いつか飽きられるのではないか。

 そんな不安が消えることはない。


 

泥沼ごっこ


 

 ごく希に僕も街へ出かけることがある。何をしに、というわけではないが、兄弟が出かけに誘うのでついていくのだ。今回は目ぼしいパーツがあるというフラッシュと、暇だというクラッシュの2人が同行を持ちかけた。なんとなく、僕はそれを承諾した。

 僕の足には欠陥がある。メットを外し装甲を服へと変え、人間のような姿でいても胸に鎮座するコアがそうではないことを主張する。車椅子に乗る機械などそこそこの奇異な目で見られてしまう。押してくれるフラッシュは気にすることなどないと言うが、やはり居心地のいいものではない。

 そして出かければ、連れ立つ兄弟は切羽詰ったような女に声をかけられる。決まってその口から出る言葉。

 

 ねぇ、メタルはどこ。

 

 兄弟で出歩くところでも見られていたのだろう。あれだけ関係を持てばこの人ごみ、知り合いなどいくらでも見つかる。

 しかし、彼女等(時には彼等)はその問いかけを決して僕にはしない。

 メタルは僕と街へ来たがらないからだ。元恋人たちに会わせたくないのだと理解はしても、足の不自由な僕を連れて歩くのを厭っているのではと妙な思い込みをしてしまう。

 フラッシュとクラッシュは僕を気にして言葉少なに女を追い払おうとするが、女もしつこい。

 もう何ヶ月も会ってないし噂すら音沙汰なし。どうにか人目だけでも会いたい。

 メタルは女遊びにも飽きたんだ。今の新しいオモチャは、僕。

 それも、いつまで持つのやら。この女のいうとおり、僕にアイを囁くようになってからメタルはすっぱり夜遊びをやめた。そして珍しくも半年は続いている僕との関係。彼を好きな僕はシアワセの中に身をおきつつも、拭いきれない不安と妄執に足元から水に飲まれていく。水中でこそ自由にいられるのに、この水に飲まれてしまうのが酷く恐ろしい。すでにもうだいぶ埋まってしまった。足掻くこともできずに、僕はこの酸性のぬるま湯につかっている。


 ああ、コアが壊れてしまう。

 

「いたい、なぁ・・・」

 

 

 

 帰宅するなり、同行していたクラッシュが苛立った剣幕でどたどた大またで去っていった。もう一人の同行者フラッシュは溜息を吐いて、メットの外された僕の頭をなでる。

「なんでもないさ」

 お兄ちゃんは僕なのに。なんて思いながらも、その心地よさに手を振り払う気にはなれなかった。

 

 車椅子から降り、おぼつかない足取りで部屋へ向かう。


 ガシャン


 突然聞こえる破壊音。これはクラッシュがなにか壊したのだろうと予想を立ててのそのそ進路を変える。暴走でなければ、オーバーヒートする前に落ち着かせてやらないといけない。暴走だったのなら、僕じゃどうにもならないけれど。

 音のした方へ向かう。どうやらラボらしい。どうがんばっても速度は遅いけれど、ラボまではそんなに遠いわけじゃない。クラッシュと喧嘩するならクイックあたりだろうかと思いつつも、なぜ二人はラボにいる?あそこには、大抵、メタルがいるのに。

 距離が縮まるほどに聞こえてくる喧騒。聞こえるのはどうやらクラッシュの声。さらに近づく。クラッシュの声しか聞こえない。

「いい加減にしろよ!気づかなかったとかほざくなら本気で壊すよ!?」

「・・・・・・・・・・」

「そうやって黙って、黙らせて!バブルがどれだけ不安なのかわかんないってのか!このままだとバブル、壊れちゃうよ!」

 ・・・・・・僕?原因が僕で、怒ってるのがクラッシュで、相手がクイックなはずなくて。


 ここは、いつもメタルがいるラボで。


「俺は、俺だってあいつを壊したくなんかない!」


 メタルの、声。

「だったら・・・っ!」

「だがどうすればいいと言うんだ!?今まで何人とも関係を持ったのは事実で、それをなかったことにしてバブルに接しろと?バブルは何も言わない。俺はあいつに嫌われるのが怖いんだ・・・っ」

 フリーズしそう。メタルが怖い?僕に嫌われるのが?僕はメタルを嫌いになんてならないし、むしろ、メタルが僕を捨てるんじゃって、怖くって。怖かったのに。


 メタルも、同じだったんだ。


 メモリが一瞬真っ白になって、頼りない足は簡単にバランスを崩した。

「あ・・・っ」

 その場に倒れる音がする。痛くなんてないけど、惨めで、惨めだけど、そんなこと考える余裕なんかなかった。今の音で僕がここにいるのに気づかれてしまう。

 案の定顔を出したクラッシュにばれる。

「バブル!」

「ク、ラッシュ・・・」

 クラッシュが慌てて駆け寄って抱き起こそうとする。けれどそれより早く、クラッシュをさえぎるようにメタルが僕を抱き上げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・ハァ。そんだけ嫉妬丸出しで、どの面下げて怖いって泣き喚くのさ。腹割って話せば、わかるんじゃなーい?」

「う・・・」

「バブルもね」

「・・・・・・うん」

 やれやれ、と伸びをして、それでも微笑む。

 なんか馬鹿みたーい、なんて言いながら、クラッシュはドリルを振って去っていった。

「あの・・・・・・メタル」

「バブル」

 僕の言葉を奪ってメタルが僕を呼ぶ。

「俺はずっとお前が好きで、でも伝えてはいけない気持ちだと他人にそれをぶつけてごまかし続けてきた。その報いがお前を傷つける形で返ってきてしまった」

「・・・・・・・・・え?」


「俺は、ずっとバブルが好きだ」


 嘘だ。だって、だって。よくわからないけれど嘘だ。こんな真剣な目をしているけれど、だって、本当に好きでいてくれるなら、僕はなんて失礼な勘違いを半年間もし続けたのだろう。しかも夜遊びが僕への気持ちをごまかす為だなんて。そんなこと。

 

「好きなら最初から言ってよ!!」


 思わず吐いて出た台詞。メタルもぽかんと僕を見る。

「ずっとメタルがほしかったのに。僕たち馬鹿みたい。ずっとお互い片思いだなんて」

「ふ・・・・・・しかも、自分の想像に落ち込んで、怖がって?」

「ほんと博士って」

「とんでもない天才だな」

「ひどいものを作ったものだよ」

 

 

「「こんなに人間くさいロボット!」」

 


 なんだかとても面白くって、僕らは笑いが止まらなかった。そのまましばらく声を上げて笑い続けて、エラーが出そうになったころ。作り物の、本物みたいな唇に僕のそれをくっつけた。

 

 

 

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