僕は最近、病気に掛かっている。

 それは決して風邪やらの病原菌が原因ではない。ただ気がつくと、僕はまた、発病しているのだ。





虚言症





 いつものホール石版前、僕は暇だったのでルックのところへ行くことにした。

 軍師に言わせると、ボクにはやるべき仕事があり決して暇ではないらしい。だがごちゃごちゃ煩いのでまいてきた。

 シュウもいい加減諦めればいいものを。

「…っと」

 ボール二階からルックの姿を確認した。

 階下へと続く階段の手すりを滑り降りてルックに話しかける。

「や、ルックおはよう!いい天気だし貿易ツアー行かない?」

 いつも通り眉を寄せ、不機嫌そうな顔でボクを見るルック。

「悪いけど、用事あるから」

「え?」

 こんな時ルックは、そんなの勝手に行けばいいだろとか言って一蹴する。まぁ何だかんだでついてきてくれるんだけど。

 しかし今日は用事?軍のスケジュールで魔法兵団に差し迫ったものはないはずだ。

「ああそうなんだ?残念だなー明日はつき合ってね!」

 ボクが二階に上がると、ルックは顔をしかめた。これは、ボクの言動に苛立っているときの顔じゃない気がする。

 そう。自らの失態を見付けたような、そんな時の、顔。



 何となく違うようなルックを気にして、ホール二階からちょくちょくルックを見るようにした。

 こんな時ラーグさんがいれば、一発で原因発覚して解決までしちゃうんだろうけど生憎今朝同盟軍を発ったばかりだ。早くても明後日にはなるだろう。

 と、サスケとフッチがルックの元に来たようだ。フッチは少しだけ大きくなったブライトを抱えている。

「ルック!ちょっといい?」

「駄目」

「ちょっとくらいいいだろ!?」

 サスケがルックに突っ掛かるけど、軽くあしらわれるのが関の山なんだろうな。サスケっておつむ弱いし。フッチはフッチで、そんなこと気にせずに聞いてるし。

「あのね、聞きたいことがあって。おはぎってどうやって作るの?」

「…は?」

「だから、おはぎ」

 盛大にため息を吐き、額を軽く抑えてルックは面倒臭そうに顔をしかめた。

「何でさ」

「サスケが食べたいんだって。それで何か僕も食べたくなっちゃって」

 へへへ、とにこやかに笑うフッチ。…天然?

「知らない。僕甘いもの嫌いだし」

「マジで!?」

「そうなんだ?じゃあ知らないかー…あ、ルック。ありがとう」

 去っていく二人の背中を見て、またルックはあの顔をした。



 ルックは甘いもの嫌いじゃないはずだけどな。確かラーグさんにせがまれてケーキを作っていたし、レストランでパフェを食べているところを何度か目撃した。

 どっちかというと甘党なのではないだろうか?

 きっとおはぎの作り方も知っているだろう。ルックは彼の師匠の所で掃除に洗濯、料理に裁縫などなどなど…家事全てを一人でやらされていたらしいし。

「おや」

 あそこに見えるはボクにちょろまかされている軍師じゃあありませんか。ルックに用事?ボクを連れ戻してくれとかじゃなければいいけど。一回やってたからなー。

もちろんルックがただじゃ動かないから、何だかって国の何とかって言う人が書いたらしいめちゃめちゃ高い本を泣く泣く差し出したらしい。くそぅ。大事な会議ほどサボりたい衝動に駆られるのに。ビブリオマニアめ。

「これが例の資料だ。それで仕上げろ」

「軍師自らよくもまぁ。そもそもこれ魔法兵団長の僕の仕事じゃないよね?」

「……マレウス・マレフィカールム」

「持ってる」

「………デル・ケリコ色彩の時とう書」

「残念でした」

「…………… くっ……ニクラウス・ジェンスン版仔牛皮紙…初期刊本」

「のった」

 どっちもどっちだ。書痴ばっか。

「では頼んだぞ」

「本の分はきっちり働くさ」

「ああ………馬鹿猿を知らないか」

「知らないよ。そこら辺にいるんじゃないの?」

 去っていくシュウの目頭に、きらりと光るものがあったのは見間違いではないと思う。

 視線をルックに戻すと、目が合った。

「あらら。バレバレだったかな?」

 ルックはそのまま転移して、消えた。

 と思ったら、何やら笑顔で舌打ちしたくなるような嫌な声が背後でした。

「…ヴァーリ殿、見付けましたよ……」

「あ、シュウじゃん。お疲れ〜」

「いい加減仕事をなさって下さい!!どれだけ軍務を滞らせれば気が済むんですか!?そのくせすぐパーティーだの何だのとそんなことばかり行動が早くて何なんだ!だいたいそのせいでこの軍は稼いでも稼いでも金欠なんだぞ!!」

 騒ぎ立てるシュウ。煩くて鬱陶しいばかりだ。途中から敬語じゃないし。

「何言ってるのさー。そんなのボクを軍主に祭り上げたシュウが悪いんでしょ?」

「ぐっ……」

「全く、これだからシュウは…」

 首を振って呆れた様子で言う。あ、撃沈した。

 さて、逃げるとするか。







翌日、気になったのでホールまで行ってみると、ラーグさんが来ていた。

「どうしたんですか?ラーグさん、昨日帰ったばかりなんじゃありませんでしたっけ?」

「ああ、ヴァーリ。そうなんだけれどね、ルックに会いに来たんだ。会わなくてはいけない気がして」

「何か凄いですね〜」

「?」

「ルック、昨日ちょっとおかしかったんです。僕が手を出してもどうにもならなさそうだったんで、ラーグさん来るの待とうと思ったんですよ」

 ラーグさんはちょっと眉間にしわを寄せて、心配そうに尋ねた。

「おかしかったって?」

「いつもは一刀両断で断るルックが、ないはずなのに用事があるって貿易ツアーを断ったんです。気になったので離れて見てたら、その後もどうでも良さそうな嘘を」

「そう。ありがとう、行ってみるよ」

 言うとラーグさんは足早に駆けていった。一直線にルックの部屋へ。と言っても、あの方向は魔法兵団長の、つまり仕事部屋だ。

 何やらおかしいのに、ルックは仕事をこなしているらしい。

「…」

 となると…

「ヴァーリ殿!今日こそ軍務をしていただきますよ」

 ホール上から、ラーグさんが上っていった方と逆の階段からズンズンと軍師が下りてきた。先程仕事をしろと迫るシュウに足をかけてその隙に逃げてきたのをすっかり忘れていた。

「シュウ、今日はやることにするよ」

「………………………… 何を企んでいる…?」

「失礼しちゃうなー。いくら軍師だからって何でもかんでも疑って掛かって、真実と虚偽を見分けられずに無駄に悩むと禿げちゃうよ?」

「っいつもいつも、軍主殿が軍務をおサボりになるので、つい要らぬ嫌疑をかけてしまうのですよ」

「それくらい見抜けなくて正軍師かぁ〜…さっすがシュウ!勇気あるね!!」

 満面の笑みで言う。あ、撃沈した。

「そんなとこで放心してたら通行の邪魔だよ?唯でさえ存在が鬱陶しいんだからせめて往来は妨げないでよねー。ほら、ボクが軍務やる気になってるんだから早く行くよ」

 シュウはどこかふらふらしながら付いてくる。

 ボクはあの二人のことを思って、微笑んでしまうのが自分でもわかった。

 明日にはきっといつも通りの石版守が、トランの英雄といるのだろうと。

 





「おっはよ〜ルック!おはようございますラーグさん!」

「ああ、おはよう。何か嬉しそうだね、いいことでもあったのかい?」

「ええ、まぁそうといえばそですね」

「ちょっと軍主。あんた仕事したの?僕のができてても他のが出来てないと、魔法兵団が滞るんだけど」

「大丈夫!昨日ちゃんと終わらせたよ」

「へぇ、珍しい」

 ルックは少し驚いた様子で目を軽く見開いた。ボクだってやるときはやるのになぁ。

 と、そこにビクトールが話しかけてきた。ビクトールも昨日のルックの異変に気づいて気に掛けていたんだみたいだ。

どうやら、これから酒場に行くらしい。毎日毎日朝っぱらから酒浸りだ。今日はそうはいかないだろうけれど。

「…あんた仕事終わってんの、歩兵団頭領?」

「うっ」

「…今夜、予算会議。どこか一つでも予算案できてないと僕まで迷惑するんだけど」

「ビクトール、いまだに書類仕事が嫌いみたいだな」

 どうやら解放軍時代から書類仕事が嫌いだったようだ。分かるけど、見極めはしないと痛い目見るよビクトール。

「だが、泣き言は聞かないぞ。それが終わればルックは休みを取れるからな。昼までに仕上げてフリックにでも確認してもらえ。どうせ直しが出る」

「昼!?一から昼までに出来るわけないだろ」

「…つまり、何も手を着けていないと?」

「あ」

「あんた良い度胸してるね?僕に害が出るってことが、どういうことか理解してないようだ」

 ルックの右手に宿された疾風の紋章が魔力を注がれ輝き出す。後じさるビクトールに、ルックはゆっくり前へ進む。

「切り裂き」

「ぎゃ ―――――――!!」

 容赦なし。

 それを見守るラーグさんは、楽しそうに微笑んでいる。

 ここはいつも賑やかだ。

うん。

「やっぱりこうでなくっちゃね」



 



最初は普通に坊ルクだったのに。
途中からシュウを虐めるのが楽しくて楽しくてたまらなくなったんです。
というか2主視点でだと坊ルクは無理です。
私にはとてもできそうにないです。

追記
 一字文字が「?」になっていたようで。
 表示はできなさそうなので平仮名にしときます。