君に華を捧げよう
痛々しいまでのあかい色
君にきっと似合うだろうと
僕の思いが伝わるようにと
密やかに願いを込めて
でもだけど気が付かないで
こんな女々しい思いなんて
相反する思いを秘めて
さぁ
どうぞ受け取って
曼珠沙華
「やぁ、ルック」
珍しくも彼は同盟軍ホールにある石版前には居らず、僕が探しているとこれまた珍しく彼から僕を訪ねてくれた。
ふと見ると、彼に手には紙に包まれた花束があった。
彼岸花。
「墓参りに行くのかい?」
彼は首を小さく振る。髪が揺れた。
すると、ずい、と眼前に差し出された真っ赤な彼岸花。花粉の日覆いが鼻をくすぐる。
「あげる」
「え?」
僕にくれるなんて思いもしていなかったので、思わず疑問の声を上げてしまう。一応ありがとうと礼を言いつつ受け取る。ルックが僕にものをくれるなんて滅多にない。
しかし。
「どうして彼岸花?」
だって、彼岸花の花言葉は。
「魔術師の島でずっと育ててたの。君にあげたくて」
少し早口で彼は続ける。
「もうすぐこの戦争も終わりだね。後はルルノイエだけだ。まぁおかげで魔法兵団の方忙しいけど。
「ルック」
「何?」
そらしもせず真っ直ぐに返してくる視線。
「どうして彼岸花?」
「だから、あげたかったんだって」
「花言葉、知ってる?」
「…知ってるよ」
言い終わるか終わらないかの内に、ルックは転移してしまった。
彼岸花の花言葉。
『悲しい思い出』
ねぇ、どういうこと?ルック。
ルックは何処にいるんだ?部屋にも図書館にも屋上にもいない。どこか遠くに、それこそ魔術師の島になど行かれていたのでは手も足も出ないが、それでも同盟軍内を花束を持ったまま走り回る。
悲しい思い出だなんて、どういうつもりだ。
前から育てていたと言った。もうすぐこの戦が終わると言った。そしたら彼は何処へ行く?塔に帰るのだろうか。そしたら僕とは会えないと、会わないと。それで終わりにするつもりだろうか。
そんなの僕は、認めない。
「おいラーグ!」
「シーナ」
不意に呼び止められ、数歩走り速度を緩め止まる。
「なんだ」
「おいおいなんか殺気だってんな」
「用がないなら行くぞ」
そのまま行こうとする僕をシーナは慌てて引き留める。
「待てって!さっきルックを見かけたんだけど」
「どこで?」
言葉を遮り僕は問いつめた。
「軍師の部屋から出てきたところ。書類でも渡しに行ってたんじゃねぇ?」
「そうか…」
「で、何があったんだ?」
「何って?」
「いや、無表情で…まぁわりといつもだけど、なんか精気がないというかそんな感じがしたからさ。って、それ彼岸花?なんでそんなもん」
僕の持っている彼岸花の花束を見て、シーナがそれを覗き込んで尋ねた。
シーナにつられて、下に向けていたそれを胸の高さまで上げて僕も見る。
「ルックが…」
「へ?あのルックが!?うわーお前にあげたってことは…いや、うん。ちゃんと愛されてんのな。ルックがそんなことするとは以外だったけど」
「…どういうことだ」
訝しんで、いやぁルックがねぇとニヤニヤ笑っているシーナに尋ねた。
「花言葉だよ」
「…『悲しい思い出』?」
「ああ、そっちじゃなくて」
持っていた彼岸花を一本抜き取り、それの匂いをかぎながら楽しそうに僕を見て言った。
「『想うのはあなた一人』」
目を見開いてシーナを凝視するる。
「やっぱ知らなかったんだ?」
手に持つ彼岸花に視線を移し、僕は走り出した。
シーナの手から花を返してもらうのを忘れずに。
「あ!一本くらいいいじゃねぇか」
「ルックに貰ったものを誰かにやることは一生ない」
辛うじてシーナにそう告げると、ルックの部屋へと向かった。
「……ルックも苦労しそうだな…」
ルックはヒントをくれていた。一カ所に留まっていると決めつけて探していたが、そんなことはないのだ。
『後はルルノイエだけだ。まぁおかげで魔法兵団の方忙しいけど』
僕に彼岸花を渡して、それから仕事をしていたのだ。…それはそれでちょっと複雑ではあるけれど、ルックが仕事を怠るようなことをするとは思えない。
シュウに書類を渡したのだろうと、シーナは言っていた。この忙しい時期、それで終わらないだろう。新に仕事をもらったはずだ。
「ルック!!」
彼の部屋のドアを主の許しもなく開け放つ。
「…何?何か用?今僕忙しいんだけど」
見ると、ルックは部屋に備え付けられた机に向かい、なにやら羽ペンをサラサラと動かしていた。僕が訪れても、それが止まることはなく。
「ありがとう」
「!」
ルックの後ろに回り、座ったままの彼を抱きしめた。
後ろからこっそり覗き見ると、ルックは目を見開いて、頬を染めながらなんとも複雑そうな顔をした。
「…何が」
それでもこんな事を言うので、抱きしめる腕に力を込めたる。
「僕も好きだよ。これからも、いつまでも。唯、君一人を想うよ」
「…」
ルックは何かを逡巡しているようだ。口を開きなにか言おうとしては、言い出せないのか、思いとどまっているのか何も言わずに閉じてしまう。それを幾度か繰り返し、
「………………うん……」
彼が辛うじて言えたのは、その短い肯定だけだった。
ルックが何を迷ったのか。なぜ悲しそうな顔をしたのか。
それを僕が知るのは、15年先のことだった。
それでも。
これからも、いつまでも。例え何があろうとも。
不変を信じられない、そんな君に。
永遠の変わらぬ愛を。
発掘。
彼岸花の花言葉を知った時に書こうと思ったものです。
シーナは花言葉とかいっぱい知ってそう。