってからの魔法兵団の活躍は目覚しいと聞く。まぁ、統率が取れるようになったとか、魔力が上がってきたとか、迷惑掛けたくないとか、いい所見せたいとか、色々あるんだろう。
今日はその足で女の子をナンパしに行った。
・・・失敗したけど。
翌日、石板の間に行ってみるとルックがいた。石板をぼんやり眺めるその手には本が握られている。
「よ、ルック」
接触は初めてだ。しかしそうとは思えない気安さを心がけて話しかけた。しかし相手の出方は中々に個性的だった。
「地明星か。いきなり何さ」
「チメイセイって・・・そうなんだろうけど名前で呼べって。俺その石板よくわかんねぇし」
「・・・・・・シーナ。何か用」
名前を覚えられていたことに若干の驚きと、自分は覚えていなかった後ろめたさを覚える。それをさらりと流してにこやかに話を続ける。
「どっかの誰かに懐かれてたみたいだから、興味本位で」
「・・・誰のことかわからないな」
「またまた。わかってんだろ?とーってもエライ軍主様のことだよ」
「いい迷惑」
ルックはこちらに視線をくれやしないが、俺は構わず話を続ける。
「あの軍主はいつも仮面を貼り付けてる。お前の前では剥がれるみたいだけどな?」
「僕みたいなのが物珍しいだけだろ」
それで片付けるには随分な気もする。どうにも自分に向けられる好意には鈍そうなタイプだ。これでは軍主の苦労は避けれないだろう。
「あんたが無駄話なんてするから、本を読む時間がなくなったじゃないか」
「あれ、何かあんの?」
「魔法兵団の訓練」
「へー。俺もついてこ」
心底鬱陶しそうな顔はされたが、拒否の声は上がらなかった。
「ルック様!おはようございます!」
「ルック様!今日もよろしくお願いいたします!」
「ルック様!」
「ルック様!」
ルックに付き従って訓練場へ足を踏み入れた瞬間に上がる歓声。整列する団員達。響き渡る歓喜の如きルック様コール。噂に聞く魔法兵団員の団長への心酔ぶりか。
「すっげぇなぁ。信者かよ」
「・・・・・・・・・もう慣れた」
どこか遠くを見てルックは答えた。ああ、もうそんな段階。
ふと自分達の来た道から声がかかる。
「やぁルック。見学しに来たよ」
軽く手を上げこちらへ、否ルックへ挨拶をするのは我らが解放軍軍主のラーグ・マクドールだ。
そんな軍主様に声を掛けられた部下の魔法兵団長殿は面倒そうな顔を隠しもせずしかめっ面で口を開いた。
「またか。仕事はしなくていいわけ」
「ちゃんと終わらせてきたよ」
ルックの口ぶりから察するに、ラーグの登場は初めてではないようだ。軍主が兵の訓練にそう何回も付き合ってていいのだろうか。
おそらく無理矢理時間を作って会いに来たであろう相手は副団長に声を掛けられそのまま訓練を見に行ってしまった。え、なにこれ。あんまり関わりたくないんですけど。
しかし俺のそんな願いは儚く、熱烈な視線を感じる。鈍い音が聞こえそうな緩慢な動作で首をそちらに向けると、軍主がこちらをにこやかな、貼り付けた笑みで見ている。
「あー・・・なに?」
「いや、どうして彼と一緒だったのかと思って」
うわぁ。嫉妬だこれ。一緒にいただけだろう。楽しそうに仲睦まじくきゃっきゃうふふしていたわけでもなんでもない。嫉妬深い。執着ねばねば。でも相手に気付かれない可哀想。馬鹿か。
「俺女の子にしか興味ないから」
どんな美人でもな。そう付け足して軍主を見ると笑顔はなくて、じ、と目の奥を見つめられている気がしてたじろぐ。嘘発見器ではなかろうか。
口元がゆっくりと弧を描く。にこ、じゃなくてにやり、だけど。
「言質は取ったからな」
告げるとルックの元へ。二、三度瞬き、思わず吹き出す。その後大笑いして天を仰ぐ。
あれだけ避けていた七面倒くさそうな軍主。自分と大して変わらない歳の子供があんなに面白くなさそうに笑うのが気に入らなかった。それが本物の笑みを見せる。それが気になって、首をつっこんで。
俺って軍主のオトモダチ?
「あーあ。俺も馬鹿だよなぁ」
後悔は、してないけれど。
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