綺麗だと思った。
美しいと、思った。
初 恋
黄色の声がレストランで賑やかに話しに花を咲かせていた。
遠目に見るには微笑ましいが、誰も近付こうとしないのはそのメンバー故か。
からくり娘メグ、おてんば娘テンガアール、一直線娘ニナ。
その近くを不運にも通りすがってしまったルックは、その三人の魔の手から逃れる事は叶わなかった。
四人の陣取るテーブルには決して近付かないものの、誰もがそちらをチラチラと気にしている。
それにため息を一つこぼして、押しつけられたパフェを口に運んだ。
「それでねぇ、私は初等部の時に歴史を教えてた先生なんだー」
「ボクは…」
「ヒックスでしょー?」
「そっ!…そうだけどぉー…」
「やぁだじゅーんあーい!うらやましいー」
「そんなのじゃないよ!」
「私はね、おじさん!」
「「え…」」
「なに?」
「かっ、格好いいおじさんだったんだね!!」
「幾つ?20くらいとか!?」
「うん!とっても素敵なの。今は28歳かな」
「…………それってひょっとして、ジュッポの事?」
口を出すつもりのなかったルックだが、メグの語る人物に驚きを隠せず尋ねてしまった。
「うん。そっか、ルックは知ってるんだよね」
「ジュッポをね…ふーん。そういうものなんだ
基本的に、恋愛に対して知識の乏しいルックは一般的な基準というものを知らない。
「もう。昔の話よ。今はからくり師としての憧れだもの」
バッとルックを勢いよく振り返る二人に、ルックはなんとも言えない顔をした。
ニナが追求しようとしたところで、メグが爆弾を投下した。
「ルックの初恋っていつ?」
テーブルだけでなく、その場全てが静まり返った。
それを笑い飛ばし、その場を誤魔化すように取り繕うのはニナだった。
「ルックの初恋はラーグさんでしょ?」
同盟軍の魔法兵団長、その人は、見目の麗しさと裏腹の気の強さ、伴う実力で人気は鰻登りに上がる一方である。そのルックには、恋人と称しても過言ではない人物がいる。
「トランの英雄」の名で広く知られるラーグ・マクドールである。ラーグはルックを溺愛しており、嫉妬深い。この場にラーグが居ないことに激しく感謝した。ルックから出る次の言葉が何か容易く想像できるからだ。
「ば、違うよ!」
「そんなこと言って〜」
レストラン中が、ルックが照れているのだな、と和んだり嫉妬したりする中。
「本当に違うってば!」
「じゃあ誰なのよ」
頑なに違うと言い張るルックに、メグは尋ねた。しかし、ルックは言い淀んだ。
「ほら、ラーグさんでしょ?」
「違うの…」
頬を染めて恥じらうその姿は、盗み見た多くの者どもをノックダウンさせた。
そして同時に、それは昔を思い返しているようにも見えた。
「…本当に違うの?」
黙っていたテンガアールであるが、ずっと興味津々に聞いていた。ルックの様子に、どんな恋物語が展開されていたのか気になり尋ねてみた。
「……………綺麗だと思ったんだ」
「誰を?」
ずい、と前に乗り出し、3人は目を輝かせた。
「………………………ひ、ひみつ」
染めた頬に片手を付き、顔の半分を覆い隠す。視線は3人から逃れるように逸らされていた。
「僕も知りたいな、ルック」
ぴしぃっ
空気が凍り付く。
この話題がルックに振られた瞬間から、答えを知りたいと思いつつも誰もが思っていた。
ここに現れませんように…!!
その願い虚しく、トランの英雄はぬっと登場を果たした。
「知りたいの?」
「そりゃあ愛しいルックのことだもの。何でも知りたいさ」
「ばっそんなこと言うな!」
もういいよ、とルックは足早にレストランを出ていった。
「待ってよルック」
ラーグはその後に続いく。3人娘は答えを聞けず大層残念がったが、盗み聞きをしていた周囲の者は胸をなで下ろしていた。
「ルック、ねぇルック」
「もう、なにさ…」
ようやく足を止め、ルックはいつまでも着いてくるラーグを振り返った。
「初恋って誰?」
「あんた、いつから聞いてたのさ」
「うーん。「ルックの初恋っていつ?」くらいからかな」
「全部みたいなもんじゃないか!」
「それで、誰なの?」
じっとルックを見つめるラーグに、遂にルックは根負けした。
「わかったよ…じゃあ、行く?」
「え、会えるの?」
「会えるって言うか…みんな知ってるんだけどな」
ルックはラーグの手を握り、転移してその場から消えた。
「ここは…」
「うん。魔術師の島」
そこは森の中で、しかし開けているところだった。様々な花が色とりどりに美しく咲き誇っていた。
「魔術師の島…て、まさかレックナート?」
「違うよ!僕の初恋…って言っていいのかわからないけど、僕が初めて恋したのは」
ラーグに背を向け花畑の中心に行く。両の手をいっぱいに広げ、空を見上げる。
「この世界!」
ラーグからはルックの顔が見えない。しかし、その表情はありありと想像できた。
「…でも、どうしてここなの?」
ラーグは尋ねる。世界名のなら、別にこの魔術師の島である必要はない。
ルックは上げていた腕から急に力を無くし、脇に戻した。
「ここは、僕が初めて見た外の世界だから」
「ルック…それは」
「ごめん!…今は、まだ。言えない…」
それにゆっくりと瞼を閉じてラーグはルックを背後から抱きしめた。
謝らないで欲しいと、ラーグは思う。そうすることで、ラーグからの追求を避けられることがわかっていて、ルックはしているのだ。それをラーグは理解しつつも受け止める。
“いつか”を待つように。
「…ルックの初恋が世界だなんて、僕は誰にこの嫉妬をぶつければいいのかな」
「あんたね…世界に嫉妬だなんて聞いたことないよ」
「だって、ルックが好きなんだよ」
「だって、って…」
子供か、と思ったところでルックは自らにかかる腕を外し尋ねた。
「ラーグの初恋はいつ?」
「ん?ルックだよ」
「え…?」
「恋人みたいな人はいたけど、疑似恋愛だった。別に嫌いじゃなかっただけ。―――ルックが初めて」
なんだか込み上げる嬉しさがあり、ルックは頬が緩むのを感じた。
初めて世界を見た。レックナート様に連れ出してもらった外は、知らない色がいっぱいあった。空の青や花の黄色。僕は自分の目の色も知らず、「緑」というものも初めて知った。
外には様々な色があって、混ざり合って、乖離し合って、表現できない色も沢山あった。空を飛ぶ生き物を初めて見た。地を跳ねる虫を初めて見た。太陽の光は眩しくて、直視できないことを初めて知った。
吹き抜ける風は、地下室で吹かせる風とまるで違った。風は僕にまとわりつくように吹き抜け喜んでいた。
僕は花畑にうずまって空を見上げる。
綺麗だと思った。
美しいと、思った。
久々に初めから終わりまで学校で仕上げた品。
3人娘の名称で、メグとテンガアールはキャラガイドに乗っているのでよかたのですが、
ニナだけいいのがなくて適当につけちゃいました。
というか、メグ→ジュッポだなんてまるで考えていなかった裏事情が出来てしまった…
まぁ使わないからいいけれど。
ルックの初恋が世界、というのは決めてたんですよね。
地下室にずっと閉じ込められていたルックは、
外の暖色いっぱいの世界を見てきっといたく感動するであろうと。
それでレク様に連れ出してもらってからは毎日飽きる事なく森の中を徘徊していたんだろうなと。
初恋です。