土足で領域踏み荒らす
keep out !!
バブルの足を奪った。怖かったからあの足があれば、バブルは海のどこまででもいける。エネルギーが切れて帰ってこれなくてもいいなんて考えを持たなかったわけではないだろう。 切り落としたのは衝動だった。なかなか帰ってこないバブルを暗い談話室で待ち続けた。それがいけなかったのだろう。渦巻くのはとめどなく黒いキモチ。 強い独占欲。 どこにも行けないよう繋ぎとめて、誰の目にも触れさせず、ずっと。 なんて馬鹿な考え。 しかし、バブルを前にすると、俺はメタルブレードを放っていた。 自由を、奪うために。 バブルを引き上げて、失われた足を見た瞬間。 メモリは黒に塗りつぶされた。
ラボにバブルをつれていき、嘘を吐く。直せないはずなどなかった。博士はきちんとペアを用意してくれている。バブルもそれを知っているのだから、嘘だなんてすぐにわかっただろう。なのに、何も言わない。俺を見つめるバブルの目から光が消えただけだった。 代わりの足などつけなかった。歩行器があればどこかに行ってしまうから。 足を奪った俺はしれっとした顔でバブルの元へ向かう。これも五日間繰り返される行動。 「バブル」 名前を呼べば通信で返事が返る。腹部までを水面に沈め、微動だにしない。振り向かないし、目は閉ざされたまま。口を開くこともなく、指先も緩く握られて動かない。 始めは、こうではなかった。だんだんと蝕まれていくバブルに、胸がざわつく。 『・・・なに』 「会いにきただけさ」 バブルの背後に立って、その代わり様を見る。こうしたのは、自分だ。 「・・・海には行かないのか」 ぴくり。ようやくわずかではあるが反応を得る。 「行きたくない」 いやにきっぱりした声音。バブルの中で、プライドで保っていたココロの折れる様がじわりと感じられる。 「自由を感じられない海なんて知りたくない」 胸のコアを抱くように体を折る。つっかえていた異物を無理矢理飲み込んで、ようやくバブルは言った。足を奪ってから、ようやくのことだった。
「・・・・・・」 「かえして!!」 「返さない・・・・・・ずっと、ここにいればいい」 信じられないものを見るように見開かれた目からは冷却水が止め処なく溢れる。その顔を歪めかぶりを振る。 「もう嫌だ!もう嫌・・・!!いや、いや、いや」 向き合うように体を向けていたバブルは俺の腕をきつく握る。 「陸で立つことすらできない僕の足を返して。水中でしか得られない自由を返して!!それができないのなら、僕を壊して!!」 壊せ。その衝動をどれだけ押さえつけてきたか、バブルは知らない。壊せば俺だけのものになる。ずっと傍にいてくれる。 だが、それだけだ。その虚しい妄執に囚われ続けていた俺が、お前を壊して得られる幸せなど存在しない。 バブルの自由を奪った俺が、バブルと幸せになる道理など、あるはずもない、か。 「壊せない・・・」 かすれた音声。自分のものに聞こえない。 「壊せない?自由をなくして、僕はほとんど壊れてるっていうのに!」 目に水をためて皮肉に笑う。 「なら、メモリを消して、コアを換えて」 「それは、もうお前じゃない」 「だから?」 「・・・っ」 「ねぇ、僕たちロボットだよ?なのに何でこんな思いするの。個性なんていらない。感情なんて知りたくない」 そこでハッとしたようにばぶるは俺を放し、両手を頭へ持っていった。 「ああ・・・いやだ・・・・・博士を恨みたくない。造ってくれたのに。あイ、して、くれるのに。こんなの、でも、いや、いや・・・」 なんだ、これは。これは、俺の望んだものなのか。苦しむバブルを前に何もできない。 ついにはオーバーヒートを起こし強制シャットダウンになるバブル。がくん、と力をなくし腕の中へと倒れこんでくる。この熱は作り物で、俺自身も作り物。エラーでしかありえないこの気持ちは、作り物か・・・? 起動していないバブルを抱きしめて、落ちる前の信号を思い出す。
『たすけて』 焼け付くようなコアの痛みすら、ニセモノだとは思いたくなかった。
それでいい。俺の傍にいれば、きっとまた同じ事をしてしまうだろう。歪んだ気持ちをぶつけたところで、誰が幸せになるでもなかった。苦しいだけ。バブルが笑えないなら、意味などなかったのに。わかっていたけど、抑えられなかった。 「ねぇ、オニィサン」 女が俺を呼ぶ。媚びるようなそのしぐさに、何を求めているのかすぐにわかった。 もう、やめよう。 傷つけるだけの思いなら、それは暴力でしかないのだ。 手招く女の誘いにゆっくりと足を向ける。データの中に存在する黒い気持ちを誰かにぶつけたかった。 いつか、この気持ちを忘れられるかもしれない。そんな馬鹿みたいな考え、できるはずもないのに。
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